第19話命
俺達はアルグの指示のもと、敵に気付かれないギリギリのところで身を隠して、その時を待っていた。近付いて分かったのだが、食人植物はかなりの腐敗臭が漂っており、大分離れているにも関わらず、気持ち悪くなるほど強烈だった。これは確かにモンスターも避けていく筈だ。
見た目も毒々しい色と牙らしき無数のとげが、薔薇のように渦を巻いて、てんでばらばらに蠢いている。それがまた生理的嫌悪感をもたらしゾッとする。体はいくつもの蔦が束になって出来ているようで、体幹が安定しないのか、根で出来た足で動くたびぐねぐねと左右に体を揺らしていた。何もかもが気持ち悪いな、こいつら………
アルグは俺達とは反対方向の森まで移動しており、そこでばらまく予定だ。アルグは簡単そうにいっていたが、こうして見ると思った以上に迫力があり、数もそこそこいるようだった。セズも心配なようで、アルグが向かっている方を見ており、手は微かに震えていた。
アルグと俺たちの距離はざっとみても2kmはあり、邪魔する高い建物もないため遠くまで見通せる。普通の人だったら30分はかかる距離を、アルグは常人よりも遥か早いスピードで目的地へと向かっているが、いつ何があるのか……なんて考えると気が抜けない。アルグが無事に抜けられるかも分からない状況で、じっと待つだけしかできない俺達はただアルグに全てを託す他なく、俺たちはあらゆる不安と闘いながらその時を待った。
すると、さっきまでは蠢いて何をするでもなかった食人植物達が、一斉にアルグがいる森のほうに顔……というのか口を向け、ウキャー! という甲高い奇声を上げながら、人間と同じスピードで駆けていく。
その奇声で思わず俺達は耳を塞ぎ、声を押し殺した。黒板の音みたいで背筋がぞわつくが、慌てずアルグのいうとおり20分経ってからその場を後にする。
食人植物達は匂いと振動に反応するらしく、特に振動に関しては、結構な距離があっても走るとばれる可能性があるから、極力ゆったりと歩かなければいけないそうだ。つまりアルグも走ることができず、歩いてあの場所を離れなければならないのだ。その事が気がかりで、セズも俺も顔を強ばらせたまま、ひたすら前をみて歩くしかできなかった。
それから会話もなく、アルグが指定した40分間をひたすら歩き続けやっと俺達は後ろを振り返る。当然アルグの姿は見受けられず、絶望で染まる自分の頭を諌めるように横に振り、気を引き締める。ここで俺がしっかりしなくてはセズはもっと不安になるだけだ。一先ずは木の近くで腰を落ち着かせるためにそこまでセズを誘導して、アルグを待つ。
隣で肩をカタカタと震わせるセズの背中をさすり、俺たちはアルグを待った。唯一質屋に入れず残してた腕時計を見ると、あれから1時間が経っており、もうそろそろ日も落ち始める頃合いになってきている。なんとか暗くなる前に合流しなくては、夜探すのは困難を極めるだろう。
それにもし、怪我でもしていたら、この寒さで体力を奪われかねない。そう考えると矢も盾もたまらず、飛び出しそうになる気持ちを寸の所で留め、アルグの……人の影を待った。
そうして数分待ったのち、さっきまでは青ざめていたセズが突然立ち上がり、来た道を走っていく。俺もずっとみていたのに気付かなかったのか、ともかくアルグを見つけたのかと思い俺も走り出す。
最初はぼんやりした人の影だったのもが、近くまでくるとそれがアルグだと気づき同時に、その様子のおかしさに心臓が大きく跳ねる。普段見たことない頼りない足取りで、少しよろめきながら歩くアルグの姿にセズが短く悲鳴をあげる。
……それもそのはず。アルグは右肩を押さえ、そこから血が流れていたのだ。
「アルグさんっ!!その怪我は食人植物にやられたのですかっ!?」
「いやぁ、奴ら結構小賢しくてな……。ちいっと油断しちまった」
そういったアルグの顔色は血の気が引いており、今にも倒れそうなほどだった。俺は左に回り込み、右側の腰を持って左の肩を支えると、セズは傷口に手拭いを当て抑える。そうして二人がかりで先程の木のそばまで運び、息が荒いアルグをゆっくりと横にすると、セズと二人で何か薬はないかと荷物を漁りにその場を離れた。
俺のバックの中はアルグのためにと買っていた、二日酔いの頭痛鎮痛剤以外なにもなく、唯一あった布も使えそうになかった。ただアルグの方は色んな場面を想定していたのだろう、傷薬や包帯一式を常備していたらしく、こんな時にさえ覚悟の違いを感じ心が痛む。
そうしてセズの指示のもとアルグの治療は無事終わるが、完全に日が落ちてしまったため、急ぎ野宿の準備をする事となった。アルグは怪我のせいで気絶しているかのように寝ていたが、彼に鍛えられた成果もあり、食事以外の準備は完了した。
そう、問題は狩りなのだ。
今までアルグに甘えていたせいで、俺は狩りの仕方を知らずじまいで、何度か口頭で聞いただけの事を今、しなければならないのだ。正直怖いが、こうなったら逃げてもしょうがない。そう覚悟を決め、アルグのナイフを借りて近くの林に向かう。
「それじゃあ……今から狩りをしてくるから……セズはここでアルグのことを頼む」
「はい……わかりました。ヒナタさんもお気をつけて」
セズには気付かれないよう、背中越しで話しかけて出来るだけ普段通りにしていたが、やはり恐怖で手が震えそうになる。
林はあらゆる生物の鳴き声で溢れており、どこからモンスターが襲って来るか分からない。上から低い鳴き声と羽ばたきが聞こえ、それを合図に左右からウォォ、という声が響き渡る。松明がわりに持っている枯れ木ではその姿は確認できないが、恐らく警戒されているのだろう。
恐怖で固まる頭を深呼吸で落ち着かせ、アルグの言っていたことを思い出す。まずは怯えてはいけない。格下だと思わせないよう、堂々とする。
次に相手より優位になれる位置取りをする。例えば木の上とかがいいって言っていたけど、それは俺には難しいから、他にいい場所はないかと辺りを探した。モンスター達は依然警戒するだけで、攻撃の意を見せては来ないのでとりあえずは落ち着いて、どうするかをぐるぐると考える。
視界が不明瞭な分、音に対して敏感になっていたせいだろうか、とある方向から低いうなり声のなかにキュイーン、という可愛らしい誰かを呼ぶような声が聞こえた。
近づいてみるとそれは足を怪我して動けないのか、ウサギのような見た目の小型のモンスターだった。これ、普段アルグが狩ってくる奴に似てるな。アルグ曰く、子供は極力狩ってはいけないっていってたけど、これはたぶん成体だろう。声が可愛らしいので分かりづらいが、回りを見渡しても親はいないようだ。
……………。
徐々に俺の中で恐怖がましてゆく。しっかり考えるんだ、俺。こんな形で命を奪うのはあまりに卑劣ではないだろうか? 確かに、なんの経験もない俺が、まともな方法で狩りなどまず難しいだろう。でも、けれども……こんな形で奪って良いものなのか?
そう考えたところで、アルグの苦しんでいる顔が浮かぶ。俺やセズは一日くらい食べずとも平気だろう。でも………仲間で怪我をしているアルグはどうなるんだ? 只でさえ寒さで奪われている体力のなか、未だ見えぬ港町まで歩いていけるんだろうか?
それに今、奪わずとも俺はいずれ……いや、毎日知らずにモンスターの肉を食らっているじゃないか。それなのに今さら正当性を問うのはおかしい話ではないだろうか? 今この場では何が正しくて、何が間違いなのかが分からなくなりそうだ。でも、決めなければいけない。
最初は右足を、音は極力出さないよう慎重に左足を前に出す。
俺はその可愛らしい、仲間を求めて鳴くモンスターにゆっくりと歩みを進め、そのそばで跪く。何かを察したのか、最後の力を振り絞りからだ全体をばたつかせ、逃げようと暴れている。その姿に嗚咽が漏れるが、あやまって違うところを刺さないよう頭を押さえつける。
そんな自分の行為に吐き気を覚えるが、目だけは閉じてはならない。
——俺は思いきり上に向けて、なるべく手早くナイフを大きく横に振った——
「……ッ! ………ウッ……グッ!!」
ごめんなさい、は違うと思った。でもありがとう、とも云えそうにもなかった。
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