第18話黒い塊
昨日はキーツとおじいさんが俺たちの送別をかねて、近所の人達も呼んで大いに盛り上がった。庭の桜が咲いていたことには近所の人も驚いており、それも肴に夜遅くまで大人達は呑んでいたようだった。
俺とセズとキーツはお酒を呑まないため、食事がすんで早々寝初めてしまったキーツを合図にお開きとなった。キーツが俺の服を掴んで離さない為、俺だけは宿に戻らずおじいさんの家で寝ることにした。
アルグは久しぶりのお酒だからか、夜明け近くまでどんちゃん騒ぎをしていたそうで、寝付くのに少し煩わしかった。
翌朝、アルグは宿にも戻ってはいなかったようで、また顔色も悪かった。まさかとおもい声をかけると頭を抱え唸っていた。新たな旅立ちの日に二日酔いって……。というのが顔に出てしまったのだろう。アルグはとたんに言い訳をはじめる。
「いや、これは決して二日酔いじゃなく、だからといって頭は痛まないし、体調は快調だから何の問題もないぞ!」
まぁ、アルグの事だから確かに何の問題もないようにするだろうということは分かっている。ただ旅の仲間として心配は心配なので後で二日酔いに良く効く鎮痛薬でも買っておこう。
こうして少し緊張気味のセズを交えての旅がまた始まった。朝早かった為キーツは起こさず、宿の女将さんから薬草の代金だけもらい村を発つ。依頼料は薬草を渡し終わったあともらう約束なので、使わないようアルグに管理してもらった。俺が持つと十中八九なにかアクシデントを起こし、なくす可能性があるため不用意にキーアイテムとか持ってられない。
これから先はただひたすら次の目的地である、港町まで歩き続けるのみで結構暇に感じる。普段の男だけの旅はほとんど会話はせず、気になることがあったら俺が口を開くだけだったが、今回からはセズを新たな仲間に加えた今、俺はこの世界に来て最高に会話をしている。もちろん女の子がいるということで、テンションが上がっているというのも要因の一つだが、それ以上に気まず過ぎるのだ。
アルグはアルグで、旅の間中は辺りを警戒しながら歩いているため口数は少なく、セズも控えめな性格のためか、さっきから眉がハの字でいたたまれない。結果、それに耐えられない俺がさっきから一人喋り続けている。
「そういやこの国って本当に食人植物っていたりすんの?」
アルグがケイの街の前で言っていたことを思い出し、好奇心半分で聞いてみた。もし本当にいるならどういうのか、知っておきたいしな。
「食人植物ですか? そうですね、確かにいると聞いたことはありますが、どちらかと言うとモンスターを主食としており、人を食べる事は稀だそうですよ。それにまずこういった平地や森ではなく、山近くの樹海に生息しているそうなので遭遇することもないと聞きました」
「そっかーそれなら大丈夫だな。今日野宿かもしれないし、そこら辺に生息してたらどうしようかと……」
ひとまずは安心だ、なんて息をついたらアルグがピタリと突然歩みを止め、遠くの地平線を睨んでいた。なんだろうと俺達もそちらを見るとそこには黒い塊が蠢いており、徐々に遠ざかっていった。
「不味いな、長い冬のせいかモンスター達の動きがおかしい。長期にわたる食料不足で山から降りてきてるみたいだ。どうする? ヒナタ」
「モンスター達はどっち方向へ向かったかわかるか、アルグ」
俺たちの間に緊張が走る。遠ざかったとはいえ安心はできない。むしろこれから先の進路を絶たれかねない。
「恐らく町や村に向かうことはほぼないと思うが、旅してる奴はほぼ間違いなく獲物にされるだろうな。あんまり近づくと匂いで気付かれて襲われるかもしれない」
そうなると今日はあの黒い塊から離れた安全な場所を探し出し、野宿するしかないだろう。そう考えていたときだった。何かに気付いたセズが、おずおずと話しかけてくる。
「あのお二人とも。あのモンスターもしかしたら先程話してた食人植物かもしれません。もしそれなら襲われず通ることが出来る方法があります」
「え、食人植物って歩いたり出来る系なの?」
「なんとか出来るのは初耳だが、それか本当に確認できん以上はどうしようもないぞ」
俺の疑問は軽くスルーで話は進んでいく。アルグのもっともな意見にセズも顔を紅潮させ、それもそうですよねと恥ずかしそうにいう。それにアルグもまずったなという顔で、言葉を探していた。
「……いや、このままここに留まっていたところで、結局どうにもならないのは確かだ。それならオレがギリギリのところまで行って様子を見てくる」
そういったアルグは俺達が止める間もなく、飛び去っていった。どんな跳躍力だよ! 今までそれで狩にいってたのか、アルグ!
そんな俺とは対照的にセズは顔を青ざめてアルグが去っていった方向を見つめている。
「私の発案のせいでアルグさんを死地に送ってしまいました……。なんとお詫びしたらいいのでしょうか、ヒナタさん……」
「確かに危ない案だけど、アルグなら大丈夫だよ、たぶん。俺が今までモンスターに襲われずにんだのはアルグのお陰だったみたいだし、あいつも考えなしに無茶するやつじゃない」
と、思いたい。正直なところアルグは自身の事をあまり語らないし、その苦労も俺には何一つ言ってはくれやしないから、セズが心配するのも当たり前だ。俺だってアルグばっかりに頼っているのが情けない。
だがいかんせん、こういうことに関しては俺が下手にしゃしゃり出た所で、逆に負担をかけるばっかりで意味を為さないだろう。どうしたら仲間として頼りにしてもらえるだろうか? ボケッと遠くを見つめていたら、セズも同じく遠くを見つめ頷く。
「私達はこれしか出来ないのですね。ヒナタさん、私ももどかしいです。旅を共にいくものとして何が出来るのか……」
俺達はこの旅で変わらなければならない。仲間のために危険を厭わないアルグのため、仲間のために。
数分後、先程と同じ調子で戻ってきたアルグの報告によると、やはり食人植物であり、結構な大群で港町までの道中を塞いでいるらしい。
「それであの飢えた食人植物をどうしたら潜り抜けれるんだ?」
「これです」
そういってセズが風呂敷から取り出したのは、無色の液体が入った瓶だった。パッとみは香水っぽく霧吹きみたいなのが取り付けられていた。
「これはかあさまの形見で、秘伝の調合によって作られたモンスター避けの香水となっています。本来はモンスターが嫌う匂いで近寄らせないようにするだけなのですが、食人植物達には仲間を呼ぶ匂いとして効果を発揮することが出来るのです」
「……もしかしてその原料って食人植物だったりする?」
何気ない疑問を言っただけなのにセズはそれに答えず、ただにっこりと返すのみだった。なんか聞いちゃヤバい事だったかと逆に怖くなる。
「ともかく、これを適当な所で割っていただければ一先ずは道が開かれると思います。ただやはりこれを割る役目のかたは危険にはかわりないのですが……」
段々としりすぼみになる声とは反比例して、顔が恥で染まるセズ。俺も同じ立場ならこうなるだろう。それくらいこの役割分担はあからさまで、厚かましいお願いなのだ。でもそれは決してセズが悪いわけではない。対等な立場に立つことすら出来ない俺も同罪で、むしろ彼女は極めて冷静な判断を下しただけなのだ。そうさせたのは何でもない自分の不甲斐なさのせいで、彼女にそれをいわせたのは俺なのだ。
アルグはそんな俺たちを明るく笑い飛ばし、肩を叩く。
「セズ……大事な形見なのにすまない。中身だけばらまいて入れ物は必ず返す。俺がいない間セズを頼むぞ、相棒! それまで二人はこの場で待ってるんだぞ!!」
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