第20話いざ、カカ大陸へ
血の匂いが辺りに散漫する中、俺は近くで流れていた小川へ場所を移し、アルグに教えてもらった通り、少しぎこちないが肉を捌く。
無心で捌き終わり、一呼吸を置いてからセズのもとへ戻ると、調理を二人がかりではじめた。
その間、努めて普段通りに会話をしていたら、会話の声で目が覚めたアルグが自分の状況を察したのか、申し訳なさそうにこちらをみる。
「すまねぇ、ふたりとも。色々と手間かけさせちまったな。途中まで上手くいってたんだが、ざまあねぇや」
ははっ、と空笑いするアルグに、手を休めセズは肩を震わせ涙声で話し始める。
「いえ、もとを正せば、私があんな危険な事を言い出さなければアルグさんも怪我せずにすんだのです!」
「いや、ああでもしなきゃあいつらは多分あそこを離れなかったろうさ。ヒナタたちも気づいたと思うが、あそこまで強烈に腐敗臭をさせてることなんてまずないんだ。恐らくだがあれは相当数の旅人がやつらの餌食になってるだろう」
「つまりあそこはほぼ縄張りになっていたってことか?」
「多分そうだろう。正直それをするのは食人植物達にとってもリスキーな筈だが、なりふり構っていられない状況らしいな」
長い冬の影響は人間だけではなく、モンスターにだって同じように影響を受けるのか。ゆったりと旅をしていられないのに、状況は思うよりもゆっくりで、急ぐことも許してはくれないもどかしさが、俺と隣で顔を歪めるセズに迫っていた。鍋のくつくつと煮え立つ音が大きくなり、アルグが仕切り直しとばかりに大きな声で、飯にしようと俺たちを急かし、この話は中断となった。
翌朝、昨日のこともありほぼ寝ずの番をしていた俺に、いつの間にか起きていたアルグに声をかけられる。セズはまだ寝ていたので、起こさないようアルグと一緒に小川へ向かい、目覚ましがわりに冷たい小川で顔をバシャバシャと洗う。
アルグも同じように顔とあと傷口に当てていた布を洗い流していた。傷口は驚く早さで塞がっており、患部の熱も引いているようだった。俺は特に会話はせずアルグの手当てをするため近づく。
「……昨日のラッツの肉はヒナタが獲ってきたのか?」
ラッツというのは昨日狩ったモンスターのことだろう。昨日何も言われなかったから、俺も無視してくれているのだろうと思ったのに。でもこの会話を避けるわけにはいかないだろうな、今後のためにも。
そう思い、目線は腕に固定したままアルグにポツリと独り言のように言葉をこぼす。
「……俺、上手く獲物を狩れなくてさ、卑怯なやり方でその、ラッツを狩ったんだ。俺、すごい後悔したよ。もっと前からアルグに狩の仕方を教えてもらっておけば、もっと違うやり方が出来たんじゃないかって……」
その言葉にアルグはしばし沈黙ののち、落ち着いた声音で俺の気持ちに対する答えをつげる。
「そうだなぁ、ヒナタ。狩りの仕方に卑怯なんてものはねぇ、とオレは思う。大事なことは、そいつの命をどうオレらが受け止めるかが問題なだけだ。それに、オレらだっていつ狩られる側にまわるかわからねぇ。生きるっていうのはそういうことだろ、ヒナタ?」
そういわれ、俺はそうだったと気づかされる。命を頂くというのは受け取るということなのだ。命を奪うことによる罪悪感は、自己愛から来る感情でしかない。大事なのは俺もラッツも同じ存在であるということ。同じ命ある生き物なのだ。
見上げるとそこには優しく微笑んでいるアルグがおり、俺は自然と両目か涙がこぼれた。
「まぁ、オレもこんな形じゃなく、もうちょいマシなやり方で教えてやれりゃ良かったよな。」
「いや、アルグにいらない気を使わせた俺がいけなかった。これからは俺もアルグの相棒だって、胸を張っていけるよう鍛えてくれ」
ぐっと涙を押さえて顔を引き締める。そして俺は力強く握った手をアルグに差し出す。それにアルグもニカッと笑い、拳を重ねてひとしきり笑いあったあと、セズの元へと帰った。
暫くして起きてきたセズも昨日とは違う、俺たちの明るい雰囲気に気付き、彼女も可愛らしい笑顔を見せるようになった。
それから朝仕度を終わらせた俺たちは、一日がかりで港町まで、終始みんなの下らない笑い話をしながら歩いていったのだった。
昨日よりゆっくりとしたテンポで歩いていたため、着く頃にはすっかり日が落ち、港町はすっかり賑わいを見せいていた。そこらじゅうから笑い声が聞こえており、あたりから美味しそうな香りであふれている。朝の残り以外食べていない俺たちは、腹が減っていたが、それよりも大事な宿の確保のため、酔っ払いで溢れている大通りを抜け宿へ向かう。
その途中、チラホラとおかしな会話が聞こえていた。拾えたのはごくわずかな単語のみだったが、神とか、ドワーフの動向がどうのとかエルフの元老院が、という不穏な会話であった。神の話は詳しく聞きたい情報だったが、駆け足ぎみではそれも難しかった。
かくして、無事宿を確保した俺たちは、夜ご飯を食べるためオープンテラスの料理屋へ向かい、腹一杯美味しい食事を堪能した。以前も思ってはいたが、こちらの料理は地球の料理に劣ることない、素晴らしいものばかりで、特にこの世界独特のスパイスは疲れた体によく効く。やっぱり三大欲求の追求はどんな姿形であっても変わらないということか。
食事のあとは少し休んでから、明日の船の搭乗予約をするために港へ向かう。どういう仕組みなのか分からないが、足下は歩くたび光を放ち暗い夜道を照らしてくれる。暫く海沿いをあるいていたら、人が一ヶ所に群がっており、アルグがそこで船の予約をするのだと教えてくれた。
シュンコウ大陸の終わらない冬のせいか、そこは人でごった返しており、受付の人達も慌ただしく対応していた。もしかして乗れなくなるかも……と不安がよぎったが、同じように輸入船も増えているため、難なく予約することが出来た。明日の朝には出航となり、カカ大陸にはおよそ三日もあれば着くそうだ。
ただ、元々輸入船で荷物があった場所を急遽、人が乗れるように手配したため、客室はなく雑魚寝になってしまうそうだ。それを聞いた俺はちらりとゼズをみる。女の子に男もいる場所で雑魚寝を強いるのは酷かと思ったが、セズは気にしていないばかりか少し楽しそうであったので、まぁちょっとの間だし問題が起きないよう、俺たちで気をつけておけば大丈夫だろうと思い、予約をした。
いよいよ明日から新天地に向かい、俺たちはこの大陸を後にする。
それは旅慣れたアルグも同じようで、カカ大陸には過去一回行ったきりで、それも自分一人ではなく商隊の護衛としてなので、そんなに知っているわけではないと話してくれた。
ひとまず詳しい話は、全部船のなかですることにして俺達は宿に戻り、明日に備えるため早めに眠りについた。
翌朝は船に乗り込む前に、船の上でも食べられる乾燥肉や調理不要の食料を買い込み、俺たちの貴重品は全てアルグが預かることとなった。不特定多数の人で溢れかえる船では、これの方が安全であり、凶悪面のアルグに悪さを働こうと考えるものもまずいやしないだろう。
上り始めた朝日を出迎える俺たちの目の前に、今日乗り込む船が見えた。
気持ちよい風が俺たちの背中を後押しする。今日は最高にいい出航日和だ。
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