第78話裏切りと明かされた真実





 ——昨日は良く眠れなかった。自分のせいでヒナタが捕まってしまったこともそうだが、それ以上にヒナタの仲間でありあたしの事を頑なに王様と認めていないくせに、必死になってあたしを助けようとする不可解さは理解に苦しめ、眠れずにうだっていたらいつの間に夜が明けていた。


 「サリッチさん、起きてください。もうあとすこしで夜が明けます」


 不本意ながらソファで寝ていたあたしを揺り起こし、まるで何事も無かったかのように声をかけてくる、セズという年下の女の子に、あたしはどうしようもなく心が乱され、何が何でも反抗したくなってしまう。これじゃあどっちが年上か分からないじゃない。


 「……えぇ、わかってるわ。そう何度も揺らさないでよ、起きてるんだから」


 不機嫌そうに起き上がり、セズの手を振り払うあたしに合わせて彼女はそのままなよなよしい男の子を起こしに行く。

 あたしはその様子を横目で眺めながら身なりを整え、顔を洗いに部屋を出ようとしたときだった。


 「どこにいかれるんですか? まさかとは思いますが一人で行くなんて事しませんよね?」


 「なによ、あたしは顔を洗いにもいけないわけ? 確かにあたしにはあんた達の力なんて期待もしてないし、求めても無いけど……あたしが一人で行ったところで、あんたたちは諦めるたちじゃないでしょ?」


 昨日の様子ではあたしが二人を撒いたところで、ヒナタを助けに好き勝手に城に入ろうとしてくるのは目に見えていた。それでは動けるものも動きにくくなってしまう。


 「それは……勿論ヒナタさんを助けるためですから、忍び込むなり、正面突破するなりしますよ!」


 あたしの右腕を両手で力強く握り締めるそいつの目には、あたしにはない光が宿っているようで思わず目を逸らしてしまう。

 結局そのあとも、あたしは二人からあれやこれやと付きまとわれ、一人になる隙もなく、日も昇る頃には三人でひっそり宿を出ることとなった。


 「それでお城に乗り込むってどこから入るの? お母さんがお城の中を見てくる事も出来るけど……」


 何も意地悪をしていないのに、涙目になっているウェダルフとかいう男の子は、いもしないお母さんの話をしてきた。そのあまりのマザコンっぷりに思いっきり睨みつけると、隣にいたあいつがすがさずあたしにむけて説明をしてくる。


 「ウェダ君のお母さんは原始種属なので、私たちには見えないだけなんです! なので誰にも知られずお城の中を探る事ができますよ!!」


 「…………へぇ、それは大変だったわね。原始種属とのハーフなんて夏の種属の中でも異端視されるもの。でもそれなら尚更あんたは大人しくしてなさいよ。あたしが使う抜け道にはそんなの一切必要ないわ」


 エルフの意外な出生に、あたしらしくも無い言葉をかけてしまい、自分でも内心驚いてしまう。別に自分と重ねたわけではないが、生まれついての特別というのは良くも悪くも他の人とは区別されてしまうものだ。


 「そっか、ならなにかあったらすぐ知らせるから、早くヒナタにぃを助けに行こう!」


 「はいッ!!」


 気合十分の二人は、あたしの後にヒヨコのようについてくる。その様はこれから起きる恐怖に気付いていないようであたしは頭が痛くなった。




**********************




 「サササササリッチさんッッ!!!!!??? こ、ここここ通るんですか?!」


 場所は街の外へと移り、潮風がビュービューと音を立て襲い掛かる、辺りには崖と大昔の遺跡がある場所に立っていた。あたしが普段使っている王宮へと通じる抜け道は、大昔に造られそのまま放置されていた崖に沿って造られており、それは心もとない隠し通路だった。そんな事実を知ったそいつは青ざめた様子で訴え、潮風に負けないよう必死にエルフの男の子と支えあっていた。


 「そうよ、いまからこの崖に沿って造られているそれはオンボロの通路を使って王宮の中へ入っていくのよ。勿論王族しか仕えないように幾つもの仕掛けが施されているわ。……ほら、逃げるなら今よ?」


 あたしはわざとらしく街へと戻る道を恭しく指し示し、二人が根負けするのを待った。だけれどこの二人は思った以上に根性が座っているようで、二人で頷きあった後力強い目であたしの先導を無言で促してきた。


 「あんた達……本当どうかしてるわよ。なんであんなアホの為にこんな危険を冒してまで助けに行けるっていうのよ………」


 覚悟を決めた顔とは裏腹で細かに震える二人の勇気に、あたしは何も言えなくなってしまう。この二人といるとあたしは今までのあたしでいられなくなりそうで、調子が狂ってしまう。


 「とりあえずここにいつまでも居るわけにはいかないわ。二人も覚悟を決めたのならこの穴に飛び込みなさい!」


 その言葉をきっかけにあたしは二人の背中を押し、王家しか知らない仕掛けを解き、人一人が通れるくらいの小さな穴に順序良く押し込める。


 「わわわっ?! 待って待って! この穴どのくらい深いのぉぉぉーー?!」


 「ウェダ君?! サリッチさん待ってください! こんな深い穴に落とされたらただでわぁぁぁーーーーー?!!!」


 覚悟を決めたはずの二人の慌てようをみて、ちょっとした報復をしたあたしは二人に続くべく、しゃがんで穴へと飛び込む。実をいえばこの穴は深そうに見えて直線的ではなく、滑り落ちれるようになっており、街に出るときの道はまた違うルートがあったりする。

 この抜け道自体も結構複雑なので、そういったところでも地図を把握していないものは、もれなく飢え死にしている骸がちらほら見受けられるのも二人には内緒にしていた。


 そうして道中起きるトラブルと仕掛けを乗り越え、王宮の中にたどり着く頃には二人は真っ青になっていたが、あたしは気にせず目的の場所である玉座へ一直線へむかっていった。

 玉座手前までは人に見つからずに済む、通路をつたい渡った玉座の扉にはいつもとは全く違い、誰一人として立ってもいなかった。


 「っふん。玉座の前を警備しないなんて、職務怠慢もいいところね」


 いかにも罠といった雰囲気の玉座前の扉に悪態をつきつつも、あたしは人生で初めてその扉を押し開け、中で待ち構えている人物を見据える。


 「以前から短絡的だとは思っておりましたが、わざわざ貴方様のほうから戻って来られるとは……しかも庶民を勝手に王宮に上げるなど。いやはや貴方様の中でなにか変化でも?」


 「いいえ、あたしは何一つ変わっちゃいないわ、チィ・アンユ。それに裏切り者のタウ・フウア! あんた達二人があたしを殺そうとしたのは分かってるのよ!! それにあたしの下僕のヒナタまで人質にとって……! それでも国を支えるべく育てられた貴族なわけ?!」


 あたしの腹からの声に、後ろの二人が肩を震わせた気配がしたが、そんなのが気にならないくらいあたしはそれまでの怒りが頭の中を占めていた。


 「……おかしなことをおっしゃる。私とアンユ様が我が主君を殺そうとしただと? そんな国を揺るがす事を我等貴族がする意味などあるますまいに」


 「そうですわ、サリッチ様。私達は国を支える貴族として動く事はあっても、国を転覆させるつもりなどありません。…………まだサリッチ様はお気付きでないのかしら?」


 頑として認めない二人の態度に我を忘れそうになるが、チィ・アンユが言った気付いていないの発言が気にかかった。というのもこの女は不用意な発言は一切しないし、不利益になるような事もしないのだ。

 そんな用意周到なアンユが言った気付いていないは、もしかしたらあたしの状況を覆してしまう可能性があり、あたしは一瞬にして頭が冷えていく。


 「……ふふ、そのご様子でしたらやはり、サリッチ様を狙った真犯人にお気付きではないようですね。そうですね、貴方様が知らないというのはあまりに不憫でございます。なにせ命を狙われたのですから」


 「な、に言ってんの……? 暗殺者を雇ったのはなんでもないあんたなんでしょ?? それなのになんでそんなもったいぶった言い方してるのよ!!」


 あたしの怯えたような様子にチィ・アンユとタウ・フウアは肩を竦め、やれやれといった様子で一番聞きたくも無い言葉を平然と口にするのであった。


 「今回の暗殺未遂事件の犯人、それは貴方様が良く知っておられるナナカマド族のアズナが単独で行ったもの。我等の指示のものでもなんでもないのだよ」


 「そんなの嘘ッ!!!! アズナはあたしの乳兄弟よ!! そんな事するはずが無いわっ!!!!」


 「いいえ、サリッチ様。今回の暗殺未遂は間違いなくあの子がやった事と確認が取れております」


 あたしはあいつらの言葉に鈍器で殴られたかのような衝撃を受け、何も言葉にできなくなってしまう。正直チィ・アンユとタウ・フウアが結託していたのは気付いていた。だから二人が玉座にいても驚きもショックもなかった。

 だけどこんな真実聞いてない! こんなの絶対認めるわけにはいかないのよ!! だってアズナは……。お姉ちゃんはあたしの事を理解してくれている唯一の味方。味方だったはずなのに……なんで??!


 「嘘……。そんなの絶対嘘に決まってる。お姉ちゃんのわけが……」




 「そうだッ! アズナさんは君を裏切ったわけじゃない!!」


 突然真後ろから聞きなれた声が辺りに響き、あたしは驚いて後ろを振りむく。そこにいたのはどうやって逃げ出せたのかわからないが、誰かを背負って息を荒げるヒナタと、味方だと思っていたのに、あたしを殺そうとしたアズナお姉ちゃんがそこに立っていた。

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