第69話朝顔のお方と怪しい俺





 ——おかしい。

 あれだけ俺の事を訝しんでいたのに、誰も後をついてくる気配はなく、それどころか姿すら見かける事がないまま弓練習は終わった。それどころか街の裏口や街中ですら、見張っている気配など一切感じられないまま、サリッチの部屋の前で来てしまった俺は、みすみすここまで案内してきたような気がして、何度目も周りの確認をしたあと、部屋の扉をノックする。


 「サリッチー、起きてるかー?」


 安保確認とは名ばかりの嫌がらせの挨拶をするが、朝は弱いのか返事はない。心配はしないがこのまま帰るのは何か気持ち悪い気がし、いっそ出てくるまでノックし続けてやろうと思った矢先だった。


 「今日は誰とも会いたくないから帰ってちょうだい。あたしのことなんてほっといてよ」


 扉越しで聞こえた声は弱弱しく、普段のサリッチとは思えないほどの自暴的な言葉に俺はすこし驚く。なにかあったようだが、これ以上声を掛けたところで逆効果になりそうだったので、夕方にまた来ると一言伝え俺は今日の目的を果たしに宿を出る。


 『…………』


 ふと見覚えのある色が一瞬上を横切ったような気がし、澄み渡った雲ひとつない空を見上げ、その色の正体を探す。

 だがそこに広がっていたのはいつも通りの澄み渡った、まだ白みがかった青空だけで、原始種属はおろか、キャルヴァンさえ見当たらなかった。その穏やかすぎる空に俺はきっと鳥か何かだと気に留める事もなく、自分の目的を果たすため中心地から離れ、丘に建てられた城の周りを取り囲むようにある貴族達の居住区を目指し足をそちらに向ける。





**********************





 貴族達の住む居住区は平民であっても入れるようになっており、特に外壁などで取り囲まれているわけではなく、隔たりとしてあるのは人工的に作られた川、所謂用水路が街の真ん中に横たわっていた。


 「きちんと整備された水資源……。いまでこそあっちの世界じゃあ珍しくない灌漑だけど、人の手しかないこの世界で、使えるまでのレベルにするには大分時間がかかっただろうに」


 変に感心しつつも、見るも立派な橋を渡り涼しげな木々の間を抜けると、そこに広がっていたのはいつぞやの話の通り、鮮やかな色や花が貴族が住む敷地ごとに、それぞれの花が丁寧に育てられていた。


 優しく甘い香りが辺りを包みこんでおり、清閑な雰囲気は来る人を選んでいるかのようで、妙な居心地の悪さを感じてしまう。

 目的の人物が住んでいる屋敷を探すため、辺りに話しを聞ける人がいないか探してみるものの、道を歩く人はおらずまた敷地内に入る事も躊躇いがあり、結局咲いている花を頼りにひたすらに歩くほかなかった。


 「あれ、ここの屋敷の花畑……蕾しかない。まわりの花は皆咲いてるのになんでだ?」


 固く閉ざされた蕾からは白い花弁が見えており、その蕾の大きさからもういつ咲いてもおかしくはないように見えるが、ここの花は不思議と皆咲いている様子はなく、花に関してなんの知識も持たない俺は、疑問に思いながらもその場を通り過ぎる。


 色とりどりの花を目で楽しみながらも、目的の花である朝顔が咲いている場所を探し、隅から隅まで歩きやっと見つけたその場所は、今まで見てきた屋敷の中でも一等豪華な造りで、母屋のほかにもいくつか屋敷があるようで、俺は息を呑みその屋敷へと続く道を歩きはじめる。

 今更だけど緊張してきた俺は、キョロキョロしながら歩いていたときだった。丁度屋敷から出てきた若い女性と目がバッチリ合ってしまい、俺の挙動不審さに驚き短い悲鳴を上げる。


 「キャ……!! ど、どちら様ですかッ?!」


 見事不審者として確定した俺は、下手に慌てず騒がないよう使用人らしき若い女性に声を掛ける。


 「あ、勝手に敷地内に入ってしまいすみません。突然の訪問で大変失礼ですがチィ・アンユ様のお屋敷でしょうか?」


 アポなし訪問をした身としては大分不審者極まりないが、この国の事情を知らない以上、多少の無礼や危険は冒しておかないとどうにも身動きできないんだ! と誰にするでもない言い訳をするが、一向に警戒を解く様子のない女中さんは怯えながら用件を聞いてくる。


 「な、何用ですか……? ここは高貴なるお方が住まう館。あなたのような無作法者がお目通りを願うなど、無礼にも程があります。即刻この敷地から去るのです……!!」


 あー、まぁやっぱりそうなるよね。はなから会えるとは思ってはいなかったので、ここは大人しく帰ることにして、これからどうやって会うかの作戦でも練ろう。そう考えていたが、俺は屋敷内でチラリと見えた女性に目が奪われてしまう。


 あの女性、この間街の入り口で見かけた人だ……。


 その目を引く美人はついこの間街の門前で諍いをしていた女性で、一瞬だったが目も合ってしまったことを思い出し、俺の体は一気に緊張してしまう。

 このままではいつ俺のことに気付くか分からない。そう本能で感じた俺は自身の非礼を詫び、なるべく顔を上げないようにその場から早足で離れる。


 「まったく……! 幾らアンユ様が国民想いだからといってこう何度も冷やかしにこられると流石に頭にきちゃうわ!!」


 遠くのほうでそんな声が聞こえ、俺だけがこの屋敷に訪れたわけではないと知り胸を撫で下ろす。よかった、これなら俺のことのなんてあんまり印象に残らないはずだ。そう俺は思ったが、事態はこの時からおもわぬ方向へと進んでいくこととなった。





**********************






 ——この街にきてまたヒナタさんの行動が不審な動きを見せ始めた時は、また頼ってもらえなかったというすこしの失望と、なんでいつも一人勝手に問題を解決しようとするのかという、怒りに似た感情がふつふつと私の中に湧き上がったのには私自身驚いた。

 というのも、感情がこんなに豊かになったのはなんでもない、ヒナタさんと旅をしてからで、それまでの私といえば咲かない桜という言い訳を盾に、大勢の目や声を気にして生きてきた。姉や兄達の眼に触れないよう生きる私はまるで存在はないようなもので、それでいいとすら思っていたわ。


 でも、全てを諦めていた私をヒナタさんはちゃんと話を聞いてくれて、そのおかげで私は私のするべきことを見つける事ができたの。旅に出てからも多くの出会いと新たな自分を発見してこれた。だから私もヒナタさんの為になにかできることをしていきたい、そう思うのにヒナタさんはいつだって自分ひとりで解決しようとするせいで、私は心配する事しか出来ない。そんなのは嫌、それだけじゃ足りないの。だから………。


 「どうですか、ウェダ君。これならヒナタさんも気付かず何をしているのか探る事が出来るはすです」


 ヒナタさんがいない間に私達三人は、明日こそ何をしているのか探るため作戦会議をしていた。

 今日の反省点としてやはり上げられたのは、私達の尾行の下手さであり、これは今日明日でどうにかなるものではないと結論は出ていた。ならどうするか。それは意外にも簡単だった。


 「ん~、確かにいい案だと思うけど、どうかな~……。あっ!! そうだ、これならいっそ空からのほうがもっと見つからずに済むんじゃないかな!」


 「そうね、確かにそれなら流石のヒナタも気付かないと思うわ」


 二人の反応にすこし違和感を感じた私は、なにか問題点があるのか聞こうと口を開くが、上手く言葉に出来なかった。ふたりが知っていて私だけが知らない事、それは果たして聞いていいことなのか分からなくなってしまったというのもあるが、それ以上に二人からは聞いてはいけないような気もした。



 「ではこれで明日は必ずヒナタさんの尾行を成功させましょう!」


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