第16話バタフライ効果




 アルグの知識量は以前から疑問だった。俺が異世界について知らない事ばかりだったから、それが常識の範囲内か量りかねていたが、今回の事でそれが異質だと気付いた。いくらなんでも、教えてもらえなかったとはいえ、王族であるセズが知らないことをアルグが知っているのは何故だ?

 ………彼の謎は深まるばかりだ。



 「それで、春告げの儀が“来る”って一体どういう意味だ? それは人物? それとも物?」


 「詳しい事は俺も知らない。俺も人伝に聞いた話だが、マウォルという国は特殊で、誰でも王になれるわけじゃないそうだ。そういった意味では、春の種属の王はほかの国でも重要視されている」


 「……そうか。じゃあ次に何で咲かない桜が、突如咲き始めたのか教えてほしい」


 俺の疑問にセズも困惑気味に答えた。彼女自身未だ整理がついていないのだろう。


 「それが、私もよく分からず……。キーツに手を引かれ桜を見ると、確かに蕾がいくつかついていたのです。それをキーツと喜んでいたら、なんていうんでしょうか………突然ひらめいたといえばいいのか、分かったような気がしたんです」


 「わかった? 一体なにが分かったんだ?」


 至極当然の疑問を俺は尋ねた。そのぐらいあまりにもセズの回答は的を得ないのだ。それはみんな同じだったようで、次の言葉を待っていた。


 「そう、ですよね。なんでしょうか……私が王にならなければならない理由、といったところです。私は地位や名誉がほしいわけではないのです。それは誰かの為、見知らぬ皆が私の春を待っているような……いつか来る春を思い描き、凍える冬にじっと耐えている者たちがいる。そう気付けたからかもしれません」


 気づき……か。

 俺もいつか気づけるのだろうか? 今こうして一日一善としてやっていることの意味や、そして何とこの隕石を交換すればいいのか……果たして自分にも気づきが訪れてくれるのかと、ふと不安がよぎるが、それを頭の外に追いやるためにセズの話へ再び意識を向ける。


 「そのときの私は自分の中に春をやっと見つけたような気持ちでした。そしてそのままの気持ちで、私は自らの桜に触ったのです。まずはこのこに私の春を渡したいと」


 そうしたら桜が咲いたという訳か。これで何がトリガーになったのかはっきりしたが、それだけではこの国、それどころか大陸全土が春に様変わりした訳ではなさそうだ。その証拠に他の木々はいまだ枯れたままで、以前厳しい寒さが続いている。

 庭にある桜の反応を見るに、緩やかに広がるという訳でもなさそうだった。

 それはセズにも分かっているようで、だから苦悩していたのか、と今頃納得する。皆が押し黙ったまま、何をすべきかを考えていた。あのアルグでさえも分からないようで、眉間に何時も以上のしわを寄せていた。


 するとおじいさんが何か閃いたのか、席を立ち、箪笥の引き戸から古紙を取り出し、席に戻ってきた。まるで地図のようだな、と思ったらまんま地図で、どうやらそれは世界地図のようだった。

 地図には4つの大陸が描かれており、それぞれ左上にシュンコウ大陸、その下にカカ大陸、右下にシュウフ大陸、そして右上にヒトウ大陸と書かれていた。また大陸にはそれぞれ3つずつ国が存在している。そう、シュンコウ大陸を除いてはだが。

 不自然なくらいの大穴がそこにはあり、おそらくはこれが"虚空の大穴"とかいうやつだろう。そう考えるとなんだかあの頃が懐かしくなる。ハクちゃん……元気にしてるかな。

 余計なことを考えていたら、アルグから感嘆の声が漏れる。


 「これは、すごい貴重な一品ですね。オレも初めて世界地図なんて見ました。一体どうやって手に入れたんですか?」


 「ふぉふぉ、これはわしの曾曾祖父さんのもので、その頃は名を馳せるくらいの冒険家だったのじゃ。その時入手したものらしくてな。我が家の家宝となっておるものじゃよ」


 ……色々ツッコミをいれたいがまず言わせてくれ。

 家宝は箪笥に入れちゃダメでしょう!! 気軽に取り出せる家宝ってナニッ!! 無用心極まりないこの家の危機管理はどうなっているのか……いっそものすごい興味が沸くが、そこはひとまず置いておこう。それよりも世界地図が貴重って本当にどんな世界観なんだ、リグファスル。

 スマフォみたいなのがあると聞いたと思えば、世界地図すらまともにないという世界観ぶれぶれの設定。これが俺の世界にあった異世界ファンタジー系の作品だったら、いっそものすごい批判されそうである。

 よかった、これが作品じゃなくて。誰に批判される事無く、俺の現実は進んでいくのだ、うん。


 また脱線したオレは、おじいさんの話に耳を傾ける。アルグも興奮気味に地図を眺めて話を聞いていた。


 「それでなんだがのぅ、ほれここ。シュウフ大陸から一番遠く、カカ大陸の一番端に位置するところにユノ国と書いてあろう。なんでも曾祖父さんの話によると、この国はマウォル国と近しい種属、夏の種属が統治しているそうな。曾祖父さんも聞いた話じゃからおぼろげではあるが、ここ最近の食糧不足はほぼこのカカ大陸の輸入品で賄われておる」


 「……なるほど、つまりカカ大陸は外に流せるほどの資源があるカカ大陸は、おそらくこのユノ国を統治する夏の種属の恩恵でそうなっている、とあなたは推測したということですね」


 そうアルグが話をまとめると、俺たちの顔に希望の光が差す。という事はだ、この国に行けばシュンコウ大陸に春をもたらすことが出来るって訳か! セズもその事に気付き、パッと顔を綻ばせ笑う。そんな中、アルグは俺に体を向け、真剣な面差しで話しかけてきた。


 「ヒナタ………後で話そうと思ったが、何の因果か運命か。俺たちの今後についてなんだが、今朝方受けた依頼もカカ大陸のユノ国で集める運びとなったんだ」


 それは本当にどんな運命なのか、まるで導かれるように俺の行くべき道が定められていくではないか。もしかしてコレ、フルルージュの仕業だったりして……。そんなことを考えていたら、真向かいに座っていたセズが、いつの間にやら俺の横に位置取り、ずずいと迫ってきた。

 やばっ、アップで見ると益々可愛い……。


 「あのッ! ヒナタさん!! 不躾ですいませんが、私もあなた様の旅に同行させてはもらえないでしょうか!!!」


 顔を真っ赤にして大きな声で言ったセズは、さながら俺に愛の告白をしている様で、俺の心臓は無意味に高鳴る。さすが美少女さすが……いや、いやいやいや早まるなよ俺!!

 というか、改まったその申し入れに俺まで恥ずかしくなる。言われてもいないのに一緒に旅する気満々の俺、バカッ……!!


 「もちろん、良いに決まってるだろ! 寧ろそっちこそ大丈夫? アルグと俺とはいえ、男だけしかいない旅だし、やっぱり幾ら子供だからといえ、ちょっと怖くない?」


 セズはその言葉をどう受け取ったのか、きょとんと首をかしげながら数時間前に言った、俺の言葉をそのまま返してきた。


 「でもヒナタさん、胸が大きい年上女性が好みだとおっしゃってましたよね? なら私はそのどちらも当てはまらないかと……」


 ウボァーーー!! もういっそのこと俺を殺してくれーーッ!!! 美少女に俺の性癖を言われる事程、死にたくなることはない。そりゃ確かに言ったし、嘘じゃないがまだ青い盛りの俺には羞恥しかない。しにたい。


 「ウン、ソダネー。セズの言うとおりだから今後確認しなくても大丈夫だよー。…………あ、あと俺のことはさん付けせずに呼んでくれて構わないよ。これから一緒に旅する仲なわけだしね」


 その言葉にアルグも賛同する。これからずっとさん付けでは彼女も息苦しいだろうしな。名前の呼び方って結構重要でコミュニケーションの第一歩だと俺は思う。まぁ、それが難しい人も多いから無理強いはしないんだけど。

 セズもその部類のようで、少し戸惑っていた。なので無理はしないでいいよと頭を軽くなでたら、子ども扱いされて少しむっとしていた。桜色のほっぺを膨らませる様は、まんま昔の妹で俺はふっ、と息で笑ってしまった。それに益々むくれ、ぽこぽこと軽く殴ってきた。


 数回殴ってきたところでセズは思い出したかのように、はっ、と目を開き袂を探ると、預けっぱなしだった隕石を取り出す。そういえばキーツに渡しっぱなしで忘れてたよ。すまんな、フルルージュ。


 その隕石を俺は普段どおり手に取ったときだった。



 ——ありとあらゆる何かが、瞬きのうちに頭の中を素通りしていく——



 そんな感覚に囚われ、解放されたかと思った次の瞬間には、アルグの右腕に支えられており、訳が分からず動転する周りの声で意識が浮上する。

 なんなんだ、今の? 単なる体調不良かなんかかな? と呑気にしていたらアルグが慌てた声で俺の名を呼ぶ。


 「おいっ、ヒナタ?! 意識あるか、おいッ!」


 「あ、あぁすまん。大丈夫だ、ちょっと眩暈がしただけ。心配かけたみたいで、みんなごめんな」




 このときの俺はそう思った。単なる体調不良による眩暈だったのだと、根拠なく決め付けていた。だけどそれが大きな間違いだったと知ったのは大分後になってからだった。

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