第15話王になるために
塵も積もれば山となる。俺のモットーとする、一日一善は正しくそれだ。最近の言い方だとバタフライエフェクトが当てはまるか?
まぁ、それはともかくとして、一見すれば何でもないことが、積み重ねたり巡り巡ることで、いつしかそれが大きな出来事に変わるという意味だと、俺は理解しているがそれは人生においても同じことが言えるのではないだろうか? 同じことを繰り返しているようでも、以前と全く同じ物事なんてなく、いわばそれは螺旋階段のように少しずつ……ほんの少しだけかもしれないが、景色は変わらずとも上に進んでいる。そう、本人はその事に気づかないだけで。
今回の出会いだってそうだ。一期一会の僥倖だったことに俺は気付かず、今その一段目に踏み込んでいたんだと、後になって気づくのだろう。
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俺に対する偏見と誤解は解かれて俺たちの間には、再び重い空気が漂っていた。セズは勿論アルグも口を閉ざし、黙りこくっている。
朝方、アルグを避けるような態度を取ってしまった俺は勿論、アルグも俺が話すのをまっているのか、一言も喋ることなく俺を見る。その雰囲気に気圧されて、セズもチラチラとこちらを見るばかりで申し訳ない気持ちになる。
その中唯一、キーツだけは俺そばでニコニコと楽しげにしていた。石が見つかったのがよほど嬉しかったのだろう、わざわざ宿にまで届けに来てくれたキーツは、俺に返すことなく石を観察していた。おそらく返すイコールお別れと思っているのだろう、セズには見て見て! と言わんばかりに話しかけるのに、俺には笑顔のみで話しかける様子がない。この子なりに気遣っているのだな、と思うとちょっと切ない。
未だ俺たちは沈黙したままで耐え切れなくなった俺は、いっそものすごい馬鹿をやろうかと思ったときだった。キーツは思い出したように興奮気味にあっ!! と声を上げる。
「セズおねえちゃん、ボク言い忘れてた!! ボクね、この石を拾うとき見つけたの! 家の桜、蕾がいっぱいあってなんだか咲きそうなんだ! もしかしたらもう咲いてるかも……行こうよ、セズおねえちゃん!」
「え? あ! ちょっと待って……!」
そんな事を言い終わるやいなや、ベットからピョンと飛び降り、向かいの椅子に座っていたセズの手をとってグイグイ引っ張りながら、勢いよく部屋を飛び出していく。セズも動転しているのか、よろめきながら後を追い部屋を出た。
アルグはどういうことだと言わんばかりに睨む。やめて、アルグさん。お前の顔は睨むだけで人一人殺せる凶器面なんだから!
「ちゃんと説明するから、そんなに睨まないでくれ……道すがら話すから、とりあえず後を追うぞ」
「……分かった。俺も後で話したいことがある」
凄むアルグに、ヒッ、と小さく悲鳴をあげてしまう俺。そんな俺の様子を気にする事なく立ち上がったアルグは、いつまでも動かない俺に気付き、部屋の入り口で呼ぶ。硬直状態だった俺はその声によってやっと気を取り直し、件の桜へ向かうためアルグの後を追った。
宿からキーツの家まではさほど距離も無い為、手短に伝えるとアルグは煮え切らない顔で、まぁ、行けば分かるか、といって無理やり納得をしていた。
家に近づくと、わっという声が庭から上がる。何事かと思い、急いで家の横手にある庭に向かうと、優しい花の香りが俺たちを迎えてくれる。
——その光景に思わず息を呑む。何がどうなって、そうなったのか分からないが、朝見たときは何の予兆も気配もなかったそれが、今や両手いっぱいに可憐な花をつけているではないか——
状況が掴めない俺たちは、そのそばで膝立ちのまま微動だにしないセズに気がつき、何があったのかと思い近づく。
すると遠くでは気付かなかったが、セズは桜の花を見たまま惚けており、その両目は涙を湛えていた。話を聞こうにも彼女は呼びかけにも応じず、キーツもおそらくおじいさんを探しにいったのだろう、家の中へ消えていた。
困った俺は助けを求めるようにアルグを見るが、彼もまた桜を注視して、俺の視線には気付かないようだった。どうしたものかと考えていたら、家の中からキーツの大きな声が響いてきた。
「ホラ! おじいちゃん、いったとおりでしょ!! セズおねえちゃんが咲かせたんだよ!」
「おぉぉ……。コレは正しく、あの日見た桜と違えぬ美しさよ……なんと喜ばしき出来事か……」
おじいさんの感嘆の声に、セズはやっと反応を見せて後ろをゆっくりと振り返る。肩はわなわなと震え、自分でも感情を抑えられないのか、顔をぐしゃぐしゃにしておじいさんに駆け寄っていた。
おじいさんもセズをわが子のように抱き寄せ、何度もありがとうと感謝の言葉を紡いでいた。キーツもそれにやっと安心したのか、おじいさんとセズに抱きつき、大声を上げ泣いていた。
その感動的な場面に俺ももらい泣きをしてしまう。アルグもそうだろうと思い、隣を見ると意外なことに彼は未だ桜に目を奪われたままだった。というよりは何かを考えている様子で、探偵がするようなあごに手を当てたまま固まっていた。それに気になりはしたが、今聞いても答えてもらえそうにないので、アルグは放置し三人から話を聞くことにした。
いまだに肩を寄せ、泣いている三人の空気をぶち壊すことは躊躇われたが、本調子ではないおじいさんが心配なのでなるべく自然に話を切り出す。
「えっと、感動のさなかすいませんが、お体も心配ですし、いったん家の中でお話を聞いてもよろしいでしょうか?」
ちょっと図々しい申し出をしたな……と俺は軽く後悔するが、遠くへいけないおじいさんを宿に呼ぶのは難しいし、だからといって説明もなく帰るわけにもいかないので、これが妥協案だと自分を納得させる。
おじいさんは俺の突然の声かけに驚くこともなく、暖かいお日様のような笑顔で二人を宥めすかし、俺とアルグを家に迎え入れてくれた。
「それでいきなりであれなんだが、どういう経緯があって咲かなかった桜が、半日であんな咲きっぷりになったんだ? さすがに満開ではないにしろ、4分咲きはいくらなんでも早すぎやしないか?」
俺の質問におじいさんも深く頷き、賛同する。アルグはなにやら思い当たる節があるらしいく、じっとセズを見つめているだけだった。そんな俺たちの目線に、話しにくそうなそぶりで目を泳がせるセズだったが、深呼吸を一つ、二つつくと、おもむろに話し始める。
「そうですね、皆様にはまず私の立場をお話せねばなりません。……お爺さんにも、キーツにも話せなかったのですが、改めて私セズ・スリジェは春の種属の中でも特別とされる桜の一族、つまりマウォル国王の末の娘なのです」
そういって目を硬く閉じ、うつむくセズの顔は苦悩で歪んでいた。今まで身分を明かさずにいた心苦しさかそうさせるのか、それとも他の理由があるのかは分からない。それでも王族のものとしてちゃんと話そうと今回の事の次第を話す。
「……私の父である王は一年前の冬の日、後継の者も決めぬままにこの世を去りました。それにより当然のごとく後継を争い、たくさんいる姉や兄たちは日々、いがみ合いと蹴落としあいばかりになり、たちまち城の内情は荒れていきました。一番最後に生まれた私には無縁の日々でしたが、その分王になるために必要な資質も知らずにいたのです」
キーツも苦しそうに話すセズを黙って見守り、おじいさんも優しい目で話に耳を傾けている。
「今年の春が遅いのはおそらく、私たち王族が原因だと思います。昔……母が言ってました。王には大事な役目がある、と。だけどその先は聞かせてもらえませんでした。その……お爺さんにはいえなかったのですが、庭にある桜は本来咲くことはないとされた桜だったんです。そしてそれを管理している私は………王族の中でもいらない存在でした」
春が来ないのはその為だったのか。確かに春の種属という名前の通り、そのくらいの役目があっても不思議はない。ではなぜ、今になっても王が決められないのだろうか? このままではこの国だけではなく、シュンコウ大陸全土にわたる大問題のはず。ぐずぐずしている暇はないだろうに。
その疑問は、意外な人物が答えてくれた。
「成る程、だからお前さんはあの桜を咲かせることに躍起になってたんだな。確かにオレもそういった話を聞いたことがある。春告げの儀、だったか? それが"来ない"と花は芽吹くことはなく、冬は永遠続くと聞いたことがある」
「春、告げの儀? というのですね……。私も姉や兄たちの話の断片で判断したことだったので、そんなのがあるとは知りませんでした」
その会話は俺に新たな疑問を芽生えさせるのだった。春告げの儀と、それをなぜかセズより知っているアルグの知識は……
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