130話己を賭したかくれんぼと救済

傭兵の顔を覗かせるお婆さんに言葉を返すことが出来ないまま話は続き、下剋上が始まった事の発端をさらおばあさんは話始める。




 「元々、下剋上は決闘状という貴族同士のいざこざ、詳しくいうと暇と金を持て余していた魔属が、更なる名声と権威を高めるために行っていたんだが、ラミュ様がこの国の領主になったをきっかけに廃止されたらしいんさね。まぁその頃のフェブル国の内政は相当荒れ切っていたらしく、ラミュ様はしょっちゅう暗殺やら闇討ちやらで命を狙われていたという話さね」




 国のトップが狙われるなんて、日本じゃ考えられない事態だが、ラミュ様というのは俺の想像以上の人物だったようだ。


腐りきった貴族連中に四六時中命を狙われ、しかも女という理由で差別だって受けかねない状況の中、なぜ下剋上などともっと自らの命を危険にさらす真似をしたんだ?




 「だからこそラミュ様は下剋上を掲げて、大っぴらに自らを狙えるようにしたんじゃないかねぇ。元々暗殺やら闇討ちでは殺した後もまどろっこしい腹芸と、自らの警戒を強めなければ、とてもじゃないが自らが領主にはなれないやり方だった。でも下剋上なら手続きをきちんと踏んで名乗りを上げれば、ラミュ様は必ずそれを受けるし、公の場できちんと勝敗を記録に残してもらえる。つまりはどちらにとっても手間が省けてばんばざいじゃないかい」




 「なるほど……そうすることによって少なくとも暗殺によって得られるメリットが少なくなるし、何よりその方が確実に殺さずとも敵を減らすことができますね」




 公の場で武力差を見せつけることによって、歯向かってきた本人は勿論のこと、それを目の当たりにした他貴族の戦意も削ぐことができるといったところだろうか。


 理屈はわかったが、実際問題それを行える国のトップというのはそう存在しないだろう。なにせこれは常に自分が負ける可能性が付きまとうし、一般的な感覚の持ち主ならまず先に精神がすり減りそうだ。




 「元より魔属は気性が荒く、また好戦的な気質を持つ者も多い種属さね。決闘が出来なくなり、暴力の捌け口がなくなったから元も子もない。だからギルドを組織して己の実力のみで出来る下克上を手段にと、暴力の有効活用を始めたんだろうさ」




 お婆さんのいう気性の荒さというのは、俺自身感じたことがないので今一つピンと来なかったが、それもギルドがあるおかげなのかもしれない。それほどまでに彼ら魔属には相性の良いストレスの発散方法なのだろう。




 「それで詳しい話に移ろうと思うが、その前にこんなこと今知って何しようって話なのさね? どんな回答に限らずちゃんと教えるから、せめてしようとしてることくらい、聞かせてくれてもいいんじゃないかい?」




 「あぁ、すみません! お婆さんの話に夢中ですっかり何するのか、伝え忘れてました。実は……………」






 俺たちの計画した作戦に驚き半分、呆れ半分といった表情で言った言葉はキャルヴァンやウェダルフと同じ“0か100の大博打”と乾いた笑いで俺たちの健闘を祈ってくれたのだった。


 そうして下剋上の事を事細かにきいたためか、すっかりあたりが夕方になったころ、宿に戻った俺は2人の帰りを待ち二人の成果を聞き、着実に計画が進んでいることを確信し、その日はおわるのだった。




 そんなこんなでお婆さんから話を聞いた翌日、俺は下剋上の為の仕込みをするべく街の中心へ向かい、二人は計画実行のための根回しに一日費やし、いよいよ計画決行の日を明日に控えその日は早くに眠りについたのだった。








**********************












 「皆準備は大丈夫か? 今日は一日走り回ることになるから荷物はなるべく最小にしたけど、忘れ物とかないよな?」




 まだ太陽も上らない薄闇の中、俺たちはランタンの明かりを頼りに今一度身なりを確認しあう。




 「うん、ばっちり! 邪魔にならない程度に水も持ってるよ!」




 「今日も大丈夫よ。今日はヒナタだよりになるけれど私たちも出来る限り手伝うから頑張りましょうね」




 「おう! みんな宜しく頼むな! んじゃあ、ルイさんが出かける前に屋敷に向かおう!」




 各々緊張を隠しきれないまま、部屋をでた俺たちはそれから一言も会話を交わすことがないまま屋敷へと向かっていく。


 いつもより長く感じた道のりだったが、実際はそんなことはなく、屋敷の前には予定通りデビットさんが俺たちの到着を待っていた。




 「おはようございます、皆様。ルイ様はまだ寝ておられますので、どうか静かに私の後についてきていただければと思います」




 いつもと変わらないデビットさんの様子に、それまで緊張しっぱなしだった気持ちがいくらか落ち着いた気がして、俺たちは声を出さないよう頷き、忍び足で屋敷の中へ入り客間へと案内されると、部屋にはルイさんの使用人たちが俺たちを待っていたかのように入口へ一斉に顔を向け出迎えてくれる。




 「ヒナタ様の要望通りここに全使用人がおります。皆わかるよう黒装束にオレンジのバラを胸に差していますので、今のうちに覚えていただければと思います。ではここでお待ちください。ルイ様を起こしてまいります」




 大きな屋敷なのでさぞ使用人も多いのだろうと勝手に思っていたが、ここには男女合わせても20人から25人ほどで少し驚いてしまう。


 貴族というイメージだけで、使用人が100人やら200人ぐらいいるイメージだったが、以外とそうでもないようだ。小学校くらい広いけど果たして家事とかちゃんと回るのだろうか、などとどうでもいい与太を考えていたら、周りにいた使用人たちの雰囲気が一変したことに気が付き自然と使用人たちが見ている方向へ目を向ける。






 「「「おはようございます、ルイ様」」」




 近くに控えていた使用人が綺麗に声を揃え、まだ見えない主人に挨拶をすると、あたりに控えていた使用人たちも緊張した面持ちで、息を飲む音が聞こえ俺たちも緊張してしまう。




 「…………これは、これは。随分と朝早くから客人とは……。これはどういうことだ、デビット。主人に何の断りもなしに招くなんて、いつからそんな勝手ができるようになったんだ?」




 不機嫌、というのを隠しもせずにそばで控えていたデビットさんにドスの効いた声で話しかけるが、そんな様子に怯えることも動揺することもなく、ゆっくりと落ち着いた口調で事情を話し出す。




 「申し訳ありません、ルイ様。ですが今回はキャトルレスタート家の名誉にも関わる事。私はキャトルレスタート家のハウス・スチュワードとして今回のような形でのお招きとなりました」




 デビットさんの言葉に眉根を僅かばかり上げ、どういうことなのか次の言葉を待つルイさんに、俺たちも口を閉じる。




 「つい昨日のことです。この方たちが正式な手続きでもって“決闘状”を持ってこられたのです。日時は今日。決闘内容は私を除く使用人たちがこの敷地内に隠れ、夕刻までにより多くの者を見つけたほうの勝ちとなっております。決闘条件はヒナタ様側は4人での捜索を許す代わりに、ルイ様は私と共に使用人捜索することとなってます」




 「どこの誰が入れ知恵したのか………なんてどうでもいいことだがなるほど、よく考えたものだな。確かに貴族が挑まれた決闘を逃げる、なんて事をしたら醜聞どころの話ではないな。………ふむ、ハンデは4人で挑む代わりに、敷地内有利と自身の使用人であることか。釣合いはひとまず取れているという算段か?」




 俺の方に顔を向け不敵な笑みを浮かべるルイさんに、内心冷や汗を隠せなかったが、ここで怯むわけにはいかない。




 「そうです。それにデビットさんもいるんですから、人数の不利も無いようにしてあります。………受けていただけますよね?」




 「人数の不利ね……。フッ、そう思っているなら随分と能天気なものだな。いいだろう、向こう見ずの愚か者に魔属というものがどういう存在なのか、思い知らせてあげよう」




 いやに余裕があるルイさんに不安が頭をよぎるが、俺たちのハンデは実はもう一つあるんだ。負けるつもりは微塵もない。




 「それで? 決闘状をわざわざ用意したんだ。君たちは何を望んでこの私に勝負を挑むんだい?」




 「……俺たちが望むものはただ一つ。それは………キャトルレスタート家の当主の座を奪いにきました」




 俺の予想外の言葉にデビットさんを含めた使用人たちは一斉にざわめき、動揺の色を隠せない中、ただ一人ルイさんは俺を睨みつけ俺の意図を探るかのようにゆっくり瞬きを繰り返していた。




 「ヒ、ヒナタ様ッ……?!! それでは話が違うのではありませんか?!! 私達はルイ様の為ならとここまで協力したのに……何故そんな要求を?!」




 「そうです。俺は確かにルイさんの為に昨日皆さんに協力をお願いして回りました。それに嘘はありません。ですがどうルイさんを助けるのか聞かれなかったのは他でもない皆さんですよね?」




 「そ、それは確かにそうですがっ……!!! 当主の座が欲しいなどと……そんな事許すわけないじゃないですか!!」




 予想通り予想外の事が起き、感情を露わにしたデビットさんが今にも掴みかからんとする勢いで俺に感情をぶつけてくるが、依然としてルイさんは声を上げることなく、俺を睨むばかりだった。




 「それはおかしな話ですね。決闘というのは元来、己の全てを賭けて行われるもの。当然俺が負けた時もデビットさんは考えていたはずです。そしてその対価は決して生易しいものではなく、神様候補である俺のすべて利用してやろうと……そう考えなかった訳はないですよね?」




 「ゔ、ぐッ………そ、れは………」




 「ならば俺もこう考えても不思議ではないはずです。………ルイさんは当主であるから苦しんでいるんだと。そしてそれを救う手立てはただ一つ。当主でなくなれば何も問題はないはずだ、と。それに俺達の本来の目的はギルドに入ってこの国の領主であるラミュ様に会うこと。じゃあ俺が当主になれば、ルイさんも俺もこれ以上無駄なあがきをしなくて済むんじゃないか……って、そう考えたんですよ」






 さぁ、わざわざ手の内を全て明かしたんだ。もうそろそろ反応を示してもいい頃じゃないか、ルイさん? そうでなければデビットさんが暴走して、恥も外聞もなく今回の決闘を無効にしてしまう可能性が出てきてもおかしくはない。


 だから頼むルイさん。あなたのためにもここは決闘を受けるって、そういってくれ!!




 「……それが君にとっての最善だと、救済だとそう驕っているのならばよかろう。その決闘受けて立とう」




 ルイさんの重苦しい言葉に全使用人がどよめく中、俺は心の中でガッツポーズを決めて横目で二人に次の作戦のための合図を送るのだった。

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