129話血統と決闘状
ウィスの街に到着してから数えて三日。
最初、この街に来る目的は隠し事だらけの俺に失望したアルグとちゃんと話し合いたいからだった。
けれど旅の途中で再会したアルグはまるで別人のようになっており、その原因を探るべく、この街に訪れ以前お世話になったサラさんに会った……まではいいけれど、だ。
なんでか毎度の如く物事を大きくしてしまいがちな俺は、これまた何故かギルドに入るため、複雑に絡み合ってしまったお家騒動に巻き込まれてしまい今に至ると言った所だが……。
「なんでこうなるかなぁ〜」
そう、俺は本当に何故だか絶賛迷子になってしまいました。
**********************
振り返れば迷子になる数時間前。
俺達はいつもの通り外で朝ご飯を済ませたのち、キャルヴァンとウェダルフはルイさんの屋敷に向かう為、なぜか急いだ様子で飲食店を離れ、俺はというとゆっくりとお婆さんの質屋へ向かう……予定だった。
「しまった……この時間からこの道って混み始めるのすっかり忘れてたな」
魔属の人たちが活動を始める時間帯なのか、飲食店が並ぶこの通りはまるで満員電車の如く、混み始めるのをとんと忘れてた俺はうんざりしながらも、えっちらおっちら進んでいると裏通りらしき道を発見し、大して考えないまま抜け道とばかりに入ってしまったのが全ての間違いだったのだ。
最初は自身が進んでいる方向が分かっていたのに、予想以上に入り組んだ裏道と似たような建物が続いたせいで、すっかり方向感覚が狂ってしまい、気づけば今現在、見た事もない豪奢な屋敷の前で俺一人ぽつねんと立ちすくんでいた。
「まさかとは思うけどここが領主様のお屋敷とかじゃあないよな?」
辺りには人っ子一人通らない場所で、この言葉だって本当に独り言のつもりだった。
「領主様のお住まいはここじゃあありませんよ。このお屋敷はかの英雄ラルコ様が住われていたお屋敷で……って、まぁそんな事言われても人間の貴方には憎いだけかもしれませんね」
真後ろから声をかけられた俺は、おどろかされた猫の如くその場に飛び跳ね、その勢いままで後ろを振り返ると、先ほどまでは気付かなかった男性が申し訳なさそうに頬をかいていた。
「いやぁそんなに驚かれる思わず……申し訳ないことしました〜。滅多に人が通らない場所で珍しく迷子に出会ったもんで、思わず声かけちゃいました。僕は見てわかる通り魔属でサンチャゴと言います。貴方は……?」
サンチャゴと名乗った男性の容姿は、普段から見かける魔属と同じく、独特な民族衣装で身を包み、髪は青灰色が短くまとめられており、髪飾りにはとても綺麗な羽根がキラキラと輝いていた。またガタイも人間の俺とは違い、しっかりしており羨ましささえ感じてしまう。
さすが異世界といった姿に俺は一瞬言葉を失うが、気を取り直し失礼のないように今度はきちんと挨拶を交わす。
「あー……えっと、こちらこそ驚かせてしまい申し訳ありません。俺はヒナタと言いますが……えっともしかしてさっき俺のこと…………」
驚いてはいたがそれ以上に、俺に向けて言った“人間”という言葉に俺は言葉に詰まってしまう。
「あ、そうですよね。すみません、ここではさして珍しい事じゃなかったのでついつい不躾な事を言ってしまいました。見るとどうやら貴方は“あちらの人間”のようなので、何か手助けになればと思って声をかけたんですが……もしかして迷惑でしたか?」
「あぁ……いえ、迷惑だなんてとんでもないです! むしろ仰る通り迷子だったので助かりましたが……この街の人話す機会が殆どなかったので、少し驚いてしまって……」
「あぁ、よかったです! またいらないお節介してしまったのかと、心配になったんですが、こういうのってもう癖ですよねぇ〜。周りに止められても中々やめられなくて……」
またもや”あちらの人間”などと気になる事を言われたが、これ以上の追求は少し憚られた俺は、まぁ後でサラさんにでも聞けばいい事だろうと考え、すんのところまで出かけてた言葉をぐっと飲みこむ。
そんな事を知ってか知らずか、乾いた笑いであははと笑うサンチャゴさんは、ああだこうだと言ってくる周りの声について、さして気にしていない様子で少し羨ましい気持ちになる。
「まぁここで立ち話もあれなんで、良かったら話しながら大通りまで案内しますよ」
「はい、ありがとうございます!」
そうして大通りに戻る僅かな時間、サンチャゴさんについてや俺自身について、当たり障りない程度の会話を楽しんで俺はお婆さんの質屋へといそいだ。
そんなこんなで朝早くに出たはずが気づけば昼頃になっており、質屋へ行く前に腹ごしらえをしたのち、今度は迷う事なくサラさんのいるところへ向かった。
昨日より少しだけ不気味に映る人形に生唾を飲み込み、一歩足を踏み出すと、見計らったかのようなタイミングで扉が開き、俺を一瞥するや否や、呆れなのかなんなのかわからない大きな溜息一つついて、招き入れるように入口の脇によける。
「ずいぶん遅かったじゃないかい。待ちくたびれて枯れちまうかと思ったよ」
まるでこうなることを予見したかのような発言はひとまず横に置き、招かれるまま店の奥の部屋へと入ると、さっき入れたばかりであろうお茶が向かい合わせで2つ用意されていた。
「お前さんがいつ来てもいいように用意していた茶請けがあったんだが……はてどこにしまったかいのぉ」
「あ、いえそんな気を使わなくても……って聞いてない、か」
もはやここまでくれば、特に驚くこともないか。
この用意周到っぷりをみて確信した。おそらくサラさんは俺が来る前提で、あえて言ってなかった話があるのだろう。いや、これも正確にいうなら来ることまでが彼女の条件だったのだ。
「やれやれ、待たせたねぇ。この店の菓子は昔からこのお茶との相性抜群なんだ。遠慮せずにしっかり食べて、しっかりお前さんの考えを聞こうじゃないか」
「あぁ…いえ、わざわざありがとうございます。それで……サラさんはもう気づいてますよね? 俺の考えや俺の欲しい答えってやつを」
「……はてさて、それはどうだかね。あたしゃ別に神様でもなければ、お前さんでもない。それに自身の考えを他人にわかってもらおうとするその考えも好かん。聞きたいことがあるならちゃんと自分の言葉でもって聞くんだね」
その通りだ。
今、俺は無意識に甘えてしまったのだと気づかされ、頬がカッと熱くなるのを感じるが、ここで怯んだってしょうがない。
「サラさんのいう通りです……失礼しました。では改めて………ルイさんについてなのですが、俺たちは当初対話でもって問題の解決を図ろうとしました。が、想像以上にルイさんの心は閉じこもっており、その……会って早々面会謝絶状態となり、対話での解決はこれ以上難しいと判断しました」
「ほうね、それは難儀なことになったねぇ。それで? お前さんはどうするつもりなんだい?」
「対話での解決が望めない以上、武力でも敵わない俺達は問題の解決を諦めることにしました。だからサラさんに質問が三つあります」
質問という言葉に少しだけ眉を動かし、先ほどより前のめりになって次の言葉を待っていた。
「まず一つ目はこの街に存在する組織についてです。この街には他の国にはないギルドという仕事を提供する組織がありますが、ギルトで下剋上って、つまり努力や才能如何によってはこの国の領主になれる可能性も含まれているということでしょうか?」
「あぁ、勿論“ラミュ様”は当初そういった意味で組織されたんだろうさね。まぁ未だに偉大な領主様と対峙して勝った傑物が現れたことはないがね」
よし、まずは下剋上ということの意味を今一度しっかり認識することができたな。そしてギルドという組織がいまどういう扱いになっているのかも、サラさんの言い方である程度理解できた。
「二つ目です。この国は下剋上をよしとしていますが、ギルド以外の手段で、過去に下剋上を成した人はいますか?」
「……あたしが知る限りでは過去に何人かいたねぇ。どれも伝説と呼べるほどの出来事だが、今でも寝物語として語られる事がおおいんじゃないかねぇ」
今の答えをきいて俺は確信する。
下剋上というなんとも曖昧な言葉で隠されていた手段は、実のところ手段ではなく、“下剋上”というこの国独自のルールないし、法律として存在しているのだろう。
つまりギルドは下剋上という権限を握っている組織ではなく、下剋上という法律に則って組織されたのだ。
頭がこんがらがってきそうな話だが、下剋上してもよいという法律の上にギルドがあり、そしてそれが法律であるから、ギルド以外の手段でも下剋上が出来ているのだ。
下剋上するには明確に示された方法がある。それが俺達が昨日さんざん話し合って出した結論だった。
「では……最後の質問です。下剋上をするために知っておかなければいけない方法、手段ややり方などの決められたものがあるなら教えてくださいませんか?」
「………何故それを知りたいと思ったのか、それを聞いてもいいかい?」
俺の最後の質問にお婆さんは先ほどの様子とは一変して、真剣な面持ちでまっすぐと俺の目を見つめる。
「それがルイさんを……いま彼に起きている問題を綺麗に破壊するために必要だからです」
幾ばくかの沈黙の後、俺の答えに満足がいったのか大きく頷きそうしてゆったりとした口調で語りだす。
「なるほど、なるほどねぇ……。確かにギルドは手段であってそれを成すための場所ではない。あくまで通り道さね。だけど他に比べたら実力をつけて挑みやすい道でもある。何故なら下剋上に必要なのは己のすべて。武力も知力も志も高いのにそのための地位がないため、燻ぶらざるを得ない者達のために存在する。だから全てを捨てられる者以外やらないし、やる覚悟もできない」
「それってつまり………自分を賭けての勝負ってこと、ですか?」
俺の言葉にサラさんの顔色はみるみるに変わり、いくつもの死線を乗り越えたのだろう傭兵時代の顔を覗かせ、暗い笑みを浮かべる。
それは無言の肯定であり、また今から俺たちがやる事を暗に示しているようで臓腑は一瞬にして冷え切り、息が詰まる感覚がしてサラさんから目が離せなくなってしまうのだった。
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