第6話異世界リグファスル




 先程まで快晴だった空が、今は音すらも凍らせるかのように降っている。それを紛らわせるように俺はまきを割る手に力を込める。これが案外面白く、無心で作業してしまう。


 こういうのは昔から嫌いじゃなく、また兄貴と違って手先も器用なので、よくお袋から頼まれていたな……なんて思い出し、心が少し締め付けられる。

 疲労と相まって息が苦しいような気がしたが、手でそれを押し込んでいると、その様子を家の中から見ていたのか、心配そうに女の子がやって来て、大丈夫? と声をかけてくれた。


 そのことをきっかけにその女の子、ハクちゃんは俺の後を付いてまわり、色んな事を話したのだった。

 普段人と話す機会がないせいか、無邪気なハクちゃんは、俺が変なこと——例えばこの世界の名前だったり——を聞いても、


 「そんなこと知らないなんて、変なお兄ちゃん」


 と笑いながら一言ですまし、色々教えてくれるのは有り難かった。

 そうしてはじめて知ったこの異世界の名前は、リグファスル。この異世界を創った始まりの神様、リンリア神とはまた別にある世界の名前だそうだ。

 うん? おかしくないかその話。色々ツッコミどころ満載だが、先ずはじめに言いたい。


 この世界の神様、もういるじゃねえか!!


 ねぇ、本当にすさまじく思うのだけれど、なぜ俺を脅してまで神にしたのよ、フルルージュさん。俺にそこまでの価値はないと思うけど?

 それに始まりの神って事は、複数存在するって事だよね? つまりそれって多神教だろ? もうわけがわからないよ。

 本当に、知れば知るほど訳がわからなくなるこの世界。俺の存在意義は何処にあるのかすら分からなくなりそうで、隕石の中にいるそれに思わず呼びかけてしまう。だけど答えは返ってこなかった。

 それもそうだ。だってこれはただの石で、喋る為の口なんて付いていやしないのだから。だからか、どうにも信じがたいのだ。この隕石に彼女の魂の欠片が込められているなんて。……案外、捨ててもわからなかったりして。

 などと悪魔めいたことが浮かんではきたが、どうしても、最後に聞いた彼女のあの言葉を思い出してしまう。



 《日向様、ゆめゆめお忘れなきように。これは私の望むものが手に入るまでは、決して貴方様から離れる事はありません。ですから万が一、億が一にでも捨てようなどと思ってはなりません。なぜなら、それは呪いでもあるのですから》


 そういって、彼女は能面のような顔を、口角だけ吊り上げて笑う様は、完全にホラーだった。


 ……怖い。ただ怖いばかりである。この一言に気をとられて、俺は隕石を不用意にもポッケにしまい、彼女にも蹴られ落ちる羽目となったのだ。

 うん、やっぱり捨てるのはやめておこう。呪いうんぬんはさすがの俺も信じていないが、それ以上の存在である彼女の笑みは、鬼気迫るものを感じた。


 そんな事をボーッと考えていたら、ハクちゃんは疲れたのか、いつの間にやら俺のそばを離れ、お昼寝をしていた。ちょうどそのころにハクちゃんの母親、コチョウさんが俺にもお昼ごはんを振舞ってくれたのである。

 一晩とめてもらえるだけでも有難い話なのに、その上ご飯もなんて………と断ったら、コチョウさんは困った子をしかるように俺に昼ごはんを差し出す。


「これはハクが、お兄ちゃんにもあげたいと残したものなんです。だから受け取らないというのはナシですよ」


 そういって俺に差し出した料理は、子供が食べきれる量ではなく、それにまだ暖かかった。気を遣ったつもりが逆に遣われてしまった。

 その優しさに報いたい。俺も出来る事を精一杯しなければ、情けないばかりではないか。

 そんなこんなでその日は、手元が見えなくなる、ぎりぎりまで家の修復作業をしたのだった。

 夜になり、俺は明日のことを考えてこの家を出てどちらに向かうべきかをコチョウさんに尋ねる。

 作業中にも思っていたことなのだが、この家の周りにも、道らしきものは見えず、また看板なども立ってはなかったのだ。

 すると意外にも、その答えをコチョウさんではなく、ハクちゃんが楽しそうに答えてくれる。


 「ハク、お兄ちゃんみたいな人はじめて見たよ! だって虚空の大地から人がやってくることなんて——


 そこまでいってハクちゃんは口を塞がれ、コチョウさんに咎められる。虚空の大地って、あの大穴のことだろうか?

 あそこから人がやってくるのは不味いらしく、それっきりコチョウさんもハクちゃんも喋らなくなってしまった。でもこれでひとつ納得した。なぜ、二人が俺に警戒心を向けてきたのかを。

最初は単なる人嫌いで、ここに住んでいるのかと思ったが、人当たりのよさは少々疑問であった。


 この親子は訳あってここに住んでいる。しかもその訳は虚空の大地、と呼ばれる大穴に関する事で。

 だがそれが分かったところで、問い詰める気には到底なれなかった。こんなにも良くしてくれた親子の、こうまで隠したい秘密を今この場で暴いたところで、お互いの気分が損するだけの行為になる。恩を仇で返したくない。

 ここは聞かなかったふりをして話を続ける。


 「お二人の優しさには俺、すごい感謝してます。俺の不注意でここまで迷い込んだ俺に、コチョウさんは温かい料理をくれた。なにも知らない俺にハクちゃんはいろんなことを教えてくれた。本当に感謝してます。ありがとうございました」


 感謝の気持ちが少しでも伝わればと、深くお辞儀をする。

 俺はただ“迷い込んだ”旅人なのだと、暗に察してくれたおかげでコチョウさんの緊張も解けたらしく、安堵の息が漏れていた。その後、奥の部屋から地図を持ってくるといい、その場を離れた。

 だがハクちゃんは先ほどの空気にいまだ飲まれているのか、黙ったままだった。その様子が少し可哀相に思え、俺のショルダーバックに入っていた最後の飴玉をひとつ彼女に渡した。最初は不安げに口に含んでいたが、それが甘い菓子だと気付き、すぐさま機嫌を取り直す。


 そうしているうちにコチョウさんが戻ってきたので、地図を確認するとおかしなことに気が付いた。それは今見ている地図にではない。自分自身のおかしさにだ。

 ともすれば、些細な違和感で済んだはずなのに、俺は気付いてしまった。

 良くあるファンタジーでも、そのことはいの一番に取り上げられる異世界の言語。それは神様が付与してくれていたり、あるいは徐々に覚えるなどをして習得するそれを、俺は今、何の苦労もなく読んでいるのだ。いやそれどころか、だ。もっと根本的におかしいことがある。

 


——おれはいつからこっちの世界の言葉、喋ってたんだ?——

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