第7話俺、レア種と判明
——世界を手っ取り早く変える方法って、何か知っているか?
それは世界ではなく、自分の思想を。そして他人ではなく、自分の気持ちを……これらを変えるほうがよほど効率的なんだ。だけどな、日向——
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それは大学受験を前にしていた兄がある日突然、世界の変え方なんて案外簡単だなんて普段の無口な様子とは打って変わって、聞いてもいないことを饒舌に話していた。だからそのときの俺は、受験がそうさせているのだろうと聞き流していたのだがそれが今、こうして実感とともに理解するなんて、誰にわかるものか?
実際、俺が何時からこっちの言葉を喋っていたのか? なんて出来事自体は、いくらでも説明ができる事だし考えてもきりがない。
では一体何に驚いているのか、そんなの簡単だろう。俺に纏わる事で、俺自身が知らない事実が存在する、その恐ろしさにだ。
俺が俺としてなりえる確固たるもの。それが俺の記憶と、それに伴う親しい人との記憶の共有にあるならば、異世界にいる俺の状況はいつ、俺が俺でなくなってもおかしくない事態にある。そうはいえないだろうか?
たとえば俺の中にある大切な思い出が、気付かない内に書き換えられたとしても、それに俺は気付かないし、周りだって教えてはくれない。そう考えると、知らないうちに異世界の言語を習得する、という状況というのは実に気味が悪い。俺が俺でないような気さえするのだ。
俺は内心、自分のおかれた状況に動揺していたが、心配させないよういたって普通に話を続ける。
「ッッ……ではここから南のほうへ下ってゆけば、普段行っている村があるんですね。その後このフェブル国という所に行けば大きな街があると。本当に、なにやら何までありがとうございます」
「いえ、私たちはしたいと思った事をやったに過ぎません。それにヒナタこそ私達のために、と色々な事をしてくれた。こちらこそありがとうございます」
「おにいちゃんに会えてハク楽しかったよ! ありがとう、ヒナタお兄ちゃん」
最後まで快い親子の言葉に、俺は少しでも気持ちを返せただろうか? なんて取り留めのないことを柄にもなく考えてしまう。この世界にきて初めて会ったのが、この人たちで良かった。
恐い事、知らない事だらけの異世界に、ほんのり優しさが灯り、もう少し頑張ってみようと思えてくる。そうだ、兄貴の言っていた通り結局のところ俺は、俺自身の事やこの世界の事を信じるしかないのだ。疑ってかかった所で、いいものは見えないし、真実だって紛れてしまう。そのことに気付いた俺は、明日に備え眠ることにする。
翌日、心からのお見送りを受けその家を後にする。ハクちゃんは少し寂しそうにしながらも、昨日の飴のお礼にと巾着袋のようなものを俺にくれた。何でもずっと前にハクちゃんが作ったものらしく、ちょこっといびつなのが可愛らしい。
新しくできた宝物に、大切な隕石をいれ無くさない様バックにしまう。
相変わらず空模様は降ったりやんだりを繰り返し、徐々に視界が悪くなっていく。それに焦りを覚え始めた頃、やっと村らしき影を発見し、白以外の景色に心底安心する。正直、独りというのはきついもので、ましてやあたり一面、白に囲まれるというのは段々と正気を失いそうになってくるのだなと独りごちる。
不審者に思われないかとドキマギしながら村に入るとやはり、というか案の定、不審な目つきをこちらに向けてくる村人達。どうやらここはエルフの村らしく、みな耳が長く尖っている。これぞ異世界って感じ。
はて、一体どう説明しようかなどと考えていると、一際険しい顔つきで俺をにらみつけている男が目に付いた。その形相たるや、直視するのも怖いほどだ。
例えるならば鬼、そう般若面だ。日本人には馴染み深いであろうそれは、本物の立派な角を生やし、赤い肌を肩までさらしている。そしてなにより、不良もビビッて逃げ出すほどのメンチをきっているその様相は、関わったら死……そう本能が告げ、おもわず後ずさってしまう。
幸い相手は見てくるだけで、何かをする雰囲気は見受けられない。早々にこの村をたったほうがいいと思い、近くを通る恰幅の良い初老男性に、フェブル国の行き先を尋ねる事に。
男性は最初こそ不審がってはいたが、話をすると意外にもフレンドリーに接してくれる。それに俺はついつい心を許してしまい、隕石をとりだしこれを交換する気はないか、と聞いてしまう。
それを見た男性は生唾を飲み、この村では難しいが先ほど聞いた大きな街ならそれも可能だろうと、視線をどこかにちらつかせながら答えてくれた。なんだか様子が変だったけど、それ以上に気になっていた存在の変化に気付き、手短に礼をつげ急いで村を出た。
本当だったら少し休憩してからと思ったのに、鬼面の男が隕石を見た瞬間、ものすごい勢いでこっちにむかってくるから、怖くて思わず逃げてしまった。フルルージュと同じくらい怖いんですけど、あの人。
村を出たすぐは、あの鬼面男が追ってきているような気がし、何度も振り返っては確認していた俺だが、思うように距離が稼げないのでやめた。歩いてばっかりで、することもなくなった俺は隕石を取り出し上に掲げると、さっきの男性の反応をぼんやりと思い出す。
さっきの胡乱な目線をしていた男性の反応がやはり気になる。この隕石ってもしかしてものすごい価値を秘めたシロモノなのか? 俺には艶のある石にしかみえないけど、見る人から見たらどえらい物なのかもしれない。そう考えていた時だった。
後ろから誰かが駆けてくる音が聞こえ、俺は何気なしに振り向こうとした。が、背中からものすごい衝撃を喰らい、思わず隕石を手放し、受身を取ってしまう。その隙に、衝撃の原因である少年が、隕石を手に取り走り去ってゆく。
一瞬の出来事に理解できなかった俺はすぐ反応できず、足がもつれさせてしまい、上手く立てずにいた。やばい、追いかけないと! と気持ちだけが焦る。
逃げられる! そう感じた時だった。
風が俺のすぐ真横を駆け抜けた、そう思った次の瞬間には少年は音の主である、黒い影に捕まっておりその影は俺に向かってきていた。
最初は遠くて見えなかったその影が、先ほどの鬼面男だと気付き、慌てて俺は身構える。やはり追いかけてきていたか、と息を呑み男を待つ。すると男は俺に向かって手を伸ばし、さっき奪われた隕石を渡す。
その行動に大きく肩を怒らせてしまうが、いましがたされた行動の意味にやっと理解が及び、先ほどの思考を深く反省する。外見だけで人柄を判断してしまうなんて、最低なことをしてしまった。
そう思い、心からのお礼を彼に伝える。
「大切な物を取り返してくれてありがとうございます。それと先ほどは逃げる様な態度をとってしまい、すいません」
そういって顔をあげるとその人は、少し驚いた後、顔に似合わない爽やかな笑いを浮かべ、
「気になって後を追ったんだが、良かった! なに、お節介かと思ったんだが、お前さんが声を掛けていた男は、あの辺りじゃ有名な悪徳商売人だったから、つい気になっちまった」
そういわれて、改めて申し訳なさを感じた。彼は最初から俺を心配してのあの態度だったのに、俺はなんということを考えてしまったんだろうか。
「ところでお前さんの名前は? 見たところここら辺の人じゃなさそうだし、それに旅慣れてる風でもない。ほっとくにしては……お前さんは危なっかしすぎる。よかったらわけを聞かせてくれないか?」
ずばりそのままを言われ、しょんぼりとしてしまう。おれ、そんなにあぶなっかしい感じする? と思いつつ、
「あ、おれ金烏日向っていいます。よかったらヒナタって呼んでください。あと、良かったら貴方のお名前も聞きたいです」
「ヒナタ、ね。オレの名前はアルグ。訳あってここいらを旅してるんだが、お前もそうだったりするのか? ヒナタ」
「そうですね、俺も最近になって旅を始めたんです。ですが俺も訳ありで……あんまりこの世界の事知らないっていうか、ほとんど無知なんですよね」
そういって乾いた笑いをすると、アルグは何を思ったのかびっくりするような提案をしてきた。
「そうだったのか。まぁ、確かにここいらじゃ見ることがないニンゲンだし、色々苦労もあったんだろう。………ヒナタさえ良ければだが、オレと一緒に旅するってのはどうだ? 一人じゃ何かと不安だろう?」
人間、という単語にも引っ掛かりを覚えたが、それ以上にまさか一緒に旅をするのはどうかと言われるなんて、思ってもみなかった。なぜそこまでしてくれるのか、なんてついたずねてしまう。
「なんでって……なんとなく、としか。オレがそうしたいと思ったから言ってみたんだが……嫌だったか?」
むしろ聞かれてしまった。この人……顔のせいで分かりにくいけど、ものすごいいい人なのかも。俺みたいなのを放って置けない性分なのか、その言葉に嘘は見られない。俺としてもこの話はありがたいので素直に受けることに決めた。
「ありがとう、アルグ。正直きみがいてくれると心強いよ。これからよろしくな」
「おう、こっちこそ話し相手が出来て嬉しいぜ、ヒナタ。分からんことあったらなんでも聞いてくれ」
こうして思わぬ形で旅を一緒にする仲間? を得た俺は、アルグの道案内で、その日にフェブル国の国境内に入ることができ、日も落ち始めたので初めての野宿をすることとなった。野宿の経験も知識もなかった俺だが、アルグのおかげで迷いなく支度はすみ、アルグは夕飯を狩りに、俺は火の見張りという名ばかりのお留守番をするということになった。
しばらくして、地球では見たこともない生き物をぶら下げたアルグが戻ってきた。はて、アルグは一体どうやってアレを狩ったのだろうか?
さっきも疑問には思っていたが、彼は狩りをするのに必要な獲物を携えてはおらず、また手元も服によって隠されているので、確認が出来ない。まぁ、なんでもいいかと思い、様子を見ていた。するとアルグはバックからナイフを取り出し、捌いていくその様に、思わずうっとする。
日本では気付かずにいた、生きるために必要な行為。今それが目の前にひろげられ、思わず目を背けてしまう。だが、それはこの生き物にも、そして獲ってきたアルグにも失礼なような気がし、いつか自分もそれが出来るように目を張って見つめていた。
その目線に気付いたのか、アルグが腹減ったのか? と笑いかけてきたので、青い顔で俺はそうかも、と答えつつ口を押さえてしまう。それが彼にはよほど腹ペコに見えたのか、手際よく肉を割き、調理をしていくのだった。そうして出来た料理は、今まで食べてきた中で一番美味しく感じた。アルグの腕もいいのかもしれないが、何より命を頂いているという思いがそれを強くさせる。
その後、食器を雪で洗い流し一通り片を済ませた俺は、気になっていたことを聞いてみた。
「なぁ、こういうのって聞いていいもんなのか分かんないから、気を悪くしたら申し訳ないけど、その、アルグの角と肌ってさっきいた村の人たちと大分違うよな? それってなんで?」
気まずそうに聞く俺とは対照的にあっけらかんというアルグ。
「あぁ、ヒナタはニンゲンだもんな、そりゃ知らなくてもアレか……。なぁ、お前どこまで教えてもらえたんだ? 西側じゃあ、お前みたいなのはレアケースだろう? そんなに教えてもらえなかったはずだ」
俺みたいなのはレアケース? あれ、アルグに俺の境遇について何か言ったっけ? それになんだろう、さっきから妙に引っ掛かりを覚える単語、人間とか西側とか……どういう意味だ? まずもうそこから訳が分からないのだが……
「なぁ、おかしな事聞くけど、俺ってそんなに珍しいのか?」
「そりゃ……まぁそうだろう。なにせ西側の二つの大陸はエルフたちの支配が今だ根強いんだ。そんな処に人間なんてめったに住める訳がないだろう?」
マジか。この世界はとことん俺に厳しく出来ているらしい。なんてクソゲーだ、これ?
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