159話最悪な出会いと衝突
ルイさんは自身の本当の姿を守るために偽りの自分を作り、そしてそれを演じていた。誰かを信じて本当の自分を見せるということを諦めていた。そう、彼は本当の自分を拒絶されることを恐れていた。
かたやヴェルデは誰に対しても優しく、柔らかい物腰と誠実さで気遣いだって出来ていた……そうある一つを除いて。
その一つを除いたら彼は万人を受け入れ、万人に対して優しい好人物に見える。……だけどこれはルイさんと同じく拒絶なのかもしれない。
この拒絶を最初は彼がエルフだからだと思っていた。
だけど彼は自身でモンスターが怖いのだと言った。だから獣人が怖いのだと……。
ここからは俺の妄想だ。だけど何かのキッカケにでもなれば、妄想でも構わない。
ヴェルデは人を信じていない。
そして自分のことも信じていない。
彼が守りたいのは自分のことじゃない。彼は守れなかった“なにか”が怖くて、だからその“なにか”を守るために恐怖に蓋をしたのだろう。
他人が怖いのは、自分すらも受け入れられない恐怖を受け入れられることが怖いのだ。
他の人にその“なにか”を受け止められてしまったら、自分もそれを受け止め、認めなければいけなくなる。その苦しさが他人を、自分を恐怖させる。だから万人に優しくして誰も心に入れないようにしたのだ。
………この妄想を事実とするならば、ヴェルデを助けることは俺にはできないだろう。だけど、もしかしたらルイさんならば、あるいは……。
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俺が考え事をしているうちに、いつの間にやら無事手紙に必要な道具を買い揃えたようで、ぼちぼち観光気分もおさまったから帰って手紙でもという話になっていた。
さて、どう切り出したものか。
「みんなもそろそろ疲れてきたみたいだし、宿に戻ろうと思うのだけど、ヒナタもそれで良いかしら?」
「いやー……えっと、さっきまではそれでよかったんだけど……ちょっと思い出したというか、なんというか……」
「なんか歯切れ悪いな、ヒナタ。なんかまだやり残しとかがあったのかよ?」
「やり残しといえばそうだな。………滅多にない機会だし、ルイさんの屋敷にエイナ達の紹介含めて挨拶にでも行きたいんだけど……みんなどうかな?」
エイナに押される形でそう伝えると、キャルヴァンもウェダルフも思いのほか喜んで賛同してくれたおかげで、他の三人も少しの間だけならと屋敷に行くこととなった。
約十分間、歩いて着いた屋敷の大きさにエイナやハーセルフは勿論、なぜか一番驚いていたのはヴェルデで、その口元にはなぜか笑みが溢れていた。
「すみませーん!! どなたかいませんかー?」
「はーい……どちら様でしょうか……ってヒナタ様?! 今日はどのような用向きで? 」
「あ、えーっと用というか、ルイさんに最近お会いしてなかったので紹介がてらと思ってきたんですが……やっぱり突然の訪問は失礼でしたよね……?」
「いえいえ!! そんな! ヒナタ様に最近会えていないとルイ様も寂しそうでしたので、迷惑だなんてそんなことありませんわ!! さぁさぁ、中でお待ちになってくださいませ!」
少し緊張気味に敷地内にいた使用人へ話かけると、幸いアポなしだったにも関わらず、それは嬉しそうに俺たちを屋敷内へ招いてくれ、しかもいそいそとお菓子やお茶まで準備して客間で待つこととなった。
一時は敵対したにも関わらず、快く受け入れてくれた使用人達に少しばかり感動しつつも、ルイさんを待つこと数分。
「突然の訪問とは、そんな無礼が通るのは私の屋敷だけだぞヒナタ。全く……暫く顔を見せないと思ったらゾロゾロと……今日は何用かね?」
他の使用人がいるからか、はたまたエイナ達がいるからなのかは分からないが、外向きの言葉で嗜めるルイさんの姿に少し懐かしくなる。
「今日はお忙しい中時間を作ってくださりありがとうございます、ルイさん。その……あの後何か支障とか出てませんか?」
「支障と言えば支障だな。君が派手にやってくれたおかげで今まで優雅に過ごせていた時間が、今や全て仕事にあてがわれてるようになってしまったよ。それで? 今日はどのような厄介ごとを持ってきてくれたんだね?」
「厄介ごとって……そんなんじゃないですよ。今日は以前の国で知り合った友人、というか仲間がここに訪ねてくれたので紹介をと思いまして」
俺の言葉に彼女達は、街中では深く被っていたフードを下して、魔属の中でも見かけることのない耳を露わにお辞儀をする。その彼女達の容姿にルイさんは驚きはするものの、差別的なものではなく、どちらかというとなんでここに? という疑問符がついてそうな驚き方で少しホッとする。
「お、私はエイナ。普段はシェメイの街で灰色の兄弟と一緒に暮らしている。今日はヒナタ屋の仕事の一環としてヒナタに手紙を届けにきた……んです。よろしくお願いします」
「はいはーい!! ボクはハーセルフだよー! リーダーと同じくヒナタお兄ちゃんに会いにきましたー! よろしくね!!」
「そうか……君たちが噂に聞いた獣人の子供達か。………長らく大人がいない状態でよくやっていると、ギルド内でも感心していたのだ。今日は会えてよかったよ。……それで? そこにいるもう一人のエルフは? 先程から黙りこくっているが彼は違うのか?」
「あ……。すみません、彼は護衛としてつい最近知り合ったばかりで。ヴェルデ、よかったら君も……」
俺の紹介の仕方を間違えてしまったため、名乗り上げれずにいたヴェルデのことを置いてけぼりにしてしまったが、改めて紹介するために彼の背中を優しくポンっと押す。
「すみません。僕は……僕はヴェルデ。マウォルの国境にある村からここウィスに来ました。もしかして……あなた様はギルド関係者でしょうか?」
自己紹介だったはずが、突如差し込まれた質問に雲行きが怪しくなるが、ここはルイさん。大人の対応でかわしてくれると思いきや、不躾な質問に少し眉根を寄せて面倒そうな態度を隠しもしないことに嫌な予感が走る。
「藪から棒に質問とは……。ふむ、もし仮にそうだったとしてそれが君となんの関係があるというのだね?」
「関係は…………関係はあります。僕は元よりモンスター討伐を一斉にしなくなった理由を知るために………村の人々を助けるためにここまで来たんです!! お願いです!! このままじゃ村が、お母さんが死んでしまいます!!! どうしてモンスター討伐をしなくなってしまったんですか?!!」
「ちょ、ちょっと落ち着こう? な、ヴェル——
「そのことについて答える義理も義務もこちらにはない。それにそちらにはリンリア協会もいるだろう? なぜ魔属だけにその責を問うのだ?」
だぁぁ!! ルイさんも落ち着いてくれー!!
なんということだ! 想像だとルイさんにとっても、ヴェルデにとっても良い出会いになってあわよくばルイさんの吸血相手にも……なんて甘いこと考えてた俺が馬鹿でしたーーー!!!
馬鹿な俺に対して怒るのは良いけど、二人が喧嘩するなら別だ!! 速攻なんとかしてこの場をとりなして退散しなければ!!
「ッッ!!! ………やっぱりあなた達は……!!! いいです。わかりました。ごめんなさいヒナタさん。せっかくの場を壊すようなことしてしまって………ちょっと頭を冷やしたいので僕はお先に失礼しますね」
俺が何かを言う前に、そう言って席を立つヴェルデの背中はとても悲しげで、放って置けないと俺も席を立つが、キャルヴァンに止められ、その代わり彼女が彼に気づかれないよう後を追いかけてくれた。
「………あ、す……すみません。まさかこんなことになるだなんて……本当になんとお詫びしたら良いのか……」
「いや……ヒナタのせいだけではない。こちらももっと彼の心情に寄り添った受け答えをするべきだった。だが…………」
それきり言葉を閉じてしまったルイさんは、暫く考え込んだのち、なぜか周りにいた使用人達を部屋から出し、部屋には俺とウェダルフ、エイナとハーセルフ。そしてルイさんとデビットさんだけになる。
「部屋から使用人を出したのは他でもない……ヒナタには伝えないといけない事ができたのだ」
そう言って切り出したルイさんの話は、俺だけではなく、灰色の兄弟やシュンコウ大陸に住む生き物全部に関わる、大きな話となっていくのであった。
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