第37話同盟結成





 あっという間に消えていった、アカネの後ろ姿を俺はいつまでも見つめていた。なくした本人以上に慌てた様子のアカネは、まるであれがなんであるか分かっているみたいで、気になってしまう。それがエイナにも伝わったのだろう、いつまでも動かない俺を不審に思い乱暴に声をかける。


 「おい、さっきから何見てんだ? 監察との対峙で頭までやられちまったのか?」


 「声をかけるにしても、もうちょっとましな台詞でてこない? まぁ、エイナが急に大人しくなったらそれはそれで不気味だけれど……」


 「んだと?! おまえ人が気にしてること……ッ! まぁいいさ、あんたには世話になったんだ。憎まれ口でもお礼でも、何でも聞いてやるさ」


 あ、気にしてたんだ。それはすまなかったけど、口調は今からでも直せるから諦めないでッ! って、それはそうと俺もエイナには話があったのだ。この際、恩着せがましくあの話もしてしまおう。

 そう思い至った俺は、辺りを見回してレイングさんを探すと意外にも近くにおり、ティーナさんとウェールさんとで談話していた。


 「あ、レイングさんにティーナさん、そしてウェールさん。ちょっとお話いいですか? 今日話したことをこの子、エイナにも話してみようかと思うんです」


 こんなことがあった後なのだ、この三人の意思が鈍っていないことを確認したうえで、あの話さなければ水泡に帰してしまう。


 「えぇ、そう思い待っておりましたのよ。貴方がエイナさんね、私はソニムラガルオ連盟の副リーダー、ティーナです。改めてよろしくお願いしますわ」


 「おいおい、先ずは盟主の俺からだろう、ティーナ。まぁいいさ、お初お目にかかります、今回の件ではご迷惑おかけして申し訳ない。私は盟主のレイングといいます。リーダー同士仲良くしてくださると嬉しい」


 「最後に私は、ウェール。役職も肩書きも何も無い宝石商だが、私とも仲良くしてくださると嬉しいな」


 いらぬ心配だったようでここに来てから、エイナのリーダーぶりをずっと見ていたのだろう。エイナの資質をこの人たちは見事見抜いていたのだ。ごく自然に対等な存在として接する、ソニムラガルオ連盟の心意気に、俺はなんでか涙が出そうになる。

 その真心はエイナにも伝わったようで、副リーダーであるイールをそばに呼んで同じく挨拶を交わす。いつもより少しだけ大人しい口調のエイナに、くすぐったい気持ちになる。これなら大丈夫だよ、エイナ。君は必ず素敵な女性になれる。もうすでにその芽は出ているのだ。


 「それでヒナタ、このひ、方達はわ、私に何のようなんだよ?」


 「まぁまぁ、そう急ぐなって。ちゃんと話し合う前に確認したいこともあることだし、な?」


 にやりと笑う俺に、引きつった顔で後ずさりするエイナ。期待されることではあっても引かれることじゃないんだけれど!


 「ヒナタ、怖がらせてどうするんだ。全く君もいい根性してるな。エイナ、そう怯えなくてもいい。これは双方に利がある話なんだ」


 助け舟をだしたレイングさんを訝しげにみるエイナ達。だから順を追って話そうと思ったのに、レイングさんは意外にせっかちな性格だ。


 「そう、実に素晴らしい画期的なアイデアだ。これが俺の街を変えるためのエイナ達にしてやれたこと。だけどここで俺に約束してくれ。裏切ったり、逃げたりは決してしないって。じゃなければこの先の話はなしだ」


 「馬鹿にすんなッ! 俺たちは誇り高き灰色の兄弟だ。受けた恩をあだで返すなんて、名が廃ること二度とするかよッ!!」


 その力強い眼差しは紛れもない意思が宿っており、隣にいたレイングさんを見やりお互い頷いた。


 「素晴しい、エイナ。君は正しく誇り高き、灰色の兄弟のリーダー。そんな貴方と同盟を組めること、私は今日ほど誇りに思ったことはない」


 そう、俺たちがこの街を変えるための最初の一手。それはエイナたちの能力を生かした商売を新たに始めることだった。彼らのもつ身体能力の高さは勿論だが、それに付け加え、変身やモンスターを手なずける能力は、何にも変えがたい個性なのだ。それを生かす手にはいかないだろう。


 「俺達と、あなたの連盟が同盟……? それってどういう?」


 「もちろん、すぐ君達灰色の兄弟を同盟相手として公表することは出来ない。だけれどこのままその個性を死なせるわけにもいかないだろう? だから最初は俺たちの元で経験と知識を学んでもらい、ゆくゆくは君達が各々の個性を生かした事業を展開してもらうつもりだ。その最初の取引相手は勿論、我等ソニムラガルオ連盟だ」


 素敵なアイデアだろう、そういってウィンクするレイングさんは男の俺でも惚れるくらいカッコイイ。見た目が、とかではない内面のカッコよさが滲み出ている。ほら、あのティーナさんだってだらしなく口を開けて見惚れてんだぜ。


 「ヒナタァ、お前ただのアフロじゃなかったんだな……。有限実行の特異なアフロだったんだな……」


 半分回ってない頭でそういうエイナに、特異なアフロってなんだよとツッコミを入れたくなったが、今日は許すことにした。なんたってめでたい日なんだから、怒ってちゃもったいないしな!


 喜ばしい話はこの地下中一斉に伝わり、宴のためソニムラガルオ連盟フルメンバーを召集したレイングさんたちは祝いの品々を持って、エイナたちの住処へと集まってくる。腕によりをかけて作った品々は獣人の子達には全て珍しく映ったようで、みんな大喜びで夜は更けていく。


 誰もが忘れていた、ただ一人を除いて




**********************




 ——日もすっかり落ち、辺りは闇夜に包まれる中で無表情の幼い少女が屋根伝いにどこかへ向かっていた。可愛らしい狐のような耳と尻尾を持つ彼女は、決して獣人ではなく、また灰色の兄弟の一員でもなかった。

 彼女は全てを知っているわけではない、だけれどどの種属よりも知っていたので、ヒナタが持つその石がただの黒い塊ではないことに気がついていた。その行為の意味も。


 逸る気持ちを抑えながら、小賢しいリンリア協会の監察を探す彼女に、風が囁きその行き先を教えてくれる。どこに隠れても無駄なのに……。そう思いつつ、じりじりと距離を詰めればあとはいつも通り相手がばてるのを待つだけ。体力で敵うはずが無いのに諦めず逃げ回る鼠に、ヒナタの暢気さに苛立っていた彼女は、その苛立ちをその男で晴らすことにした。

 そうなれば、こんな呑気に追いかけっこしてはいられない。先程よりもさらにスピードを上げ、煌々と輝く月に被さるように跳躍をする。

 そしてそのままの勢いで相手の懐に飛び込み、何の声も上げさせないまま気絶させたのだった。息一つ上げずに相手の持っていたショルダーバックを持ち上げ中を探る。


 「……やられた。もうこの中にはなくなってるわ」


 中に入っていたのは、幾ばくかのお金が入っている袋と、石が入っていたはずの巾着袋のみだった。この男……ジェダスは小賢しい上に、勘の鋭さも兼ね備えていたようで、現金には目もくれず、本当に大事なあの石を裏で横行している、素性も訳も分からない商売人に売りつけた後だったのだ。

 目的が達せられなかった苛立ちと、この男のどこまでいっても小賢しさに、少女はこのままこの場でやってしまおうかとも考えたが、どんな理由であれ、彼女達の種属は殺生は禁じられていた。

 気を落ち着かせるため、肩で数回大きく息をし、もう一つの目的であるジェダスの"とある記憶"を引き抜く。これに関して彼女は乗り気ではなかったが、彼女の父親が命じた以上、従うほかなかった。


 「フルルージュ様、貴方様は何をお考えなのですか……? あの青いウサギはもうすでに手を打ち始めてます。そうなったらあの悪夢は逃れることが出来ない運命となりましょう……」


 連綿と続く、悪夢のようなあの出来事に思いを馳せ、彼女は再び空を翔る。ジェダス以上に狡猾な、青いウサギが仕掛けた罠を無意味にさせるために——

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