144話洗礼


 ギルド会館から少し離れた場所のカフェにて、落ち合う約束をした俺とウェダルフはいつも通り人目のつくオープンテラスへ足を運ぶ。


 「今日はいよいよギルドだけど、ウェダルフ準備はバッチリか? ちゃんと“あれ”用意しているか?」


 フード付きマントを被ったまま、朝食であるコッコリーの肉サンドを食べるウェダルフは、俺の言葉に食べながら力強く頷く。


 『ウェダルフ、ヒナタ、今戻ったわ。ふふふ……そんなに頬張ってお腹が空いていたのね』


 『ファンテーヌさんが中を確認したのだけれど、やっぱり受付の人達には見えてるみたい。ただ話を聞く限り洗礼に関して関与しない姿勢みたいだったわ』


 先に偵察へ行っていた2人が戻りそう告げるが、俺たちはあえて返答はせず、ウェダルフと軽く会話を挟みつつ、2人は2人で話を進める。


 「それはそうとそれも美味そうだな」


 『ギルド会館は昨日言った通り、一階は受付で、ここはクエストの依頼も受けているから一般人が多いみたい。このフロアには受付含めて6人。その奥にギルドメンバーしか入れない部屋があって、仮にクエスト部屋とすれば、その部屋には受付含めて12人。この部屋には裏口もあってギルドメンバーはそちらを使うことが多いみたい。吹き抜けの階段が受付の左手側に一つ。そこ人も人はおらず、その奥に進んだ部屋3つにもいなかったわ』


 俺の話に被せ、確認した内容を伝えるファンテーヌさんを横目にウェダルフも話を続ける。


 「美味しいよー! ヒナタにぃのも美味しそう! 一口ちょーだい!」


  『私は外で話を聞いていたのだけれど、どうやら今日私たちがギルドに来るのを知られているみたい。大体のギルド関係者はそれについては無関心、あるいは様子見といった感じだそうだけど、やはり武闘派の人たちが何人か中で待っているみたいだわ。それで入りにくいってぼやいていたもの』


 「えー……じゃあウェダルフのも一口くれたら考えるよ」


 『それと入口のすぐ右手には酒場へ通じる地下への階段があるのだけど、今準備中のためか見たところ、人はいないようだったわ。報告は以上。私たちが確認できた人数は会館内は18人。門内は4人。それ以外は見えなかったわ』


 「うーじゃあ一口ずつね! はいヒナタにぃ、アーン」


 「あ、アーン」


 2人の話に気がそぞろになった為か、普段はしないカップルのようなことをされ、虚しくも初めてのアーンをウェダルフから受けると、僕もちょーだいという顔を向けてきた。


 「しょーがないな、ほら」


 「はむっ! ………んんっ! 美味しいねーこれも」


 「それは何よりで。それ食ったらそろそろ向かう準備しないとな。その前にちょっとトイレ行くわ」


 一通りの報告を受けた俺達は、状況が変わらぬうちにと急ぎ朝食を済ませ、準備を済ませるためトイレに立ち寄り、そこでキャルヴァンと入れ替わり、先に2人がギルド会館へと向かわせ、俺は少し後ろで見送りつつも戦況を伝える。


 「やっぱり後ろに1人ついていってるな。おそらくこのまま背中越しで強襲するつもりでしょう。………その前に頼みます」


 俺が独り言のようにファンテーヌさんに告げると、その言葉にファンテーヌさんも頷き、前を歩く2人を追いかけていく。

 ………ここから勝負は始まっているのだ。


 打ち合わせ通り配置に入り口で待っていた2人を横目に、俺は知らないふりで通りぬけ、クエスト部屋に直結してる裏口へ回り込み何食わない顔で2人がよく見える部屋の隅へ寄りその時を待った。


 そうしてクエスト部屋の正面入り口が開かれた瞬間のことだった。


 ドッダーンッッ‼︎‼︎


 「「ウォォォォオオオ!!!!!」」


扉を開くと同時に聞こえた、人が倒れ込む音が扉の奥で響く音は宿からずっと尾けていた男が、ウェダルフの霧によって倒されたのだろう。それと同時に、それに怯むことなく切り掛かる大男2人が切ったはずの俺……ではなく、俺のフリをしたキャルヴァンが音もなく消えたことに驚く。


 「死ねぇぇ……!!!??? 何ッ??‼︎」


その隙を見逃さないキャルヴァンは両手の実体化は残したままに、仕込んでいたウーズの卵爆弾を握りつぶした状態で、大男にシビレ草入りの激辛粉末をばら撒く。


 「あぎゃぁぁぁ!!!! め、目がぁぁぁ!!!!」


 「なんだぁぁ?!!! なんで切れないぃぃぃ!!!」


 異常事態に動き出した姿の見えない2人組が、すぐさまキャルヴァンとウェダルフを仕留めるべく剣を握ったところを俺は待ってましたとばかりに、その2人に向かって同じくシビレ草入りのコッコトリーを投げつけ、動きを封じる。


 「ウギャァァァ?!!! ガライ゛ィ゛ィ゛ィ゛!!!」


 「まだいたのかァァァ!!!」


 「……!!!! ヒナタにぃ危ないッッ!!!」


 最後の最後、油断した俺の背中に潜んでいた男が、今にも切りかからんと構えていたが、それに気づいたウェダルフは先ほど背後で狙っていた男をやったように、ネムリ草を含んだ水を瞬く間に霧に変え、人の姿をした霧は俺へ目掛け吹き抜けていった。


 「ッ………な、ないすぅウェダルフ。めちゃくちゃ命拾いしたぁ………」


 合計で6人、残るギルド関係者は受付と傍観者と化した魔属が6人のみで、一様に驚いた顔を俺たちに向けていた。


 「…………お見事です。まさかBCランクの者達を全員非武力でのしてしまわれるとは。異例を勝ち取るだけの実力はあるようですね」


 受付の1人がそう声を掛けると、圧倒されていた他の人達も皆思いだしたかの様に盛大な拍手を俺たちに送り、少し居た堪れなさを感じてしまう。


 「何度か原始種属が様子を窺いに来ていたのはこういった理由だったのですね」


 「その節は黙ってくださり感謝いたします。お部屋を汚してしまってごめんなさいね。すぐ片付けしますから……」


 申し訳なさそうにキャルヴァンが受付の短髪のクールビューティな女性に告げるが、怒ることも呆れることもせず目線を下に向ける。


 「大丈夫です。そこで伸びてる大馬鹿どもにさせますので。第一ギルド会館で、しかも同じギルドメンバーに刃を向けること自体がありえないことです。洗礼は本来、刃物や命をやり取りしない範囲内で収めるべきで、数人がかりでやったばかりか、全員のされてしまうなんて。………後できつくお仕置きをしておかねばなりませんね」


 女性が顔色一つ変えずにそう言うと、先ほどまでいきがっていた男達が全員顔を真っ青にし、短い悲鳴を上げ始めた。

 ………どんだけお仕置きが嫌なんだろうか。


 「なにはともあれ、お三方の実力も洗礼でもってメンバーにも認められました。……おめでとうございます。早速ではありますが、軽くギルドについて説明させて頂きます」


 「あ、はい! よろしくお願いします」


 「では皆さんこちらに……。お前達もいつまでサボっているつもり? 早く片付けなければその時間分だけ痛みは増えるわよ?」


 「ヒィィィ!!! 今すぐ片付けさせて頂きますぅぅぅ‼︎」


 お、恐ろしい……。大の大人がこうも縮み上がるなんて、この女性はどんだけ怖いんだ。今後なにがあってもこの女性だけは怒らせないようにしなければ。くわばら、くわばら……


 「……ふむ、いきなり説明も無粋ですのでまずは自己紹介といきましょうか。私はクエスト発注担当兼夜は地下でバーテンダーをしております、チスイです。隣の男は同じくクエスト発注担当のドウジ。気弱そうに見えますが、彼も夜では酔っ払い相手に接客対応しているので、腕っぷしは確かです」


 「えぇっと、チスイさんとドウジさんですね。どうぞよろしくお願いします。俺はヒナタです。実力は……まぁ先ほど見ていただいた通りです。隣の少年はウェダルフ。彼は原始精霊から力を借りることができます。それで上で浮いているのが、俺に憑いているキャルヴァンです」


 俺が説明し終えると、2人は顔を見合わせ、少し驚いた表情を浮かべていた。先ほどまで一切眉一つ動かすことがなかったチスイさんでさえ、その顔には動揺が見てとれる。


 「………え、っと。何かおかしなことでもありましたか?」


 「いえ……監察でもないのに、原始種属から加護、いえそれ以上に能力を借りるだなんて……教会内でもごく一部の限られた“召精霊術士”だとは思いませんでした。しかもヒナタさんはなお珍しい、“憑霊術士”だとは。世界とは広いようで狭いものですね」


 召精霊術士?? 憑霊術士?? ……なんだなんだ、その大仰な肩書きは?!

 俺達は初めて聞く言葉に3人とも顔全体にはてなを浮かべたまま、それぞれの顔を見合って無言の会話を交わすと、その様子に呆れた様子のチスイさんは大きなため息一つをつく。



 「………まさかお三方とも、今まで知らないままここまで? はぁ〜〜世間知らずというか、物知らずというか………まぁ、いいでしょう。この話はひとまず終わりです。気になればまた別の機会でも聞いてください」


 そんなこんなでチスイさんのギルド講座は、およそ1時間かけて受付方法から報酬の授受に至るまで、細かな説明が分かりやすく行われるのだった。

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