126話不完全な善と欲
ほとほと疲れ果てたと言った感じで自身の家に帰り着いたルイという男性は、他の使用人の前では先ほど迄の混乱は微塵も感じさせない立ち振る舞いを見せ正しく紳士然としていた。
「では私は今からこちらのお客人と込み入った話をするので皆も私達には気にせず自身の仕事に取り組んでくれたまえ」
主人の言う事を正しく理解したその場にいた使用人達は一人を除いて、静かに一礼をし客間を去っていく。
そうしてこの部屋には俺とルイさんと先程と同じくルイさんに付き従っている歳を感じさせない艶やかな黒髪の男性のみとなった。
「…………フゥ。デビットお茶の用意をして頂戴。今日はなんだかとっても疲れたからお菓子はとびっきり甘いあの焼き菓子をお願いネ」
「はい、仰せのままに……」
俺やデビットと呼ばれた男性の前では取り繕う必要がないということなのだろう、先程の紳士はすっかり彼の中から消え失せ優雅にお茶を嗜む姿はまるで淑女のようだった。
「それで? さっきのアレはなんなのか……ちゃんと説明して貰ってもイイカシラ?」
「う、えっ……とはい、一から説明していきます。だけどその前にここで一回、改めてお互いのことを軽く話しませんか?」
自分は勿論のことだが、それ以上にルイさんのことを何一つ分からないままでは、俺だけの話で終わってしまい結局ルイさんが何に悩んで何を望んでいるのか分からずじまいになってしまう。
そんな気がして俺は少しでもルイさんのことを知る手掛かりとして提案してみたのだが、案の定ルイさんは自分のことを語るのが嫌なのか、少し顔を濁らせる。
「そんなのして何になるっていうのヨ。ただでさえアンタには醜態晒しているっていうのに、これ以上何が知りたいって?」
「そうですね……例えば俺の趣味は一日一善で、あと好きな食べ物は……ここの世界だとマウォルの国あたりの家庭料理が懐かしかったことと……あと兄と妹がいるとか、そんなたわいもない話でも意外とそこから会話って広がったりしませんか?」
例えとはいえ結局のところ俺自身の紹介に収まってしまい、内心しまったと後悔してルイを見やると、予想とは違う反応のルイさんは、何かに驚いた様子で、目を見開き僅かながら口を戦慄かせていた。
「ア、アンタ……さっき自分は神様候補だって言ってたわヨネ? ま、まあ信じたワケじゃないけど、もし……仮に神様候補だとして、アンタもしかしてマウォルの国出身なの? いえ……イセカイから来たって言ってたから別の国? そもそも街や国の名前にイセカイなんていう所、リグファスルにあったかしら……?」
こんな風に時折起こる翻訳エラー、もしくは存在しない概念はこの世界の人達にない感覚らしく、前の世界の感覚で話していると話は通じにくいことがある。それが今回は”異世界“という言葉だったらしく、初めて聞いたルイさんはひどく混乱した様子で何事かを呟いており、俺はなんと言っていいのか今ひとつ纏まらないまま話し出す。
「あー……うー、何ていうのか……異世界っていうのは町や国の名前じゃなくて……だからといって西大陸でも東大陸でもない全く別の世界のことでして……。わかりやすくいうなら夜空に輝く星の一つから来たん感じです、はい」
「………つまりどういう事なのよ? アンタの説明じゃさっぱり分かんないだけど!」
あー、うん。まあそうですよねー……。
宇宙人なんて感覚もないだろう、この世界の人達に別の星から来ましたと言った所で、通じるとは到底思わなかったけどさ……。
だけどそうするともはや説明のしようが無いな。
宇宙人も異世界人もダメのこの世界で一体何なら近い感覚で説明できるっていうんだ?
「ちなみにルイさんは何故俺の出自が気になってるんでしょうか?」
「そ、れは……アンタがもし仮にケイの国で生まれ、アンタがエルフでも魔属でもない春の種属なら………この大陸のパワーバランスに大きな変化をもたらすって、神様候補になった時思わなかったノ?」
あーなるほど。
言われてみれば俺が春の種属なら、今まで危ういながらも保っていただろう均衡が、ここに来て一気に崩れる事になるのは火を見るより明らかだ。
それが彼の懸念点であるならば、ルイさんにする説明も至って簡単になる。
「そうですね……俺が仮に24、いや今は23種属のどれかに属していたらルイさんのおっしゃる通り、戦争どころじゃなかったのは今なら想像が付きます。だけど俺はその中のどれでもない種属……全く違うシュゾクなんです」
「全く違うシュゾク? そんなのありえない…………と言いたいところだケド、私が本当に幼いころ……御婆様から”異邦人“と呼ばれた24種属のどれでもない人達の御伽噺を聞いたことがあるような?」
「異邦人……ですか? 確かにそれなら俺が言わんとする表現に近いですけど………その話ってどんな内容だったんでしょうか?」
ルイさんのおばあさん……ね。
もしこのおばあさんが俺の思い当たる人物であるなら、単純にお母さんのお母さんとかではない、もっと違う含みを持たせた気がして話を促すが、ルイさん自身あまり覚えていないのだろう、頭を横に降って小さなため息を一つこぼすだけだった。
「まあそんなことはこの際どうだっていいノヨ。つまりアンタは異邦人であり、そしてこの世界の神様候補だというのもまぁ、飲み込むとしまショウ? それでその素晴らしき神様候補様がこの私の何を救えるって己惚れて話をしにきたっていうノ?」
あぁやっぱりこうなってしまった。
だから最初の自己紹介は俺ではなくルイさんが先であるべきだったのに……こうなったからには仕方がない。ここで意地を通してもお互いがぶつかり合うだけで無益だ。
「そうですね、ルイさんの仰る通り俺が素晴らしい人格と、カリスマ性を持ち合わせていたのならそうしたかもしれません。でも残念なことに神様候補とは名ばかりで、俺自身何かすごい能力や才能があるわけじゃないんです。なのであなたを救えるとか、救う為とかの大義も当然持っていません」
「………じゃあアンタはギルド入会っていう、私欲のために私に会いに来たってこと? なによ、それ。そんな理由なら猶更アンタなんかにこの私のことなんて理解できるわけないじゃない」
怒るでもなく、淡々と告げるルイさんは半ばうんざりといった顔で俺を見つめていたが、その瞳の奥にはなんだか以前も見たことがある色が灯っている気がして目が離せない。
………あぁ、そうか。この光は…………。
「……俺の趣味、一日一善っていうものなんですけど、これって所謂一日一回くらいは善いことしようぜっていう、小さな目標みたいなもんなんです。でもこの”善いこと“って何でしょうか? 例えばそれが人のためになることだとして、果たしてそれはその人にとって本当に”善いこと“なんですかね?」
「…………そんなの受けた本人次第でしょうに。アンタが善いことをやってるつもりでも、その人にとったら苦痛でしかないことだってあるワ」
「そうなんですよ。本当にルイさんの言う通りで、良かれとやったとしても、必ずしもその結果が善い方向に向かうとは限らなかったんです。………だから俺の趣味は全部私欲です。不完全な俺は私欲で人に善いことがしたいんですよ」
これはアルグとセズがいなくなってからずっと考えていたことだった。俺は全知全能の神様なんかじゃないから俺自身がやっていることが本当に善いことだなんて言えなくて、だけどもその人の為に何かしたいと思い続ける自分もいて……。
そして今、目の前でもがき苦しんでいるのに助けを諦めた人がいてやっと気づいた。俺は……俺自身は不完全だから、私欲でもいいからこの人のために何か”善いこと“をしたい。俺という人間はいつだってそうだったんだ。
「そうネ……アンタは何言っても聞かなそうだからソッチはソッチで好きにしたらいいと思うワ。ただ願わくは………その“善き事”が、私にとっても善き事であればいいけれど、ネ」
皮肉った言い方で素っ気なく返すルイさんだったが、そんな彼の顔には諦めと過去何度かあったのだろう、辛い出来事を回想しているかのような遠い目をしていた。
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