第39話俺だけが覚えている




 宿に着いた俺はセズに昨日の礼を告げるべく姿を探すが、

セズはおらず、その理由をアルグに問いかける。理由は至極簡単で、彼女も仕事を探しに中心地へ向かったと聞き、俺一人遅れをとっている気がして焦ってしまう。そんなこんなで遅れを取り戻すべくエイナたちの縄張りである、街の外れに着いた時には息は絶え絶えで、いつものとおり見張りをしていたシーラにドン引きされた。小馬鹿にされるよりもつらい反応だったが、涙をグッと堪え大人の対応をする俺。偉いぞ!


 「行き成り来てすまないが、アカネを呼んでくれないか? ちょっと話したい事があるんだ」


 至って普通の発言だったのにもかかわらず、シーラは顔を大きく歪ませ、はぁぁ?! と半ギレされた。


 「お前走ってきて頭までオカシクなったのか?! 俺たち灰色の兄弟にアカネなんて奴はいない! おとといきやがれってんだッ」


 「はぁ??? そっちこそなに誤魔化そうとしてるんだ? 幾ら俺が嫌いだからって、そんなあからさまな嘘通じるわけないだろ……」


 呆れながらそういうと、ますます怒りをあらわにする。地団駄を踏みながら、昨日エイナが行っていた事をシーラはなぞる様に言う。


 「俺達は誇り高き灰色の兄弟だっ!! いくらお前が嫌いだからって、エイナ様が認めた事に俺達は逆らったりしないッ!! ……二度とな!」


 あ……さりげなく二度とって付け加えたな、こいつ。一回は逆らった覚えがある、シーラの言葉は信用するには難しく、それなら信用が置けるエイナ本人か、副リーダーのイールどちらかを呼んでもらう事にした。

 俺のその言葉にブチキレながらも、大人しくエイナを呼ぶシーラ。キレながらも俺の話をちゃんと聞いてくれるシーラは、所謂ツンデレというやつだろうか? そう思うとこのブチキレも可愛く……思えないな、やっぱり。


 「おー、ヒナタ。昨日の今日でどうしたんだ? ソニムラガルオの連中なら今朝方やっと帰っていったが、その確認に来たのか?」


 数分も経たずに現れたエイナに、俺は先程と同じ質問をする。するとやはり、というより考えたくもなかった答えが返ってきた。


 「アカネ……? そいつは本当に俺たち灰色の兄弟の仲間か? 紹介した覚えがないどころか、調理担当なんて今までいたことないぜ?」


 いや、いやいや待て待て待て……?!! シーラどころかアカネを紹介したエイナすら覚えていないのはどう考えても可笑しい! 一体何がどうなってるんだ??

 混乱を極める俺に、追い討ちをかけるようにエイナはさらに続けた。


 「俺たち灰色の兄弟が東の大陸から渡って来た種属なのはヒナタも知ってるだろ? 俺も生まれて間もない頃だったから、記憶も何もないが……みんな生まれてからずっと一緒だったんだ。ここに部外者が混じる事なんてありえない」


 それはそうなんだが、それなら俺の記憶にあるアカネは一体何者だったんだ……? エイナたちと同じ見た目で耳も尻尾もあったし、動いてもいたから獣人には間違いない。それでもエイナたちに記憶がないのは説明が付かないし、俺だけが覚えているのも違和感がある。

 謎がいくつも残ったままだったが、考えている暇はなくエイナたちには曖昧な笑顔で誤魔化して、なんとかその場を収めることにした。ちなみにその時に隕石の事も聞いたけれど、見ていないということなので、見つけ次第俺に伝えてほしいと頼み次の目的地へと急いだ。


 仕事を探す前に、もう一つ話し合わなければいけない。そう思った俺は閑静な住宅地が並ぶ地区へと赴き、ひときわ目立つ家の前で足を止め呼び鈴を鳴らした。パタパタと軽い足音と共に、お手伝いさんらしき女性が玄関口を大きく開け対応する。


 「はーい、どちら様でしょうか?」


 「あ、突然の訪問失礼いたしますが、本日ウェダルフ君のお父様はご在宅でしょうか?」


 どこぞの訪問販売の如き台詞だが、可笑しくないはず。ここにプラスで爽やかな笑顔と軽くお辞儀をすれば完璧、と大学の先輩が言ってた……!

 俺の完璧な対応にお手伝いのお姉さん(推定年齢40代)は笑顔で答えてくれた。


 「あらあら、まぁもしかしてウェダルフ様の言っていたヒナタ君? お話の通り面白いお兄さんね! 今日は旦那様にご用件ですわね、ちょっと待っててね?」


 ただ普通の事を言っただけで面白いとは如何に? まぁ、印象が最悪よりかは全然ましだな! 後は門前払いされないことを祈るのみだ……。

 だが、俺が思った以上に心象は最悪だったようで、お手伝いのお姉さんは申し訳なさそうに今日は忙しくて難しいので、また後日来てくれと言われた。もう来るなよりかは幾分かまし、だと思い踵を返そうとしたときだった。


 「ヒナタにぃ! もう体は大丈夫?!」


 勢いよく開かれた玄関口に、いつもの様に涙でぬれたウェダルフが俺の姿を見るなり、転がるように駆けてきた。


 「ウェダルフ! お前こそ俺と会って大丈夫なのか? お父さんに怒られないうちに早く戻らないと……」


 そう言う間もなく、ウェダルフが早口で俺に告げた。


 「ヒナタにぃ! アカネから石の事は聞いたよ! 僕のほうでも探してみるから心配しないでね!!」


 まさかここで、アカネの事を言われるとは思ってもみなかった俺は、答えられずにウェダルフの後ろ姿を見送った。俺しか覚えていないのかと思われたアカネの存在は、意外にもウェダルフの記憶には残っており、さらには隕石の事でなにやら話していたみたいだ。

 ということは、記憶に残っていないのは実は灰色の兄弟のみで、セズも覚えているのかもしれない。でもそのことを確かめるよりも、仕事を見つけるのが今日の最大の目的だ。今は手元にない隕石だが、俺の元に戻るという呪い付きなので実のところ、隕石がない事態はあまり心配はしていなかった。過去にも似たような事で手元から離れはしたが、全部戻ってきたし、今回も恐らくは大丈夫だろう。


 それよりかは旅に、生きていくに必要な資金稼ぎが最重要だ! 時間をロスしてしまった俺は、遅れを取り戻すべく使えるコネを最大限生かせる、ソニムラガルオ連盟の本部になっていたカフェへと急いだ。


 一昨日まであったカフェの前に着いて、俺は大事なことを忘れていた。そう、昨日起きた誘拐騒動のせいで、ソニムラガルオ連盟の本部は勿論の事、カフェも関係者以外立ち入りが禁止されていた。

 そのことをすっかり忘れていた俺は、大通りで頭を抱えていると、その姿をソニムラガルオ連盟のメンバーが気づき、声をかけられる。


 「あれ? 昨日レイングさんが紹介していたヒナタさんじゃないですか! こんな大通りで頭を抱えてどうしたんです?」


 「ええっと、貴方は確かこの辺りで郷土料理を営んでいる……ロトスさん、ですよね……? あぁ~!! ありがとうございます! あの、レイングさんたちの今日の予定とか知らないですか!?」


 おもわぬ救世主に、感嘆の声と共に不躾な質問してしまう。よほど俺が切羽詰ったように見えたのか、相手も慌て気味に、今なら街の中心区域にある、立派な建物で働いていると答えてくれた。

 俺は食い気味でその人に御礼をのべて、ほとんど駆け足で街の中心地へと急いだ。なんとしても今日中に仕事を見つけなければいけない、という気持ちもあったけれど、それよりも今、こうして長い冬を耐え忍んでいる人達を思うと、無駄な時間は過ごしたくはなかった。


 殆どはじめて見た、街の中心にそびえるその館のような外装の建物は、大きさもそうだが、絶え間なく人が出入りを繰り返しており、とてもじゃないがレイングさんを見つけられそうになかった。

 これは、人を探すのは困難かもしれない……。来て早々諦めそうになる俺の心だが、ここで逃げ帰るのはあまりに情けないので、意を決して人を押しのけように中へ突き進んでいくが、不運にもレイングさんとすれ違いになっており、もう自宅へと帰ってしまったらしい。


 もういやだ……。俺の心は完全に折れてしまい、その場に立ち尽くし呆然としていた。さすがにレイングさんの自宅は知らないし、今日は諦めるしかないのか……? ふと、そんな事を考えていたとき。




 「あら? ヒナタじゃない? こんな所で会うなんて珍しいわね。もしかしてレイングに何か用事があったのかしら?」


めがね美人ことレイングさんの恋人、ティーナさんが俺に声をかけてくれた。

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