第32話事件発生
昨日はアルグと久しぶりの会話やら、エイナたち灰色の兄弟との話し合いやら、そしてアカネの意味深な言葉とその直後に起きた摩訶不思議現象……。
考えることが多すぎて正直思考を放棄したい、というか考えて分かることなのかも分からないことがありすぎた。とりあえず、今出来ることは灰色の兄弟をどうしていくか……それが先決だろう。
昨日エイナたちに伝えたアイデアを確実にしてゆくため、朝早く、誰にも告げずとある目的地へと向かう。仲間なので連れて行ってもいいかとは思ったが、不審に思われては元も子もないので、一先ず話をつけなくてはいけない。そんな誰に聞かせるでもない言い訳を、独りごちながら訪れたのは2日前訪れたカフェで、わざわざここまで来たのだからと朝食を頼み、それを何事もなく済ませた食後は、初めて頼む"いつものコーヒー"も忘れず注文し、その時を待った。
コーヒーと共に、メガネ美人のティーナさんが真向かいに座り、この世界の新聞を広げ、騒音に紛れる程度の音量で話しかけてきた。
「今日はいい天気ね。この間ぶりですが、もう街は全部見てこられましたか?」
「そうですね、旅なれた俺ですけど、この街は今までより広くて見飽きないです。この間も可愛らしい子達と知り合いになったばかりなので、是非紹介したいなと……」
まるでスパイ映画のような対面の仕方だが、二日前に参加した、ソニムラガルオ連盟の会合終わりに教えてもらった連絡方法で、決して厨二病の類ではない。あえて言うならハードボイルドだから!
「……分かりました。では私達の本部へご案内いたしますわ」
持っていた新聞をとじ、テーブルに置きっ放しで立ち上がるティーナさんの後を追い、再び地下へと降りる。地下にはレイングさんとウェールが話し合っていたらしく、俺たちの足音にも気付かず、何かを言い争っている。
「二人とも、ヒナタが来たわよ」
「えっ? あぁ、これは失礼を。今日は何用でこちらに?」
少し険のある言い方に、レイングさんでもこんな時があるんだと、へんに感心してしまう。年はそこまで離れていないのに、どんな状況でも柔和な態度を崩さなかった彼がそこまで怒る事態が気になりはしたが、そこまで深くもないのに首を突っ込むのは憚られた。
「忙しい中すみません、以前レイングさんたちの話し合いに繋がればと思ってきたのですが、お時間少しいただいてもいいですか?」
「えぇ、勿論かまわないわ、二人ももう話し合い終わったものね?」
さすがティーナさん。副リーダーに相応しい凄みのある笑みで二人を黙らせた。その笑顔に関係俺まで怖じ気づいてしまったが、気を取り直し話を切り出す。
「………皆さんは街の外れに住んでいる獣人の子供たちの存在はご存知ですか?」
エルフたちの間でも触れてはいけない話題だったのだろう、空気が再び重くなり、三人は何も言わず顔を見合う。分かっているのにイエスとは言えない三人を俺は無視し続ける。
「街の人達が彼らをどういった目で見ているのか、この際関係ありません。ではなぜ俺がこれをいったのか、そこが問題なんです」
「それはどういう意味なんだい? ヒナタ。その子達と僕らの活動にどう関わってくるのか……詳しく聞かせてほしい」
よし、食いついてきた。いくら彼らが他のエルフと違う良心と信念を持っていても、この街にすむ住人である以上、全体が作り上げてきた偏見というのはなかなか変えることが難しい。そんな中、俺の提案をただ述べても彼らには受け入れがたく、下手したら永遠に分かり合えずに終わる可能性だってある。
「レイングさんは獣人についてどの程度知ってますか? 彼らだけが持つ能力など、何でもいいです」
「おれは親から近づいたら危ない、としか聞いてないから詳しくは分からないな。ティーナは歴史学者だから何か知ってるんじゃないのか?」
「そうねぇ、獣人族はモンスターと人間のハーフで、その身体能力の高さは私達エルフでも敵わないと書いてあったわ。あとはモンスターの耳や尻尾が特徴的よね」
「わたしもよく知らないですね。でも時々、彼らが街の外に出かける姿を見かけたことはありますよ。数名で行動してるので、あまり近づかないようにしてました」
やっぱり、彼らもそれぐらいしか知らなのか。知らないのはむしろ好都合で、驚きは新たな可能性の芽となる事だろう。
「実は……それだけじゃないんです。彼らにはこの街の人が知りえない能力が二つあります。でも、これを話すことは彼らに危機を招く行為にもなる。だから今、ここで俺と約束をしてください。自分達の利益につながらなくとも、俺が話した事は決して外部に漏らさないと。そうでなければお話できません」
強気に出たが、大丈夫。俺にはこの人たちが本気で街を変える気があることを前の話し合いで知ったのだ。変えられる可能性があるのにみすみす逃すわけがない。
そしてそれは俺の目論見どおり、彼らは一言も相談する事無く、各々の決意を口にした。
「俺は貴方の行動に感銘を受けた身です。その貴方が我らのために行動を起こしてくれる。それを蔑ろになんて出来るはずもない」
「私だってそれは同じよ。この街の独りよがりな価値感を疑問に思ったから、私は歴史を学ぼうと思ったのだもの。頭を固くしたままでは変えられるものも変えられないわ」
「わたしの家は代々宝石商で、頭の中も宝石みたいにカチカチな父や祖父に反発してここに入ったんです。ここで逃げたりしたら、わたしの家は協会びいきの者達に潰されてしまうだけ。是非お話を聞かせてください」
ここからは言葉は発さずに、筆談で話し合いをする。万が一でも誰かに聞かれるわけにはいかないのだ。それは彼らもわかっているのか、とても静かな……でも有意義な話し合いは、約一時間ほど続いたのだった。
……これでカードは揃った。あとは俺がエイナたちを説得するのみだ。
カフェの地下から出た俺は次行動をとるべく、エイナたちがいる裏路地へと向かっていく。一回宿に戻ってセズを探したが、すでに出かけた後で、珍しく宿に篭っていたアルグにきくと、友達のところだと言っていたので、恐らく同じところに向かっていることだろう。
そう……ここまでは良かった。
問題はおれがまだこの街の地理に明るくないのに、裏路地を歩いたことだった。いわずもがな、迷子になりました。迷子になって初めて気付いたことだが……今まで全部、人に案内されてしか歩いたことなかったんだよなー。そりゃたどり着けるわけがない。
どうしたものかとあたりを見渡していたら、軽い足音が遠くから聞こえてきた。もしかして……と期待をこめて思い切り振りかえると、そこにいたのは意外な人物だった。
「やっぱり、ヒナタにぃだ! 具合はもう大丈夫? ………うん、昨日より大分安定してるみたい。これなら協会も気付かないって!」
「昨日のこと……やっぱりウェダルフ気付いてたんだな。それにお父さんに一人で行動しちゃいけないって、怒られてたのになんでここに来たんだ?」
叱る様に言ってしまう俺だが、ウェダルフも相応の覚悟で来たのだろう、いつもは涙で潤んでいる瞳が今日は何か覚悟を決めたように俺を見上げていた。
「そのことでヒナタにぃに聞きたいことがあるんだ。たぶんセズちゃんも知らないし、気付いてるのも僕だけだから安心してほしいんだけど……ヒナタにぃって神様?」
……この世界に来て、初めて俺の正体がばれてしまった。
それもこんな小さな男の子に。ウェダルフが協会に狙われているという時点で、彼が監察としての素質があることには気付いていた。だから昨日の俺の変化にも気付くだろうとは考えていたが、まさかそこまでばれるとは思いもしなかった。
「……いつから気付いたんだ? ウェダルフ。昨日のあれかな? やっぱり……」
今までずっと隠していた反動だろう、今の俺の心は暴かれた怒りではなく、罪を告解した時のような心の荷をおろした時の穏やかさだった。
「ううん、気付いてたのはもっと前。だけど微かだったし、お母さんも悩んでたから……僕も知らんぷりしてたんだ」
「お母さん? 確かウェダルフはお父さんだけだったよな? 一体どういう……」
ビュォォォ———!!!
彼の答えを聞く直前に突風に音を遮られてしまい、俺もウェダルフも固まってしまう。目も開けられないほどの風に紛れて
、微かに聞こえてきたのは小さな子供の悲鳴。いやな予感がして無理やりに目を開け確認すると、目の前にいたはずのウェダルフがそこには居らず、バサリと大きく羽ばたく音が頭上から聞こえた。心臓の音が嫌に響き、口がカラカラと渇く。嘘だろう……?
最悪のことが一気に起きてしまった………。まさかウェダルフが攫われ、その犯人がまさか獣人の子供達だなんて……誰が気付いただろうか?
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