第67話犯人の目星
案の定、といえばいいのか……やっぱりサリッチの命令というのは、自身を暗殺しようとした犯人探しだったようで、なんてとんでもない事を任せられたものだと、俺は今日三度目のため息がこぼれた。
「やっぱりそうなるよな……。サリッチが王様だって聞いたときからいやな予感はしてたんだよ。でもまさかそんなめったな事俺に頼むわけがないと思っていたのに、いや思わないようにしてたのに……ハァ、まじか…………」
「なによ? もっと光栄です!! って感じに喜びなさいよ。あたしだって、こんなんじゃなかったらあんたにやってもらおうなんて思わないわよ。実際見つけてくれるなんて期待してないから、あたしの広い心意気にもっと感謝しなさい!」
いや出来ねえと思ってるなら俺に頼むなよ! と内心腹立たしさがこみ上げてきたが、ここで口にでも出そうものなら、また人類が危機に曝されてしまう。俺はそう自分に言い聞かせ、言葉が出てこないように腹に力を込め、言葉を飲み込む。そんな俺の様子にお構いなしのサリッチは、続けざまにぺらぺらと喋り始める。
「まぁ、とはいえなんの手掛かりもなしに犯人を見つけろなんて、あたしもそこまで酷じゃないから、犯人の目星くらいは教えてあげてもいいわよ」
「なに、目星とかもうそこまでわかってんなら、俺が犯人探しする必要ないよね? どういうことだよ」
「目星はあくまで目星よ。犯人としての確たる証拠にはなりえないでしょ。それに分かっていたとしても、あたし自身が動くわけにはいかないから……」
ほんの少し俯き、泣きそうに顔を歪めるサリッチに俺はすこしドキリとした。いや、決してときめきとかそんな類じゃないからね!! びっくりとかどっきりのドキリだから! とか、自分に言い訳をしつつも、その普段とは全く違うサリッチの表情は子供が叱られているかのようで、俺はなんと声をかけたらいいのか分からなくなってしまう。
「……なんて、こういう風にしてればあんたもあたしの為に動きたくなるでしょ? どう、これであんたもあたしの立派な下僕として動きたくなってきた?」
「……心配した俺が馬鹿だった。というか今更そんなことしなくても俺はもうサリッチに逆らう気はないから、紛らわしい事しないでくれ。心配が無駄になる」
「あたしを心配して無駄になるものなんてないわよ! あんたって本当……本当にばかよ。そんなに腕輪が大事?」
そりゃ全人類の命が関わってくるものなんで当然だろうよ。でもそれを言ったところでこの子には理解できないだろうし、してもらいたいわけでもない。ただそれ以外にも何故だろうか、サリッチを助けたい思いが俺の中にあって、サリッチが時々見せる不意の感情が、誰かに似ているようで放っておけない気持ちにさせる。……誰に似てるんだろう?
「とにかく、サリッチが目星をつけてる犯人ってやらをさっさと話してくれよ。もうそろそろ正座が辛い……」
「正座? なにそれ。その座り方が辛いなら崩せばいいだけじゃない。あたしの前で緊張するからって、自分を痛めつけるなんて……あんたいい趣味してるわね」
「違う、それは絶対違うから誤解しないで!! 俺はただ純日本人なだけだから!」
ちょっと引き気味の目線を送ってくるサリッチに、俺はきちんと否定をしておく。でなければセズの時と同じような目にあうのは分かりきっていた。これ以上俺に変な性癖をつけるのはよしてほしい。
「まぁ、あんたの趣味なんて全く興味ないから安心しなさい。それであたしの事を狙ってきた暗殺者についてだけど……。夜中だったし、服装も全身黒ずくめだったからはっきりとは分からなかったの」
「はぁ? さっき目星はついてるって大見得切ったのに、分からなかったってどういうことだよ?」
「顔とかは分からなかったってこと。でもそれ以外でも分かることだってあるでしょ? たとえば背格好とか、ね」
あぁ、成る程。それも確かに重要な要素といえる。おおまかでも男とか女とか、がたいのよさとかでもある程度絞る事が可能になってくるので、これはありがたい。
「その話、詳しく聞かせてほしい」
俺の反応のよさにサリッチはにやりと笑い、不謹慎にも状況を楽しんでいた。その様子はまるで獲物が餌にかかったような狩人のようで、俺は反射的にしまったと身構えるがもう遅かった。
「ここから先の話を聞いた以上、逃げる事なんて絶対許さないから……捕まえてくるまで覚悟しなさいよ?」
両肩をがっしりと掴まれ、逃がさないとばかりに力を込めてくるサリッチに、ちょっと前まで逃がす気があったのかと聞きたくなってしまった。
「まずは状況説明から……。あたしはその日もいつも通り王宮にいくつかある寝所の中の一つ、睡蓮の間と呼ばれる寝室で眠りについていたの。ここは睡蓮の一族が先代女王のために造った一郭で、あたしはあんまりここで寝ることはなかったわ。だっていつも座ってる玉座から遠いし、人もあんまり通らないから、何かと不便なのよね……」
さらりと話す王宮内部の話に、俺は本当にサリッチが王様なのだと頭の片隅で実感するが、本題にこの話今必要?
「……人が話してんだからちゃんと聞きなさいよ。まぁ、なにが言いたいかというと、この寝所に行くのはほんの気まぐれで、前から決めていたわけじゃないってところが重要なわけ。なのにもかかわらず、あたしを暗殺しようとした不敬者は、一寸たがわずにあたしの寝ている寝室に忍び込み、誰にも気付かれず、あたしのベットまで来る事が出来たのが問題なのよ! ここまでは分かった?」
「そんなに怒るなって、ちゃんと聞いてたよ。つまりはサリッチを狙えるのはそう多くないって事が言いたいんだろ? それで、その後どうなったか聞かせてくれよ」
内部の犯行で間違いはないのだろうが、まだこれでも犯人を絞るには難しい。王宮に出入りできて、サリッチの寝室に入ってもおかしくない人物なんて探せば何十と出てきそうだ。
「さっきも言ったように、犯人は暗がりで顔なんて見る余裕もなかったから、誰とは明確にはいえないわ。けど、その犯人が決して男性ではないということと、暗殺自体不慣れな感じは嫌でも伝わった……。そう、犯人は女性で、あたしを殺す事で磐石の立場になれる………朝顔の一族チィ・アンユよ!」
まさかとはおもったが、この国の政に明るくない俺にとって彼女のいう言葉は重く、否定しきれるものではなかった。たしかに彼女、チィ・アンユというのは国民には人気だが、その裏で何をしているかなんて国民は知る由もないし、またサリッチは直接アンユという人間にかかわっている以上、もしかしたらがあるかもしれない。
「それでさっきの発言か……。たしかにアンユってやつが犯人だとしても、確たる証拠がない限り、サリッチが言うのはただ国民の批判をかうだけになりかねないな」
ただ威張っているだけではない、サリッチの意外な一面に俺はすこし感心した。自身の立場もわきまえず突っ走るタイプにみえる彼女だが、その実冷静に自身の立場を見極める事が出来るというのは、中々簡単そうで誰にでも出来る事ではないように思う。
うーん……でもだ。それならなんでこんなにナルシストで、めちゃくちゃ言い出すんだ? もっと自我を抑えて常に冷静でいれば国民の評判も良くなりそうなのに……。
「……あんた、あたしの言う事信じてくれるの? あんなにあたしの悪い事聞いてるのに、あんなにアンユの評判を聞いてたのに?」
「うん? それと俺がサリッチの言ったことを信じることは何が関係してんだよ? 俺は基本的にこの国について、よく知らないし国民の評価が全てだとも思ってない。たしかに傾けるべき声だとは思うけれど、そればっかりじゃあ国は成り立たないだろう?」
俺はごく当たり前のことを言ったつもりだったのに、サリッチは益々訳が分からないといった表情で俺を見つめ、はじめてうろたえていた。まるで今まで親にこうしなさい、ああしなさいといわれて育った子が、突然自由を得たかのような狼狽っぷりに、なんとなく俺は彼女の人生が見えたような気がした。
「ともかく、俺は俺の見たもの聞いたものを信じる主義だから、一先ずはサリッチの事を信じて動くつもりだ。安心してほしい」
「そ、そう! 下僕として感心ね! くれぐれもあたしを裏切ろうなんて思わない事よ!! いい?!」
俺はてっきり一先ずって何よ!! ってツッコミが入ると思っていたのに、スルーされた挙句感心されてしまった。サリッチ、君は案外ごまかされやすいな……。
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