第102話俺を追うものと特訓の成果




 「ちょっ……あんた誰よっ!! ヒナタはどこにやったの?!」


 みんなの所に戻るやいなや、警戒心マックスのサリッチにこんな事を言われてしまい、俺は自分の姿がつい先程の自分ではない事に気がつく。どうしたものかと横にいたフルルージュを見やるが彼女はさぞ面倒くさそうに顔を濁らせ俺の方には見向きもしない。


 『………それでは、またお呼びくださいませ』


 あ……もうお助けタイムは終わりなのね。声をかける間も与えないままフルルージュはその姿を隠し、なんとも言えない気まずい空気が俺を包む。

 さてはて、どうしたものか。


 今この場にはサリッチと俺以外にキャルヴァンが居るのだが、肝心なセズとヴェダルフはどうやら先に寝てしまったらしく、誰も俺がヒナタだとは知らないのだ。


 「えっと、その、ちょ、ちょっとだけでもいいから俺の話を聞いてくれッ!!」


 「どんな悪事をあんたから聞けって言うのよっ! 泥棒?! 誘拐?!! それとも婦女暴行かしら!!」


 「いやどれも違うし、増してや誰もサリッチをどうこうしようだなんて……って危なッ!!」


 俺が言い終わる前にそこらへんにあった小枝を掴んだサリッチは、挨拶もなしに俺に腕を振り上げ、先制攻撃をかますが、間一髪のところで避けた俺は、避けた勢いそのままの衝撃で尻餅をついてしまう。


 「ちょちょちょ……!! 不意打ちとか卑怯にも程があるだろうっ?! というか俺ヒナタだから!! 神の能力で変身しただけだから!」


 いやまぁ、自分で言うのもあれだけど変身をだけっていう感覚可笑しいよね。普通変身しないよ、魔法少女以外はさ。


 「あんたがヒナタですって? 確かに面影があるけど……でも、たとえヒナタでもいいわッ!! 男女って言ったその根性、叩き直すっ!!!」


 「いや、色気も何も無いって思っただけで男女だとか一言も言ってないぞ?」


 「コロス……ッ!!」


 ヒィィ……!!? いつもの調子で返したらサリッチの怒りに火を注いたぞ、俺のバカ!!

 もうこうなっては自分一人ではどうしようも出来ない。そう考えてキャルヴァンのいる先にへと目を向けるが、いつの間にかセズたちがスヤスヤ眠る火の近くへ避難しており、バッチリと目が合うが、その顔は俺に諦める他ないと言わんばかりで、そのまま火の番をし始めた。

 見捨てないって言ったのに!!


 そうしてキャルヴァンに見捨てられた俺は、一晩中怒り冷めやまぬサリッチと追いかけっこをする羽目になり、眩む朝日を迎えるのだった。





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 「朝から二人とも疲れてるけどどうしたの? ちゃんと寝られなかった?」


 天使の様に優しいウェダルフの言葉と何かを察したのだろう、セズの冷めた表情が身体いっぱいに突き刺さりほろりと涙がこぼれてしまう。


 昨日散々走り回っていたサリッチは今は疲れのせいか今は落ち着いており、大人しく街へと向かう俺たちの少し後を歩きキャルヴァンと何やら談笑していた。そして俺たちの目と鼻の先には、シェメイ街を取り囲む森の木々よりも高くそびえる外壁が見えており、人もまばらだが行き交いはじめ懐かしい賑わいが聞こえてくる。


 「ウェダくんいよいよ街に着きますが、先ずはお父様と会われますか?」


 「んー……出来たらそうしたいけど、僕もまだリンリア教会に狙われてるからなぁ。どうだろう?」


 さらりと言ってはいたが、その顔は諦めとも悔しさとも取れない表情で、寂しさが隠しきれない様子だ。


 「だったら三人は先にエイナのところへ行けばいいんじゃないか? 俺とキャルヴァンはその間に色々済ませておくからさ」


 きっとウェダルフは家には戻れないけれど、やはり故郷に帰ってきたのだ。わずかな時間だけでも家族には会わせてあげたいし、この先何があるか分からなくなってきた俺の旅に、幼い彼を巻き込んでいいのかの確認をウェダルフの父親である、リュイさんにもしておきたい。


 なんて呑気な事を考えていた俺だったが、シェメイにたどり着くなり以前とは違う喧騒さに俺とセズは勿論、長くこの街に住んでいたウェダルフも戸惑い立ち尽くしてしまう。


 「なんかいつものシェメイじゃない……。な、何かあったのかな?」


 「以前も賑やかな街ではありましたが、今は騒々しいというか、なんだか皆さん険がある気がしますね……」


 「そうね、出歩いている人はあんまり見えないのになんでこんなにうっとおしい雰囲気なのよ。なんだか息苦しい感じがするわ」


 ウェダルフやセズがそういうのも無理はなく、特にウェダルフはあのものものしさが”見える”からなおさらだろう。

 今この街は外に出ているエルフの人々と同じくらいの原始種属が誰かを探すように、もしくは監視するかのように人々の周りに張り付いており、見えないといえど街の人の顔色は暗くよどんている。


 「なんだ……これ? まさかウェダルフのこと探してる……いや、まさか?」


 そこまで言って、俺はとある答えに行きつき思わず顔を下にそむけてしまう。くそっ……迂闊だった。


 「……ヒナタ、さっきのあなたの提案は通りそうにないわね。一刻も早く姿を隠さないと大変なことになりそうよ」


 キャルヴァンも彼らの狙いに気が付いたようで、いつもより少し緊張した声音でそう穏やかに告げると、ウェダルフとセズが急ぎエイナたちの居住区へ早歩きで路地裏をぐいぐいと進む。


 「ヒナタは取り敢えずフードで顔を隠して、サリちゃんは不審な人物が後をついてないかの確認をお願いね! 」


 「えぇ、それはいいけど……もし不審者がついてきてたらあたしはどうしたらいいのかしら?」


 路地裏に入って間もなくキャルヴァンが俺たちに指示を出すが、時すでに遅かったようでサリッチはとある方向を見つめたまま発見した場合のことを聞いてきた。なんでなんて聞き返すまでもなく俺とキャルヴァンに緊張が走り、頭をフル回転させるも逃げる以外の案が浮かばず顔を顰めてしまう。まずい、このままではエイナたちにまで迷惑が掛かるぞ?!


 「その場合は僕が何とかしてみる……! ッお母さんあれをお願い!!」


 ウェダルフの掛け声とともに、さっきまで一緒に逃げていたファンテーヌさんは頷き、その体を一瞬のうちに霧散させそのまま狭い路地裏中に広がり、あっという間に路地裏を霧で覆い隠してしまう。


 「今のうちにエイナの所まで走るよ!! 霧で見えにくくなってるから僕に遅れないようについてきてね!!」


 「すごいなウェダルフ……。これってもしかしなくても特訓の成果なのか?」


 「えへへ……! 実は僕もヒナタにぃに内緒で成長してたんだよ! といっても朝じゃないからこれもいつまでもつかわからないけどね」


 ウェダルフ曰く、あたりに漂う水分を利用してファンテーヌさんを濃霧に変えているようで、昼や石に囲まれた場所より朝や草木が多いところだと効果が長く続くそうだ。そうなると今この場所や時間帯は若干不利といえる。


 「でもこんな濃霧でよく迷わず進めるな。もしかしてウェダルフが術者だから効果ないのか?」


 「ううん、僕も霧であんまり先は見えてないよ。でも安心して! 路地裏はエイナに会うために散々歩き回ったんだから!」


 自分の庭かのように語るウェダルフだが、あの当時の彼は外出を制限されていたはず……と野暮なことは聞くまい。遊びたい盛りで、初めて友達が出来たなら内緒の外出などざらなのだろう。


 何分走ったのか、そろそろ霧が晴れ始めたころに見覚えの場所へたどりつけた俺たちは最後の力を振り絞って彼らが張り込んでいる開けた路地裏の先にある場所へ駆け込む。


 「うおっ?!! ななななんだお前たち!!! って……お前らもしかしてヒナタとウェダルフか?!」


 空高く飛んでいた鷲が急降下してきたかと思えば、たちまちその姿を生意気そうな少年に変化させ、慌てふためき俺たちに駆け寄る。


 「あはは……久しぶりだなイール。エ、エイナたちの所に急いで案内してほしんだけど、お願いしてもいいかな?」


 息も絶え絶えにそう言うと、彼なりに何かを察したのだろう、以前なら反抗的な態度で噛みついてくるところを分かった、と少し動揺しながらも大人しく深い暗闇が続く地下への案内をしてくれた。

 暗闇の中をイールを先頭に俺、サリッチセズ、その隣をウェダルフとキャルヴァンは追っ手を気にしてか、大分後ろのほうを歩いていた少し進んだ頃だった。


 「ウェダ君……大丈夫ですか? なんだか体調がすぐれないようで……ウェダ君?!」


 俺の後ろを歩いていた彼女に驚き、俺は暗闇で見えないながらもセズとウェダルフに声をかける。


 「どうしたセズ?! ウェダルフに何かあったのか!」


 「わ、わかりません! 分かりませんが、さっきまで隣を歩いていたウェダ君がいないと思ったら後ろで倒れるような音がしたんです!!」



 そんなことを涙声で言われ、焦りが俺にも伝染しそうにあるが俺までパニックに陥ってはいけない。そう思い、一度深く呼吸をしたのち、俺はずっとしょいっぱなしだった荷物を降ろし、荷物にぶら下がっているランタンを取り外し、見えないながらも火を灯す。


 「すまない、みんな。慌てるあまり周りや状況がちゃんと把握しきれてなかったみたいだ。明かりは今灯したから落ち着いて状況を確認しよう」


 大分冷静さを欠いた行動をしていた自分を諫め、俺はランタンを手にウェダルフに呼びかけるが返答はない。それもそうだ。セズの話から察するに彼は恐らくもてる体力を使い果たし倒れてしまったのだ。

 そう考えランタンを足元近くに下げ、踏まないよう注意深くウェダルフの姿を探すと顔を真っ青にした彼が苦しそうに地面に伏せているのが見えた。


 「ウェダルフ!!! おい、大丈夫か?!!」


 「………うぅ、ん? ごめ、ヒナタにぃ……僕もう限界、寝る、ね」


 ウェダルフを抱きかかえ、彼の顔や体に外傷がないか見るが、ちゃんと受け身は取っていたらしく、手に少し擦り傷があった以外は無事のようで俺は大きく息を吐きだす。

 大分無茶をさせてしまったようで寝にくいはずだろう俺の膝の上でも身じろぎ一つしないですうすうと穏やかに眠っていた。……仕方ない、おんぶでもしてウェダルフを運ぶしかないな。


 「ヒナタ、ウェダは見つかったの……ってこんなところで眠れるなんてこの子意外と肝座ってるわね」


 「はは……まぁそれぐらい無茶させたからな。あんまりお小言言ってやるなよ。あ、あとサリッチにお願いがあるんだけどランタンもっていってくれないか? あと荷物もお願いしていいか?」


 文句を言われる覚悟で言ったお願いだったが、サリッチはしかめっ面ではあったものの何も言わずに良いわよ、と一言だけ言ってさっさと先に行ってしまう。いや、そこまで許したなら歩調も合わせてくれない?


 「なにがあったの?!……ってあら、ウェダちゃん頑張りすぎちゃったのかしら。ふふっ、ヒナタの背中でぐっすりお眠ちゃんね」


 さっきの騒ぎを聞きつけ駆けつけてきたキャルヴァンも落ち着いたのか、もう追っ手はいないと俺に報告した後、薄闇を歩く俺の歩調に合わせて今から向かう場所や灰色の兄弟についての話を彼女らに会うまでに済ませるのだった。

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