第90話身に余る神の能力
結局"忌まわしき血戦"の謎は解けないまま、いつの間にやら寝落ちてしまったらしく、夢も見ない位深く落ちていた。
だが今日の朝は普段とは違い、広い部屋にも関わらずそこらじゅうに人がいるかのような騒音で、流石の俺も堪らず飛び起きると部屋には誰もおらず、それどころか足音さえ響いては来ない。
それでも騒音は依然として俺の耳に響いており、自分が寝間着であることも気にせずベランダに出て人がいるのか確認する。
「……誰もいない? というか俺が聞こえてる感じから中庭か廊下しかないはずだけど…………。おい、どうなってるんだよフルルージュ」
必要なら呼べといっておきながら昨日は現れなかった彼女だが、またスルーされたらもうあいつの事は嘘つき認定していい?
『……まだ嘘つき認定してしてなかったんですか? 流石はヒナタ様ですね』
「何その強烈な嫌味。誉められるとはとても思えないが今はそれどころじゃない。この騒音何処から聞こえてるのか早く教えてくれよ、さっきより騒がしくて堪らん」
例えるならマグロ市場のせりのごとく俺の耳に響いて、フルルージュの話すら聞き取り難い。両手で塞ぎたくなる気持ちを抑え、聞きやすくなるようにずずいとフルルージュに近づく。
俺的な意味では、内緒話をするかのごとく話を聞くつもりの接近だったのだが、何を勘違いしたのか俺が近づくなり、びくりと肩を吊り上げ驚きの表情を作る。
『な、何ですかいきなり! そんなに顔を近づけて私に何するおつもりですか?!』
「はぁ? 何するもなんもこれしかないからしょうがないだろ? フルルージュも嫌なら嫌でさっさとしてくれよ」
『はあぁぁぇっ?!! す、すすするなんてなにをっ!!?』
「……何と勘違いしてるんだよ。俺は内緒話をするために近づいたんであって、こんな脈絡な君にキスを迫るわけないだろ? まずは自分の色気を…………
言い終わる前に顔を思い切り叩かれ、その威力に俺は一瞬気を失った……ような気がしたが、それをフルルージュに言ったら追撃を受けそうな位彼女は顔を真っ赤にして取り乱していた。うん、もうこれだけで十分俺は満足です。
「っていうかさっきから可笑しいけど、もしかしてフルルージュってその状態だと心読めないようになっちゃったの? 宝石だったときは読めてたよな?」
『今の私は魂のひとかけらにすぎません。なのでヒナタ様の能力の影響を受けますし、逆に能力を借りて姿を現すことも可能です』
恥ずかしいのか、いまだ頬をほんのり赤らませながらこしょこしょと内緒話をするフルルージュだが、俺は気付かぬふりで彼女の言葉に返事を返す。
「成る程ね、それじゃあ今までは俺の力不足で黙り決め込んでたわけね。それで今俺に起きてるこの幻聴はなんの能力のせいよ?」
片方の耳を塞ぎながらベランダで、男女が内緒話をする図というのはなんとも奇妙な光景だろうか。これが夜で俺が寝間着などではなく正装だったら、もっとこの状況を楽しめるのに……。
『そうですね、考えられる原因としてはやはり【囁き言を聞く聴覚能力】が安定していないせいでしょう。ヒナタ様は能力をご自身に順応させるのにその、他の神様候補より時間がかかる傾向がありますので』
「言われてみれば能力が入った直後っていつもこんなんだな……。でも今回はちょっと耐えるのに厳しいんだけど、どうにかできませんか、フルルージュ様!!」
安定するまで待っていたら俺の鼓膜壊死しちゃうよ、これ。最悪安定するまで耳栓するしかなくなるけど、それだと普段の会話とか旅するのにも音が聞こえないと困難だ。
『…………なんとか、ですか。確かにヒナタ様の能力をある程度なら抑えることは出来ますが、それだと順応するのに更なる時間がかかります。それに……、それならいっそのこと能力がより発揮できる場所でコントロールするすべを身に付けるのはいかがですか?』
「提示してきた案が力業すぎません、フルルージュさん……。そのやり方だとどのくらい時間がかかるのか分からないし、その間中騒音が聞こえるのは正直キツイ」
『ではこうしませんか? 訓練時間以外は私が気にならないよう抑えておきます。ですのでヒナタ様は今日から三日でそのすべを身につけてください』
「三日で!? そんな簡単にコントロール出来るのか? 神様の能力って」
予想より遥かに短い時間設定に俺は思わずフルルージュに聞いてしまうが、やはりというのか予想通りの答えが返ってくる。
『そんな簡単ならヒナタ様も今ごろ能力の順応に困ってないと思いますが? ……安定していないとはいえ神の力を抑えるのは至難なのです。ですからこの三日というのは私の限界値にほかなりません』
「…………そっか。じゃあ何がなんでも頑張らないといけないな!」
相変わらずの嫌味だったが、言葉の裏に隠された彼女の本気が伝わり俺はなんでか嬉しく思ってしまう。いや、他の人ならもっと素直に喜べた言葉だろうに、フルルージュというフィルターがかかると途端に身構えてしまうのはしょうがない。だって自称嘘つきだもの。
こうして俺は早速訓練に移るための準備をそそくさと始め、寝間着から普段着へ、装備は昼の食事汗を拭う布とそして何故か弓を持って、フルルージュのアドバイスのもと、朝食も食べず街の外へ出掛ける運びとなった。
街にいる間中フルルージュはその美しい姿を隠し、俺も俺で何処に行くかもわかないまま街の外へ続く道をひたすら歩き、話しかけられるときを待った。
「……ここまで来れば大丈夫かな? おーい、フルルージュ?」
『相変わらず街は賑やかで良いですね。でもあそこだと私の姿はやはり目立つのが難点です……。それはそうとヒナタ様、ここより東に進むとモンスターが多く生息する小さな森があります。まずはそこに向かいましょう』
それだけ告げるとフルルージュはすぐ宝石へと身を隠してしまい、俺は森に着くまで一人寂しく歩くこととなった。これまでずっと仲間が一緒だったので気にしていなかったが声がないというのはやはり孤独だ。
それをアルグは長い間経験していたのかと思うと、心がキュッと縮んだようでじくりとした痛みがはしる。というか、今気づいたけど仲間に何も言わずに出掛けたけど大丈夫かな……? なんか一言言っとくべきだったかも。
そんなことを色々考えているうちに目的の森は目の前で、再びフルルージュに呼び掛け指示仰ぐと今度は両耳を塞ぐように言われ、おれはいよいよかと心構えをする。
「…………いつでもいいぞ」
森にはモンスターの他に原始種属も多く住み着いているようで先程からチラチラと木々の間をすり抜けていくのが見える。フルルージュも少しばかり疲れた様子で俺の言葉を合図に大きく頷く。
刹那俺はそのあまりの音の情報量に頭を強く殴られたのかと勘違いするが、それもそのはずで森中から溢れる音はもはや暴力に近く、俺の体は恐怖で硬直してしまった、そんな結果の痛みだった。
足が一歩も前に出ない。両手は音を体に入れないようにより力を加え、そのままの体制で俺は顔を地面に向け、なにも入ってはいない胃液を吐き出す。
フルルージュがご飯を食べないようにいっていた意味が漸く分かり、俺は暫く涙と鼻水をだらだらと地面へこぼしてしまう。
一刻も早く立ち去りたい気持ちが叫び声となって出てきそうで、俺は今だけを考えた行動だと、そう自分に言い聞かせる。そうして覚悟を決めた俺は恐る恐る両手の力を緩め、右手を少し浮かせる。
音が痛い、けれどさっきよりも慣れたような気がして俺はポケットから布をとりだし顔を拭いていく。音におびえる心を無視し俺は顔を正面に向け、左耳もゆっくり解放し森の中へ入る。
そうして俺の長い一日が始まり、夕方近くまでフルルージュがいう音の聞き分けをするはめになったのだった。
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