第3話そうして俺は神になる



 静寂が辺りを包む。俺は言葉も出せず、彼女は淡々と続ける。


 「神は等しく生命を愛し、その重みもまた同じ。命に優劣は存在せず、死は平等にやってくるもの。なのに何故、人間はこうも他の命を軽んじるのでしょうか? 理解できません」


 彼女は待つ。俺の答えを。

 だけど俺は………。


 「……何も返せないのが答え。そう考えてもよろしいでしょうか?」


 ここまで言われても、依然として反論の言葉は生まれない。今、この場ではどんな言葉ですら、子供のわがままでしかない様に感じて何も言えなくなる。


 「神は貴方の善行に対して褒美にと、普段なら踏むべき手順をすっ飛ばし、貴方に来世への切符を渡したのです。なのに貴方はその恩赦を自分勝手に嫌がらせと決めつけ、あまつさえ神が貴方を憎んでる、と思い込む。その愚かさ、反吐が出ます」


 恐い……彼女の怒りに満ちた言葉が。その神々しい雰囲気が。

 今、俺が対峙しているのは人ならざる神の御使い。昨今、溢れ返るファンタジー世界に慣れていたせいだろうか?

 駄々をこねれば、思い通りにいくと思って気軽に言ってしまった。

 その言葉に止めどない後悔が全身を恐怖に染めて、物言わぬ電柱の様に俺を変えてしまう。

 血の流れる音も皮膚を撫でる汗の感覚すら、今の俺にはない。

 それが今の俺なのだ。これが死。

 これすら無くなる世界というのはどんな恐怖なのだろうか。そんな畏怖で染まる姿を見て何を思ったのか、恐るべき一言を彼女ははなつ。


 「呆れました。呆れ果てました。もういっそ………人類なんて消えてもらう方がいいかもしれません」




 ナンイテイッタ、イマ?


 人類を消す?

 俺の不本意な言葉によって?

 なんでそうなる? なんでそうなった? 俺が人類を殺すのか?

 俺が、オレ、ガ…………?


 「そうです。私も、神も、貴方ならと思っていたのに。やはり人の子ですね。私たちはもう嫌気がさしたのです。いっそ全人類は滅ぼした方が世界、いえ宇宙の為になりましょう」


 「そ、それは困る! というかやめてくれ! 人間は君のいう様な悪い所ばかりじゃないはずだ。俺が君を怒らせたのならば俺一人に責任があるはずだろ! 人類は関係ない‼︎」


 そうだ。自分の発言で全人類が消えるのは間違っている。俺一人の問題が何故、こんな大ごとになるんだ。


 「貴方には分からない。神の御心も……その苦悩も。人類の長い歴史の中で、神は人のどんな罪も受け止めてきました。ですが、もうそれも限界なのです」


 「そ、それはたしかに俺には分からない。だけどそれなら俺が変えてみせるか! 全人類がそう、そうだ! 一日一善出来る様に頑張るから‼︎」


 完全に思いつきで言った言葉だった。なんとかして人類絶滅の危機を回避しなくては、という一心のみで言ってしまった。

 だが、それが効いたのか彼女は小さく笑み浮かべ、


 「そんな事が貴方にできる……と? ふふっ……その提案のなんと面白きこと。ええ、貴方はとても傲慢。神にも出来ぬ事をしようとするのですから」


 そりゃそうだよな……。俺自身、無茶言っていると思うよ。でも他に思いつかなかったんだからしょうがないだろ。なんとかしなきゃってなった時に、あの映画の……あのセリフが浮かんじゃったんだから。

 あぁ、でもやっぱりダメっぽいな。この様子じゃあ……


 「あら、そんな事はありません。私は貴方のその考え、嫌いではありません。いえ、むしろとても気に入りました」


 「えっ?! じゃあ、人類絶滅はなしでいいの?! マジでか‼︎」


 この際なんでも言ってみるもんだ、と思っていたのもつかの間、それは思わぬ方向へと転じる。


 「したらばその為には必要な力と、それを発揮するにふさわしい場所が必要になりますね」


 「え、ま、それは………。ソーデスヨネ……」


 「えぇ、勿論です。でなければ貴方の発言が、その場しのぎの見切り発車な一言みたいじゃないですか」


 いや全くその通りだよッ ‼︎

 考えもなしにいったものだから、相手が何を考え、どういう事になってしまったのか理解が追いつかない。

 彼女はそれを知っている上で、こんなことを言い出したのだ。きっととんでもないことを提案するに違いない。


 「恐れ入ります。こちらも貴方のご期待に添えるべく、尽力しましょう」


 勝手に俺の思考を読んでいくスタイルッ! というか、読んだ上でその返答は煽りだろう!!

 まぁいい。別段問題はない、ということにしよう。


 「それで本題だけど……君は全人類の命と引き換えに、何をさせる算段なのかな ? 」


 やや沈黙の後、予想の斜め上……いや予想もしたくない事を顔色も変えずに告げる。



 「……今後、私の事はフルルージュとお呼び下さいませ。貴方は、いえ貴方様はこれから……とある世界の神となるのですから」


 「…………え? カミサマ…………? カミサマって、髪が様になってるね! って言う御使いジョークかな?」


 「……」


 「あ‼︎ それともアレか! 髪が様にならないから、コツを教えて? と言う条件かもしれない‼︎ 」


 そうだ。さっきの言葉は聞き間違いとかだったんだろ? そう、断固として俺は聞き間違えたのだ‼︎

 まるで叱られた子供の様に、フルルージュの顔色を伺うと、人形顔がより人形らしく、感情を殺した眼差しで俺を見つめていた。……こ、怖い。

 「………ハァ。髪型の事など一つも言っておりません。そしてそのアフロヘアーに関して言えば、興味など一切湧かないのでご了承下さい」


 「なァッ‼︎ 」


 畏怖と先の発言で固まっていた思考が、アフロヘアーの一言によって、一瞬にして怒りに変わる。

 決して髪型などで怒ったわけじゃないからねッ‼︎


 「じゃあ、お、俺を神にってさっきの脅しは何だったんだよ‼︎ 神様がいるならもう必要ないよなッ?! あと、俺の髪型はアフロヘアーではなく、アフロっぽい髪型なだけだから! 」


 よ、よし言ってやったぞ! どーだ‼︎ なんの反論も浮かんでこないだろ! 第一、脅されてなる神様って怖過ぎて……そんなの到底、受け止めきれないしな。


 だが、彼女はこちらの予想を上回ることを平然と告げるのだった。


 「私、全宇宙で神は一柱のみ、なんていつ言いましたか?」




——なん、だとッ……?!

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