149話歓迎とギルド名
キャルヴァンのお説教後、遅くなるからと水浴びを済ませた俺だったが、肝心のかんざしをフルルージュに渡しそこねていた事を寝る直前に思い出し、トイレに行くふりをして外へ出る。
「フルルージュ、ちょっとだけ話いいか?」
腕輪の宝石部分を指で軽く2回叩き、そう呟くと彼女も先ほど怒られた影響か最小の光でもって現れる。
……なんだ、さっきの服装よかったのに。
「………なんでしょうか? 怒られてしまう前に済ませてくださいね」
お説教がそんなに怖かったのか、珍しく人の言うことを聞くフルルージュに、古今東西神様ですら母には敵わないのだと、母の偉大さに畏怖しつつも、先ほど懐に忍ばせていたかんざしを彼女に差し出す。
「さっきはその、急いで帰ってしまったから渡し損ねたんだけど、改めてフルルージュに……と、思いまして」
女性にプレゼントだなんて、普段しない行為に変にドキドキしてしまう。慣れないことはするもんじゃないなー……なんて。
ここで嘘を言ってもしょうがない。正直に白状しよう……母親とか妹以外でこんなことしたことないに決まってるだろ!
「あっ………そういえば買って下さってましたね」
かんざしをどこか虚ろに見つめているフルルージュは驚いて、もしくは戸惑いからか、感情が見えない顔でそれを見つめていた。
「あー……やっぱりいらな……
「いいえ!! いえ、いります……欲しいのです、が………」
差し出した手を引っ込めようとしたが、それを遮るように伸ばした彼女の手は俺の手に触れることなく、ただ受け取ることだけは明確に拒否を示していた。
「………今の私は魂の一欠片でしかありません。受け取りたくとも、受け取るための肉体を持ち合わせてはいないのです。だから……それまでヒナタが持っていて下さい」
「わかった。その日が来るまで…………じゃあ、今日はもう遅いし、もう部屋に戻るよ」
「はい、今日はありがとうございました。……おやすみなさい」
「おやすみ、フルルージュ」
変な名残惜しさを誤魔化すかのように、お互いそそくさと戻り、俺も他の仲間にバレないようにベットに潜り込み明日に備え、その日は眠りにつくのだった。
**********************
クエストが3つあるということで普段よりも早い時間に目を覚まし、顔を洗うべく外へ出るとそこには先に起きていたウェダルフがちょうど井戸から水を引き上げるところだった。
「おはよ、ウェダルフ。手伝うよっと……」
「おはよーヒナタにぃ。お水ありがとー………ところでヒナタにぃ、フルルージュ様と何をお話してたのー?」
予想外の質問に、思わずもっていた紐を手離すところだったのをすんでのところで耐え、極力怪しまれないようごく自然に桶を引き上げると、ゆっくり後ろを振り向き、どうして知っているのか、何を見たのかを慌てないように意識して、ゆっくりと話しかける。
「フルルージュと会ったって、誰から聞いたんだ? ファンテーヌさんとか?」
「ううん、昨日トイレに行く途中、ここで話してるのを見たんだよー。なんだか2人とも恥ずかしそうだったから、何話してたのかなーって思ったんだけど……もしかしたら聞いたらダメだった?」
「ダ、ダメじゃないけど! ダメじゃないけどちょっと恥ずかしい場面を見られちゃったなーと思っただけだよ。話の内容も特段……日常会話と大差ない内容だから!」
キャルヴァンに続き、ウェダルフにも見られていたなんて本当に隠し事なんてするもんじゃないな! 特にどの場面を見られていたのかを考えるだけでも身悶えしてしまう!!
「ふーん……そうなんだぁ。まぁ大人の事情は僕にはわからないからいっかー」
何を察したのか、何かを察してしまったのか、生意気そうな笑みを浮かべてこちらを見るウェダルフに、俺も誤魔化すため勢いよく洗顔をする。
そんなこんなで朝の準備を整え終えた俺達は、先駆けてキャルヴァンが荷造りを済ませており、後はチェックアウトして朝食を食べるのみとなった。
朝ということもあり、肉をパテにしたものを挟んだサンドウィッチのようなものを2個ずつ食べ終えたのち、途中で万が一野宿になった場合にも備え、干し肉を買い終えた俺達は依頼である、品物をそれぞれ購入し、街の外へと出るのであった。
外は相変わらず雪解けは済んでおらず、正面玄関へとつながる道以外は、足首程度まで雪が積もったままでまだまだ春には程遠い気温であった。
「やっぱり街の外は寒いねー! ………セズちゃん今頃どうしてるんだろう………なーんて! 春はあと少しだよ!! ね、ヒナタにぃ!」
誰にいうでもない言葉だったが、それを誤魔化すかのように問い掛けてくる彼の強がりに、俺もキャルヴァンももちろんと力強く答えるとウェダルフも嬉しそうに頷く。
「ひとまずはここから西北に見える森近くの村に物資を届けよう。その後少し休んでからさらに西に向かって歩くから無理せずに行こう」
「今日中に全部の村行けるといいね」
「そうだな……ギルドの人の話を聞く限り、今野宿は相当腕に自信がない限りお勧めしないと言われたしな。そこで泊まるかどうか、2つ目の村についてから考えよう」
地図で確認する限りでは3つの村はウィスの街から比較的近く、1番遠い村まで何事もなければ、夕方には着くことは受付の人にも確認できていた。
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ウィスの街から約二時間かけて、最初のクエストである村へついた。
道中平地を基本的に通るようにしつつも、視界の悪い場所もあり、俺たち全員気を抜かないよう歩いていた。
モンスターに襲われることを想定して、キャルヴァンとファンテーヌさんが周辺を確認しつつ、俺もいつ襲われてもいいように弓と短刀をいつでも出せるよう警戒していた。
だが俺たちの想像とは違い、怖いくらい生き物の足跡がない道や、森の中を通り抜ける時でさえ鳥の声すら鳴りを潜め、自分たちの歩く音以外聞こえないのが余計不気味に感じたが、それも思い過ごしだったのだろう。
この村のクエストはFランクに相応しく、ウィスの街に豊富にある薬類で、ごく一般的な解熱剤や胃腸系の薬草の配送だった。
「おぉ!! おぉぉ! お待ちしておりましたぞ! よくよく来てくれましたのぉ……どれ、お疲れでしょう? 何もない村ですが今日はゆっくりしていってください! 宿はないのですが、よかったら私の家は皆さんが泊まれるくらいの部屋は空いておりますぞ!」
クエストの依頼主である村長から手厚く歓迎を受けるが、たかが薬の配送でこんなに歓迎されるとは思わなかった。
というかどうして泊まる前提の歓迎を受けてるんだ? 二時間歩いたと言ってもまだ昼前だ。まだまだ動こうと思えば動ける時間なのに……。
「えぇと……ありがとうございます。ただ、まだ二つほどクエストを受けているので、お気持ちだけ受け取っておきますね」
「あ……そう、なんですね………残念ですが仕方がないですね。確かにあの村の状況は私たちよりひどいと聞きます」
「……? そうですね。なので申し訳ありませんがまた依頼があれば来たいと思いますので、その時はよろしくお願いします」
微妙に噛み合っていない会話に本能的に一休みできないと直感した俺はまずは休むことを優先し、仲間へアイコンタクトを送る。
考えは同じなのか、俺のアイコンタクトにキャルヴァンもウェダルフも相手にバレないよう俺に同意の合図を送り、キャルヴァンが会話を割り込む形で話をまとめにかかった。
「ちなみに村長様……今回のクエストについて完了のサインをいただきたいのですが、お時間少しよろしいでしょうか?」
「おぉ……! そうじゃった、そうじゃったな。どれ……おや、君たちのギルド名が空欄になっておるが、次回のことも兼ねてよかったら教えてくれんかのぉ?」
あ……そういえば名前を決めたら書いておけと言われていたのを忘れてた。
そもそも俺って翻訳されて聞こえるし、読めもするけど書くのって実はやったことなかったんだよな。
文字が読めるっていうのも俺が知ってる日本語に直されて見えてるし、俺が書いた文字が果たしてどうなるのかって気にはなっていたけど、それを試す機会が今まで無かったな……。
そんなことを考えてキャルヴァンを横目に見るとキャルヴァンも察したのか、俺の代わりにペンを持ち、村長に名前を書くので少し時間をくださいと前置きをし、俺たちを見やる。
「名前……どうしましょうか? 何かいい案はあるかしら?」
「うーん……色の名前とかどうかな? オレンジとかレッドとか!」
「色だとなんか戦隊みたいになりそうだな……ギルド名かぁー」
ゲームとかだと英語とかのカッコイー名前にするんだろうけど、いやいや………例えば星屑の旅団にしたとして、それ俺たちのギルドですと実際名乗るには恥ずかしすぎるだろう。
だからといって越後のちりめん問屋なんていうのも違うし……一体何が正解なんだ?!
「もー……! それならヒナタにぃがいつも言ってる一日一善にしよう! ギルド一日一善で!!」
「そうね、それで行きましょう」
そんなに長く悩んだつもりはないが、早く休みたくてしょうがないと言わんばかりのウェダルフが、痺れを切らした様子でそう決めると、同じくこれ以上が時間の無駄とばかりにキャルヴァンがギルド名を記入し、とっととそれを渡してしまう。
「あ、あー………。ま、まぁそれでもいいけどね……」
俺に対しての扱いがわかってきた仲間の冷たさを感じつつも、確かにこれ以上悩んでもいい答えは出そうにないという、ごく冷静な自分が今壮絶に戦っている。
つらい。
「おぉ、ギルド一日一善とな? はて、どういう意味じゃろか?」
「あー……意味はそのまま一日一回は善い事しましょうっていう……俺の村のことわざみたいなものです」
「なるほどのぉ…………。まぁ、またお前さん方に何か頼むこともあるじゃろうて。道中お気をつけていかれなされ」
俺たちのギルド名をまじまじ眺めた後、なんだか寂しいそうにそう告げる村長に、違和感を感じつつも、休みたいオーラが半端ないウェダルフに気押され、早々その村を後に少し離れた小川で改めて休憩を取ることとなったのだった。
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