148話魂の居場所とプレゼント


 夜の街ウィスというだけあって、他の街とは違い夜でも明るく、いつもお祭りのようで賑やかだ。食糧不足を感じさせないその騒がしさの中で、それなのに俺たちだけ取り残されたかのような静けさは、異質な存在だと言われているかのようだった。


 「そもそも憑霊術士と召精霊術士は同じようで違うものになります。そしてこれ以外にも精霊術士というのが加わるのです」


 憑霊術士に召精霊術士に精霊術士って……頭こんがらがる名称はどうにかできなかったのか……?

 それぞれ名前から察するに憑霊ってことは死者のことで、精霊だから原始種属のことかな?


 「まずは召精霊術士と精霊術士の違いですが、そうですね……原始種属から力を借りるのが精霊術士、力を顕現させる事が可能なのが召精霊術士です。この割合はざっくりですが、9割が精霊術士で後の1割が召精霊術士です。そしてエルフの精霊術士がリンリア教に吸収されております」


 「1割……そうか。ちなみにフルルージュはウェダルフ以外に召精霊術士を見たことってあるのか?」


 「…………何人かとは。もう、随分と遠い過去にはなりますが…………」


 どこか悲しげな目で虚ろを見つめるフルルージュに違和感を覚えるが、俺は俺で長く生きているであろうフルルージュでさえ、あまり多くは出会っていないのだと思い知り、ウェダルフの過酷さに俺自身何が出来るのか、なんて思い上がりも甚だしい事が頭をかすめてしまう。


 「それで……憑霊術士についてなんだけど、召精霊術士より憑霊術士が珍しいって言ってたけど……もしかして1割以下?」


 「割合は……そうですね。今は他言無用の禁術にも等しい能力、いえ……口伝になります」


 「くでん? って秘技とか奥義みたいなやつか? それってオールさんが、キャルヴァンを助けるためにフルルージュに教えたってことか?」


 口伝という物々しい言葉に少しだけ怖気づきそうになるが、ここで一つの疑問が湧いた。果たしてそんな大仰なものを掟を破ることを是としないオールさんが、家族とはいえ教えてしまうのだろうか?


 「いえ、オールからお願いされたのは、あくまで彼の奥さんを助けるということだけです。憑依のことは私自身の知識によるものです。オールは知っていたとしても教えないでしょう」


 「あー……そうだよな。じゃあ逆にフルルージュとはいえ、教えたのはやばかったんじゃ? 禁術だったんだろ?」


 「………その点も問題ないと判断しました。そもそも、死者の方々がマイヤ国を出ることすら叶わないのは掟があるため、とヒナタもお考えだと思いますが、真実は逆なのです」


 いきなりのとんちに一瞬頭にはてなが浮かぶが、すぐさま意味を理解した。つまりこういうことだ。掟が邪魔して外にいけないのではく、掟がなくとも死者はマイヤ国から出ることは叶わないのだ。


 「それは……結界みたいなのがあるからーとかではなく?」


 「そうです。マイヤの国にある結界は出さないためではなく、害をなすものを入れないためです。死者の方が国外に出られない理由は別で記憶……もっとわかりやすく言えば、そもそも魂の預け場所がなければ、存在そのものが消失してしまうからです」


 「魂の預け場所がなくってことは、マイヤ国にいる時はどこに魂を預けてるんだ? そもそも魂の預け場所がないとどうなる? 即時に消失してしまうのか?」


 「国内にいる時はリッカの街の中心にある、大樹に魂を預けていると聞いた事があります。そしてその木から離れれば離れるほど魂の形は崩れ、いずれは消失する……その範囲が国内全土だと言っておりました」


 先ほどまでの言い回しとは違い、人伝いに聞いたと語るフルルージュの説明に疑問は感じつつも、それ以上に気になる単語があった。


 「待ってくれ……。大樹から離れれば離れるほどってことは……つまりこれはつまり俺とキャルヴァンも同じってことか?!」


 「そうですね。預ける場所が大樹か人かの違いなので。範囲については死者と契約者との相性次第なので、正確には言えませんが……ヒナタとキャルヴァンであれば、この街一つ分くらいでしょうね。それ以上離れるなら三日が限度と考えていただければと思います」


 「いや……三日って!! ユノ国の時あれ以上離れてたからやばかったってことか?! というかなんで今更?」


 言うにしてももっと早く言ってほしい。そうでなければ何かあってからでは遅すぎる。

 それにしても以前聞いたときは掟破りを探すため、とかなんとかって言っていたが、憑依なしには国外へ出られないのならそもそも憑依自体不要の存在ではないか。

 

 「まさか……未だ憑霊術士を知っている者がいるとは思いもよらなかったのです。禁術にするまで長い年月をかけたのですが、やはり歴史というは中々風化しないものなのですね」


 いやいや……そのセリフ、自分の願いのためにキャルヴァンに伝えちゃった人が言う言葉じゃないでしょう………。


 などと、若干呆れつつも今の言葉でわかったこともある。

 つまり以前、おそらくは数百年単位前までは憑霊術士はごくありふれていたのかも知れない。だが、そのせいで国外逃亡を図る死者が溢れたのだろう。だから今はもう知る人すら限られる能力となった。

 そうまでして風化させた能力を愛した男のために、体裁も理性もかなぐり捨てて欲してしまった、彼女を責めることは俺には出来そうになかった。………理解することもできないけれど。


 「過去の話はここまでにして、目的の雑貨屋さんにつきましたよ。ふふ………どれもあかりに照らされて綺麗ですね」


 「………そうかもな。あ、これなんだかフルルージュっぽくないか? ほら色とかなんかこう……形とか?」


 まるで朝焼けのような鮮やかな棒の先には金色に輝く大輪が咲いており、その先には動きに合わせてゆらめく飾りがついていた。

 女性のアクセサリーに関してからっきしの俺だが、これは日本人にも馴染み深いかんざしのようだった。


 「……………ヒナタにはこう見えているのですか?」


 「こう見えるも何も………一目見た時からフルルージュっぽいなぁって思ったんだけど……え、もしかして嫌だったか!?」


 思ったまま口にしてしまったが、センスが悪かったのか今までに見た事がない表情でそれを見つめていた。


 「いえ………いえ、まさかヒナタにそう言ってもらえる日がくるだなんて、これは………夢でしょうか?」


 「ッッ!!! お、お、ぉお大袈裟だな!! 何気なく言っただけの言葉にそんな驚くことないだろ……!!」


 泣き笑いにも見える綻んだ綺麗な笑顔に、一瞬心臓が止まったかのような錯覚を覚え、想像以上に動揺するが、それも周りの目によって羞恥へ瞬く間に変わっていく。

 それもそうだ。こんなのはたから見たら恋人同士のイチャイチャでしかない。いや、考えるだけめちゃくちゃ恥ずかしい!!


 「おおおおじさん!! これ買うから! だからそんな目で見ないで!」


 「はぁ………? いや、まぁ、買ってくれるならなんでもええよ。ほい、おつり。毎度! 末長く大切にせいよ」


 「どっちを?! というか違いますからッ!! ああぁもう早く行くぞフルルージュ!!」


 「………」


 その場を離れるために急ぎ買ったかんざしを手に取り、フルルージュに声をかけるも、呆然とした様子で反応を示さない。


 「しょーがないな……!! ほら行こう、フルルージュ!」


 「……!!! は、はいッッ!!?」


 声掛けでは埒が開かないと思った俺は何をとち狂ったのか、フルルージュの手をとり、一刻も早くその場から逃げるため早歩きで人でごった返した道を掻き分け進むという暴挙に出てしまう。

 いや……本当に恥で混乱してたからって、手を握るとか! さっき以上に恥ずかしいし、気まずい!


 「………とにかく、人が落ち着くところまで急ごう」


 「は………はい」


  言い訳がましくそう口にする俺に、流石の彼女も恥ずかしいのか普段よりも数段大人しい口調と声音に、変にドギマギさせながら歩くこと約数分後。




 露店が連なっていた場所をやっと抜け出せたようで、人の波も落ち着きを見せていた。


 ………それなのに。

 完全に手を離すタイミングを見誤った俺達はどちらも言い出す事ができないまま、宿の真ん前までずっと手を繋いだままだった。

 しかも不運なことに、その様子を心配したキャルヴァンに盛大に見られてしまい、夜だというのに二人して情けない叫び声をあげるが、キャルヴァンの教育的ゲンコツ指導を食らった俺達は、そこから小一時間説教をくらいその日は終わるのであった。

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