第117話 ニホ族流儀の歓迎会

 玄関に鍵をかけて振り返ると、更地を挟んだすぐ先に森が映る。


 向こうまでの距離は30メートルほどだろうか。アパートと森の間に視界を遮る人工物はない。


 このアパートを拠点に選んだ最大の理由。


 それはジエンの集落にアクセスし易かったから。森の中を5分も歩けば彼らの住処に辿り着ける。現在、お互いの拠点を目視できるよう、ニホ族たちが伐採を進めているところだ。


 森で作業中の彼らと合流しつつ、ゾロゾロと防壁の門をくぐった。



「おっ、やっと来たか。待ってたんだぞっ」

「アキフミいらっしゃい。ゆっくりしてってね」


 族長宅から出てきたのは、エドとナギの新婚夫婦だった。仲睦まじく肩を寄せ合い、こちらに向かって手を振ってくれる。


「2人とも元気そうで良かった。今日から改めてよろしくな」


 前回ここへ来たのは1週間ほど前だったか。結構な頻度で訪れているのだが……こうして歓迎を受けると気分が上がる。


「どうだ。さらに広くなっただろ」


 集落周りの伐採作業は、2か月前から着々と進行中。ざっと見繕ったとしても、現集落の5~6倍はあるだろう。


 たぶん、小学校の校庭よりも広いのではなかろうか。川向こうの農地も、同じくらい拡張されている。所どころに積まれた原木の山は、樹皮が綺麗にかれていた。


「驚いたよ。そろそろ壁を立てても良さそうだな」

「いや、もう少し広げるつもりだぞ」

「おいおいエド。大丈夫なのか?」


 エドたちはこの森から出られない。限られた貴重な資源を、そう易々と手放していいんだろうか。たしかに、森はまだまだ残っているが……。


「問題ない。普段使う薪なんかは政府が用意してくれるしな。オレもやり過ぎるつもりはない」

「そうか。いらぬ心配だったな」


 エドは次期族長となる立場だ。将来を見越して色々と考えているのだろう。自由に出入りできる俺が口を出すべきではない。


「そんなことよりさ。みんな待ちきれないようだぞ?」


 エドに言われて周りを見ると、屈強な男たちが俺を囲んでいた。


 仁王立ちでパキパキと指を鳴らす者や、自作のこん棒を担いで凄む者。全員、ヤル気に満ちた表情で、ソワソワと俺の返答を待っているようだ。


「なあ、今日は俺の歓迎会なんだろ。模擬戦は次回からでも……。ほら、もうそろそろ飯の時間だしさ」


 毎回この流れになるのだが、さすがに今日はヤらないと思っていた。さっき風呂に入って来たばかりなんだが……。


「じゃあ先に食おうか。歓迎会はそのあとにしよう。今日はたっぷり付き合ってもらうからな!」


 どうやら彼らの歓迎とは、体と体のぶつかり合いを指すようだ。これ以上はあらがっても無駄というもの。早々に観念して、みんなと煮炊き場に向かう。



 なるほど、ちゃんと料理も用意してくれたらしい。肉と野菜のスープや色とりどりの果物、平たいパンもどきがこれでもかと並んでいる。


 さっそく席に着くと、肉の焼ける匂いが周囲に立ち込めた。


「あれ? そういえば族長たちの姿が見えないけど……」


 いつもは一番に出迎えてくれるジエン。よくよく見れば、アモンとムンドの姿もない。まさか体調でも悪いのだろうか。そう懸念していると、集落の入り口付近で大きな声がする。


「おい、アキフミはまだ来ないのかっ」

「今日はオレが一番にやるからな!」

「何を言っている。今日こそ儂の番だっ」


 こっちの心配をよそに、三者とも見るからに元気そうだった。俺の姿を目にすると、ジエンたちが一目散に駆け寄ってくる。


「アキフミ。おまえいつ来たんだ?」

「ついさっきだよ。そういうジエンたちは?」

「……いやアレだ。体を温めておこうと思ってな」


 俺の歓迎会を前に、河原を走っていたらしい。真面目な顔で語っているが、先ほどの態度を見た以上、手遅れ感が半端ない。


 にしてもこの3名。レベル7になってからというもの、脳筋具合が加速しているように感じる。他の連中も似たようなものだが、大御所たちには、より顕著な傾向が見られた。


 彼らほどではないけれど、自分たちにも類似点がチラホラと。やはりモドキ肉を食べた影響だろうか。昨日、江崎と話していた内容が頭にチラつく。


(あ、モドキといえば……。例の件をどうするのか聞かないとな)



 しばらく食事を堪能して、腹を満たしたところでジエンに問いかける。


「ジエン。モドキ肉を提供する件だけどさ」

「ん、どうした。おまえは反対なのか?」

「ニホ族全体のことに口を出す気はないよ。配布する肉の種類を聞きたいだけだ」


 今からひと月ほど前。「同胞たちにモドキ肉を譲りたい」と、ジエンからの申出を受けた。目的は種族全体の強化。ツノ族はもちろんのこと、外敵に抵抗するチカラを得るためだ。


 今でこそ安全だが、いつ何時なんどき、集落が危機におちいるとも限らない。自分たちの現状を踏まえ、ほかの部族にも恩恵を与えたいらしい。むろん強制ではなく、希望する者だけを対象としている。


 政府経由で伝えた結果、9割以上の集落がこれに賛同。何度となくツノ族の被害にっていたのだ。こうなることは必然と言えるだろう。


 現在、政府の大部隊が第3ゲートに出向いている。大猿と戦った高校、そこに放置した大量の魔物肉を運び出すためだ。交渉の末、4割を政府が、残りは俺が所有することに決まった。


「我らは大猿と巨大熊の肉を渡すつもりだ。この前も聞いたが、他はアキフミが用意してくれるのだろう?」

「もちろんだ。ただし、ハイエナは残り少ないから勘弁な」

「それは当然だな。我らも渡さないでくれとお願いされた」


 激レア扱いのハイエナ肉。当然、政府も喉から手が出るほど欲しいわけだ。おいそれと配られたら、今後、交渉の余地がなくなってしまう。かくいう俺も、政府の上官直々に強く止められている。


「じゃあ、あとで江崎に連絡しとくわ」

「すまんな。よろしく頼む」


 これで大半のニホ族がレベル5の能力を持つことに――。


 副作用は気になるけれど、今のところ確証らしきものはない。ジエンたちが決めたことだし、俺はこの提案に乗っかる決断をする。






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