第105話 ニホ族との再会
その2日後――。
小学校の避難を明日に控え、俺と小春は駐屯地を訪れていた。ツノの売却や家族の安否。その他諸々を済ませたあと、2人で工事の様子を眺めている。
夏歩と冬加も一緒だったが、今は家族の無事を知らせに拠点へと戻っている。このあと準備が整い次第、4人でジエンの集落に行く予定だ。
「にしても凄い眺めだな」
「テントって、こんなに種類があるんですね」
整地が進んだ広場には、色とりどりのテントがひしめく。サイズや形状はバラバラで、展示会さながらの雰囲気を見せる。さすがにプレハブ建設は間に合わず、当面の間はこの状態で過ごすことに――。
とはいえ、生活に必要な設備はひととおり揃っている。仮設トイレやシャワー室のほか、食事も24時間体制で提供される予定だ。異世界での日々を思えば、かなり快適な暮らしが送れるだろう。
ちなみに失踪者の保護期間は3か月と決まった。場合によっては短縮され、早期の開放もあり得るそうだ。さっさと民間人を追い出して、ゲートの運用に移りたいのかもしれない。
「皆さんお待たせしました。って、お二人がまだですね」
「そろそろ戻ってもいい頃だけど……アイツらなにやってんだ?」
そう言いつつゲートを見やると、夏歩と冬加が飛び出してくる。「ごめんごめん」と謝りながら、ふたりは元気に駆け寄ってきた。なにやら大きな包みを抱えているが……布に巻かれた状態で、中身まではわからない。
「なあおまえら、なにを持ってきた?」
「ああこれ? みんなへのお土産だよ」
「せっかくの新種だし、喜ぶと思うんだよねー」
新種ってことは亀モドキの肉で間違いないだろう。ふたりが包みを開くと、色艶のいい赤身肉が目に入る。俺と小春が納得する隣で、江崎が興味深そうに覗いていた。
ジエンたちは2つの能力を取得済み。これ以上食べても能力は得られない。ふたりもそれが分かった上で、食料として持っていくみたいだ。
何はともあれ準備は完了。俺たちはワンボックスタイプの車に乗り込み、現地へと向かった、のだが――。
「うわっ、やっぱ気持ち悪い」
「もうダメ。アタシ酔いそう……」
車に揺られること1時間。若いふたりは外を向くたび、そんなことばかり呟いていた。かく言う俺と小春も似たような感覚に襲われている。
立ち並ぶ人工物の多さに加え、強化された視力が影響しているようだ。飛び込んでくる情報量を処理しきれない。例えるならば、度のきつい眼鏡をかけたような感じか。目まぐるしく変わる景色に悪戦苦闘していた。
「まあそのうち慣れますよ。もうすぐ着くから我慢してくださいね」
一方、運転手の江崎は平然としたもの。ときおり後続車を気にしながらも、俺たちの心配をしてくれた。
そんなここまでの道中、日本の街並みは何も変わっていなかった。ポッカリと消えた駅以外、以前と変わらない街並みが広がっている。線路の切り回し工事も完了して、電車は通常運転を再開していた。
まあそうは言っても、全ての路線が開通したわけではない。関東の都心や主要な県の都市部など、一部の地域では復旧作業が続いている。
――と、ようやく目的地に到着したらしい。
小学校が建っていた場所は、白い万能塀ですっぽり囲われていた。予想よりも範囲が広く、相当な面積が入れ替わったようだ。塀の高さを超える木々が鬱蒼と生い茂っている。
そのまま入り口のゲートを通過すると、江崎が車を停車させる。
「みなさん、ここからは歩きになります。さっき渡した身分証を必ず携帯してくださいね」
車から降りると、まず目に入ってきたのは民家群だった。消えた小学校だけではなく、周りの民家ごと隔離されている。
既に立ち退きは終わっており、一般人の姿はどこにも見当たらない。巡回中の自衛隊員以外、人の気配を感じなかった。
ふと森のほうへ視線を送ると、丸太で覆われた砦が目に映る。みんなで作った懐かしの防御壁。そしてすぐ隣には――なぜか見慣れた川が流れていた。
「おい江崎、もしかしてあの川って……」
「あっ、気づきました? ご想像のとおり、あれは原始時代の川ですよ」
それは物凄く奇妙な光景だった。民家群がある場所には、川なんてどこにも存在しない。にも関わらず、森に入った部分からは、突如、大きな川が流れているのだ。どういう原理なのかはわからないが、川の水はとめどなく流れ続けていた。
「おまえ、こういうことは事前に教えろよ……」
「いやぁ、すみません。ちょっとしたサプライズってことで」
まあ、事前に知ったところでどうしようもないんだが……。
俺の驚く顔を見て、江崎はニッコリとほほ笑む。と、上機嫌な足取りで砦のほうへと歩き始めた。その様子から察するに、まだ隠していることがありそうな雰囲気だった。
それから歩くこと2分少々、ついに砦の近くまで到着。川には丸太橋が掛かり、その対岸には畑が見えている。
砦の中からはガヤガヤとした生活音が――。ふと見上げれば、モクモクと煙が立ち昇っていた。どれもこれもが懐かしく、まるで我が家に帰ってきたような感覚に陥る。
「ではごゆっくりどうぞ。私は車に戻ってますね」
「ああ、昼前には一度戻るよ」
この森一帯は、いっさいの電波が遮断されているらしい。スマホが使えない為、途中で江崎と連絡を取ることはできない。第2のサプライズってほどではないが、ここまでの道中でそう聞いていた。
歩き去っていく江崎を尻目に、俺たちは颯爽と入り口の門をくぐる。
「おーい、みんなー!」「ただいまーっ!」
夏歩と冬加の声を耳にして、一斉に振り向くニホ族たち。すぐさま駆け寄ってくると、あっという間に人の輪が出来上がる。どの顔も見知ったやつらばかり。女性や子どもは大はしゃぎして、小春たちの元に集まった。
今日訪れることは知っているはずだが、そんなことはお構いなしだ。8か月ぶりの再会に、みんなのテンションは最高潮といった様子。
「アキフミっ、会いたかったぞ!」
「ああ、久しぶり。エドも元気そうでなりよりだ」
俺を見るなり飛び込んでくるエド。顔を胸に埋めると、むせび泣いて喜びを表現する。それを見た男たちが、次から次へと飛びかかってきた。
瞬く間に出来上がる野郎ハーレム。秋が近いとはいえ、まだまだ気温は高い。上半身裸の猛者たちからは、色んな意味で熱量を感じた。
そうした光景が5分ほど続いただろうか。
みんなが落ち着いてきたところで、ようやく族長のジエンとご対面。隣にアモンとムンドが居並ぶなか、俺は汗ばんだ上着を脱いで3人と向かい合った。
「アキフミ、元気だったか」
「ああ。また会えて嬉しいよ。アモンとムンドも久しぶり」
さすがは族長たちだ。笑顔を見せてはいるものの、飛びついてくることはなかった。握手を交わすに留まり、再会の喜びを嚙みしめる。
「積もる話もある。今日はゆっくりしていけ」
「もちろんそのつもりだ。じっくり聞かせてもらうよ」
ニホ族が日本に転移して8か月――。今までどんな思いで暮らし、これからどう生きていくつもりなのか。それこそ聞きたいことは山のようにある。
「彼らと共に生きる未来も……」と、まずは現状の把握から始めよう。
俺はそんなことを考えながら、族長宅へと向かっていった。
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