第104話 諦めるのは勿体ない

 それからしばらく――。


 陽も暮れかかってきた頃、ようやくほかの連中が戻ってきた。


 誰ひとり欠けることなく、争った形跡も見られない。よほど腹が減っているのか、みんなは席に着くなり食事にありつく。


 ガヤガヤと楽し気な雰囲気のなか、俺も健吾の隣で話を聞いていった。


「じゃあ、桃子たちは信じたのか?」

「おれも最初は驚いたよ。てっきり疑うもんだと思ってた」


 日本へ戻れると聞いた瞬間、ヤツらは大喜びで歓声を上げる。なにを根拠に信用したのか、こちらの話を鵜呑みにしたんだと。予想外の反応を前に、みんなは戸惑いを隠せなかった。


 詳細は後日だと伝えても、桃子は驚くほど素直に従ったらしい。最後は追い出したことを謝罪するなど、まるで別人かのような態度を示す。


「裏があるとしか思えんが……まあ、反発されるよりはマシか」

「ああ、おれもそう思うことにしたよ」

「とにかくおつかれ。これでひと段落だな」


 桃子の真意はさておき、こうして高校の件は決着。あとは予定どおり、小学校の受入れを待つばかりとなった。


「で、お前のほうはどうなんだよ。あのあと江崎とやり合ったんだろ?」

「ん? それって模擬戦のことか?」

「そうそう、それだよ。早く結果を教えてくれ」


 健吾が話題を変えると同時、なぜか全員の視線が一斉に集まる。一部の者は目を輝かせ、期待に満ちた表情を露わにする。


「結果もなにも、話してきただけだぞ? 模擬戦は中止だ」

「は? なんでだよ。みんな楽しみにしてたんだぞ……」


 健吾が肩を落とすと、周りのヤツらもそれに続く。よほど興味があったのか、みんなのガックリ感が半端ない。夏歩と明香里に至ってはタメ息まで漏らしていた。


 昼飯に夢中で聞いてなかったのか、模擬戦を免除されたことを知らなかったようだ。


(……まあいいか。せっかくだし、この流れで話しておこう)



 みんなの注目が集まったところで、江崎とのやり取りを伝えることに。ジエンと再会できることや、日本政府の現状を話したあと、いよいよ勧誘条件の話へと移る。


 鬼狩りは強制参加ではなく、政府に協力すれば支援金が出ること。そして最後にツノの買取り額を打ち明けると――。


「うそ……アレ1本が5千万!?」

「わたしたち大金持ちじゃん!」


 さっきの落胆などどこ吹く風。夏歩と明香里は席を立ち、互いにハイタッチをかます。事情を知ってる小春を除き、ほぼ全員の顔がほころんだ。


 かろうじて冷静なのは昭子と健吾くらいか。好意的ではあるものの、素直に喜んでいるようには見えない。ほかの連中が盛り上がるなか、すぐさま疑問を投げかけてきた。


「手持ちの在庫は売るとしても、今後はどうするんですか? そもそも、成人以外は参加できないんですよね」

「さすがに面子が欠けたら厳しいぞ。大猿の件もあるし、遠出するのは危険じゃないか?」


 鬼狩りには前向きながらも、戦力的な懸念があるようだ。昭子は未成年者の問題についてを。健吾は大猿の存在を気にかけている。


 俺はみんなが落ち着くのを待ち、自分の考えを述べていく。


「まず昭子たちの件だが――」


 たしかに未成年者は狩りに参加できない。が、それはあくまで政府がきめたこと。世間の批判を考慮した建前上の話だと思っている。俺たちが勝手に動こうとも、向こうは気にも留めないだろう。


 それにそもそもの話、年齢制限なんてものに大した意味などない。鬼を殺れるか殺れないか、これが全てだ。参加の是非は昭子たち自身が決めれればいい。


「……なるほど、言われてみればたしかに」

「一応言っとくけど、参加しろって意味じゃないからな」

「はい、それはもちろん。自分の意思で決めますよ」


 このまま稼ぎ続けるも良し。日本に帰って暮らすも良し。「鬼狩りへの参加は個人の判断に任せる」と、みんなにも強く念を押した。


「それと健吾が言ってた件だけど、俺も長期の遠征は無理だと思う。大猿の件もそうだし、長距離を移動する手段がない」

「そうか。やっぱそうだよなぁ」


 目の前の大金を前に、みんなは諦めきれないようだ。俺の考えに同調しつつも、大半の者は露骨に落ち込んでいる。


「ただ、諦めたわけじゃないぞ。こんな儲け話、逃す手はないからな」

「……ってことは、なにか当てがあるのか?」

「ああ。鬼の居そうな場所が近くにあるらしい」


 江崎と打ち合わせた際、周囲にある施設の情報を聞いたんだが――。


 ここから3駅離れた場所に、消失した駅があるそうだ。そこも電車ごとホームが消え、500人ほどの人々が巻き込まれた。すぐ近くには高校が2つ。いずれもニホ族の集落とリンクしている。


 徒歩で2時間の距離だし、森の中を行ったとしても、さほど時間はかからない。鬼が集まっているかはさておき、行ってみる価値はじゅうぶんにある。


「最悪、駅に泊まることも可能だ。安全マージンは取れてると思う」

「なるほど、それならなんとかなりそうだな」


 それまでの沈んだ空気が嘘のように、再び盛り上がりはじめる面々。


『ひと稼ぎしたら、日本でのんびり過ごそう』

『いっそのこと、みんなで共同生活でもしようか』


 などなど、浮かれ気分で話が進み、誰もが作戦の成功を疑わなかった。


「まあ、大猿のことは気がかりですけどね。それを理由に断念するのは勿体ないと思います」


 現代人ではないにしろ、人に近い存在を何度も手にかけてきた。今さら鬼を狩ることに抵抗はない。戦力は申し分ないし、あとは大猿に注意するだけ。


 最後に小春が締めくくったところで、全員の参加が決まった。

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