第103話 ツノの価値
「それで、ニホ族の話はこれで終わりか?」
「ええ、次は鬼狩りについて説明しますね」
ニホ族の件に引き続き、今度はもうひとつの議題である『鬼討伐計画』の話題に移る。
現在、政府が保有しているツノは1本のみ。元々の在庫は2本あったが、その1つは検証のために消費している。よって、政府による救出作戦は実現不可能な状態。新たなツノの確保にも至っていない。
政府の江崎と瀬戸を除き、鬼狩りを志願したのは、たったの4人だけみたいだ。なんでもかなりの報酬を提示したらしいのだが……結局、大半の者が駐屯地での生活を選んでいる。
江崎の弁によれば、大猿の一件がトラウマになっているようだ。鬼の拠点に乗り込むときも相当な苦労をしたんだと。
「駅に乗り込んできたらどうする」「早く対処しないと手遅れになる」などと捲し立て、半ば無理を通して連れ出している。
「ちなみに、志願者のレベルはいくつなんだ?」
「全員、レベル5ですね。そのへんの魔物ならともかく、鬼の集団を相手にするのは厳しいかと」
「それでも、江崎と瀬戸が混ざればイケるんじゃないか?」
さっきの模擬戦を見る限り、2本ヅノまでなら問題ない気がする。鬼の数にもよるけれど、不可能ってレベルではないはずだ。俺は単純にそう考え、思ったままを口にすると――。
「私と瀬戸は断りしましたよ。命を賭けるのは御免です、ってね」
返ってきたのは至極真っ当な答えだった。
彼が言うように、なにも高レベルだからと参加する義務はない。死んだら最後、それで終わりだ。「政府の人間だし、当然協力してるだろう」と、軽い気持ちで語ってしまった。
「あー、すまん。いまのは配慮が足りなかったわ」
「いえいえ、むしろ評価してくれてうれしいです。全然気にしてませんよ」
「……そうか、話の腰を折って悪いな。続けてくれ」
江崎は一度頷いたあと、再び話しはじめた。
政府の調べによって、学校などの施設があった場所と、現代で見つかった集落の位置が合致。電車やバスなどの特殊ケースを除けば、ひとつの狂いなく整合している。
そして今回、俺たちから得た情報と照らし合わせた結果――。
『鬼はツノ族だった頃の習性で、ニホ族の集落に集まるのではないか』
『施設のある場所に行けば、鬼を見つけることができるのではないか』
と、政府は2つの結論に至っている。
鬼が存在する場所を絞り込み、ニホ族からは肉を入手する。「あとはツノを集める協力者を確保するだけ」っていう話だった。
「……鬼が集まる理由か。たしかにあり得そうな話だわ」
「2つの地域で合致してますからね。私もイイ線いってると思いますよ」
ちなみに今回の勧誘対象は35名。成人していることを前提にして、ゲートを行き来できる者全員を誘うらしい。幸か不幸か、明香里たち高校生組は対象外となっている。
ただ、夏歩と冬加のふたりは除外されていなかった。失踪中に18を超え、すでに成人を迎えたからだ。提示された勧誘リストにも、しっかりと名前が載っていた。
まあそうは言っても、とくに心配する必要はないだろう。単純に断わればいいだけの話だ。協力するかどうかはふたりの判断次第となる。
「あーそれと、支援金制度についても説明しますね。一応、これも伝えてこいと言われたんで……」
「わかった。とりあえず聞いておくよ」
それとなく察していたが、政府はツノの買取をしているようだ。先に帰還した江崎たちも、ツノ2本分の対価を受け取っていた。それに加え、現地調査の日数に応じて『支援金』なるものが出るらしい。
「まず支援金ですが、日当換算でひとり10万円が支給されます。ほかにも生存者の発見や救出、ゲートの開放で追加支援もありますよ」
「なるほど、そりゃまた大盤振る舞いだな」
定期報告の義務はあれど、成果の是非は問われない。言い換えれば、向こうに住んでいるだけで金が貰えるってことだ。ここだけ切り取った場合、さぞかし割のいい仕事に思える。
「さらに鬼のツノですが、1本当りの対価は5千万です。こちらはサイズに関わらず一律の設定となります」
「おいおい、マジかよ。アレ1本がそんなに……」
「実際、それだけの価値がありますからね。妥当な報酬だと思いますよ」
たしかに鬼のツノってのは、『異世界へのフリーパス』みたいなもの。うまくいけば、惑星ひとつが丸ごと手に入るわけだ。
政府の目論見はわからないが……おそらく、壮大な計画でもあるんだろう。失踪者の救出はそのついでというところか。
(にしたって5千万はヤバいだろ。手持ちの在庫だけでいくらになるんだ?)
かなりの額を提示され、ついそんなことを考えてしまう。
「ちなみに言っておくと、海外の相場は1億を超えてますよ。どの国も必死になって集めてます」
「……ん? ってことは海外にもゲートが?」
「あくまでネット上の噂ですけどね。日本以外、ゲートに関する公式発表はありません」
江崎はそう言っているが……十中八九、世界規模で解放されているはずだ。日本だけが例外なんて、あまりにも不自然に過ぎる。ゲートが開いているからこそ、それだけの値段で買い取るんだろう。
「まあいいわ。相場のことはさておき、そっちの条件は理解した」
「ならよかったです。あとはそちらの判断にお任せしますね」
「ああ、じっくり考えてみるよ」
なんにしても、まずはみんなの意見を聞いてからだ。たとえ条件が良くとも、意外な落とし穴があるかもしれない。
俺はそんなことを思いつつ、しばらくしてから拠点へと戻った――。
◇◇◇
「あっ、おかえりなさい!」
「ただいま――って、もう帰ってたのか」
ゲートをくぐってホームへ降りると、小春がポツンとベンチに座っていた。ほかの連中の姿はなく、駅の周りは妙に静まり返っている。本人は元気そうだし、とくに問題はなさそうだが……。
「私だけ先に帰ってきたんです。ほかのみんなは高校に行ってますよ」
高校というワードが気になりつつ、ひとまず腰を下ろして事情を聴く。
と、日本への帰還は3日後に決まり、275人全員、戻る選択したようだ。当日はここへ到着次第、その足でゲートをくぐる。駐屯地の準備など知ったことかと、野宿も辞さない覚悟らしい。
なんでも小学校に到着してすぐ、みんなで集会を開いたんだと。すったもんだの末、結局は高校のヤツラを助けることに決まった。
「あー、それで小春だけ留守番か」
「わたしは大丈夫だって言ったんですよ……」
「いやいや、絶対ダメだろ。行かなくて正解だわ」
誰が止めたのかは知らないけど、とてもいい判断だ。小春はしばらく近づかないほうがいい。そんなこんなで彼女は帰宅。ほかのみんなは高校へ向かい、朱音たちの護衛を任された。
「で、桃子にはどこまで伝えるんだ?」
「えっと、今日は日本へ戻れることだけですね」
いろいろと議論を重ねた結果、
『ゲートのことを話せばすぐに押し寄せてくるぞ』
『なにも言わずに黙ってたら、あとでイチャモンをつけられるよ』
そんな結論に至り、ひとまず帰れることだけを伝え、帰還方法や日程は曖昧なままにするそうだ。
「どうせ信じないでしょうけどね。伝えた事実だけは残りますから」
「なるほど。時間も稼げそうだし、丁度いい落としどころか」
「詳細はまた後日、小学校のみんなが帰還してから伝えます」
なんにせよ、これで一件落着か。小春の説明が終わったところで、まずは夕飯の支度に取り掛かる。
「じゃあ、ジエンさんたちと会えるんですね」
「一応4人で行くことにしたけど……いいよな?」
「もちろんです。みんな元気にしてるといいなー」
ふたりで準備を進めながら、今度は俺が聞いてきた話を伝えていった。
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