第102話 現況と元凶

現代66日目

 

「……ふぅ、みなさんお疲れさまでした。午前の部はこれにて終了です。どうぞ、好きなだけ食べてくださいね」


 江崎を拠点に招いた翌日――。


 俺たちは昼食がてらに対策本部へと訪れていた。真治は小学校に戻ったが、それ以外のメンバーは全員参加している。


 なんでも昨日のお礼がしたかったらしい。ピザやバーガー、ほかにも弁当やドリンク類などなど。お馴染みのジャンクフードがテーブルを埋め尽くす。


 当然、毒を盛られる可能性もゼロではない。が、それを疑うのはヤボってものだろう。「自分たちは夕飯に誘っておいてどの口が」ってヤツだ。お互い打ち解けたこともあり、俺も素の口調に戻している。


「しっかし、江崎も大変だな。午前中は散々だったろ」

「ええ、もうヘトヘトですよ……。とくに夏歩さんと明香里さん。あのふたりには参りました」

「アイツらバトルジャンキーだからな。まともに相手するとロクな目に遭わんぞ」

「……まあ結果オーライです。みんなの実力は掴めましたし」


 そんな今日はついさっきまで『能力テスト』なるものを受けていた。


 身体検査や血液採取に始まり、果ては江崎との模擬戦にまで発展。ほんとは全員と対戦するはずだったんだが……。夏歩と明香里が張り切りすぎて、俺まで順番が回ってこなかった。


 結局、夏歩に伸されたところでギブアップ。テストはお開きとなり、みんなで昼食をいただいている。


「それで、俺のテストはどうする? 飯を食ったら再開するのか?」

「いや、秋文さんは結構ですよ。午後からの打ち合わせがありますしね」


 昼からは俺だけが残り、江崎とふたりで話し合う予定だ。なにやら大事な要件があるようで、そっちを優先させたいんだと。


「でもいいのか。上役への報告義務があるんだろ?」

「あー、それなら問題ありません。適当に書いておきますんで。ていうか、たぶんやるだけ無駄ですよ。正直、私では力不足です」


 江崎は謙遜しているが、その実力はかなりのものだ。夏歩ともいい勝負だったし、能力レベル以上にチカラを発揮していた。

 仮に万全の状態だったなら……いや、それでも夏歩に軍配が上がるか。なんにしても、ゲート解放者に見合う実力者だった。


「んじゃ、午後からは予定どおりってことで――」

「ですね。楽しみにしていますよ」



◇◇◇


 それからしばらく――


 俺は駐屯地へと残り、江崎とふたりで席についた。


 散らかったテーブルは綺麗に片づけられ、撮影用のカメラも撤収されている。周囲は人払いがされ、建設作業の音だけが聞こえている。


「小春さん、かなり渋ってましたね……」

「そうだな。まあ、こっちもいろいろあったんだよ」


 ほかの連中は小学校へと向かい、真治や朱音と打ち合わせをする手筈だ。小春だけは居座っていたが、最後は渋々ながらに同行していった。


『日本への帰還をいつにするのか』

『高校側にも帰れることを伝えるのか』


 朱音たちの意向を聞きつつ、場合によっては高校にも出向く予定だ。


「さて、と。こちらもそろそろ始めましょうか」


 そんな午後からのお題は『ニホ族の現状』と『鬼討伐計画』の2本立て。差し当たっては、ニホ族のことから聞いていく。



 まず、日本で確認されたニホ族は、延べ5千5百人ほどに及ぶ。主に関東から近畿にかけて、全国各地に点在している。


 北の地方へ行くほど減少傾向にあり、東北や北海道では一人たりとも発見されていない。大半の集落は交渉に応じ、日本政府との関係は概ね良好のようだ。


 もちろん反発はあったが、武力による衝突は一度も発生していない。現在は政府の保護下に置かれて、食料などの支援を受けている。


「なあ。もう一度確認するけど、アイツらは無事なんだよな?」

「それはもちろん。彼らとは懇意にしてますよ」


 ジエンたちは予想どおり、ここから南に行った場所で暮らしていた。地理的に言えば、小春たちが拠点としていた小学校と同じ位置関係になる。


 ニホ族唯一の能力者集団として。さらにはモドキ肉の提供元として。政府は頻繁に接触している。実際、江崎本人も面識があるようで、俺たちと暮らしていたことまで知っていた。


「ただ、ちょっとした問題がありましてね」


 そう漏らした江崎は、なぜか得意げな顔で俺を見てくる。


「おい、その顔はなんなんだ? 全然困ってるようには見えんぞ」


 いったいなにが問題だというのか。思わせぶりな態度に痺れを切らし、俺が問いかけようとした矢先――。


「実は交渉が難航してるんです。彼ら、やたらと警戒心が強くて」


 江崎の説明によると、モドキ肉の取引が上手くいってないようだ。具体的には、大猿とハイエナの肉を出し渋っているらしい。


『日本人を強化させれば自分たちの脅威となる』

『アキフミという人物から、日本人を信用するなと助言を受けた』


 と、この2つの主張により、両者の関係は平行線を辿っている。


「あー、そういう……。たしかにそんな感じのことを言ったわ」


 桃子が集落を出ていったとき、ジエンに似たような忠告をした覚えがある。良かれと思って言ったことだが、政府にとっては仇となったようだ。


「最初にあなたと出会ったときは驚きましたよ。すべての元凶はこの人なんだな、と」

「おい待て、元凶ってのは言い過ぎだろ」

「いやぁ、すみません。べつに悪気はないんですよ」


 江崎は謝罪しながらも、ご満悦な笑みを保ったままだ。たしかに元凶かもしれないが……ってまあ、これも冗談を言えるほど打ち解けた証拠か。


「で、俺はどうすればいいんだ? わざわざその話題を出すってことは、なにかさせるつもりなんだろ」

「ええ、御明察です。秋文さんには仲介役をお願いしたく――」


 江崎の話を要約すると、移動の準備が整い次第、ジエンの集落に同行してほしいそうだ。「あなたが出向けば万事解決。みなさん、会いたがってましたよ」と、軽い感じで願い出てきた。


(まあ、とくに断る理由はないか。俺もみんなに会いたいしな)


 政府はモドキ肉が手に入り、俺は旧友との再会を果たせるわけだ。今後の待遇を考慮すれば、ここで恩を売っておくのも悪くない。


 俺はそう判断して、いくつかの条件を付けつつ了承した。

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