第87話 新生活の初日

 小春たちと合流を果たした翌日。


 俺は夜明けとともに目を覚まし、ふかふかの寝床から起き上がる。すぐ近くには小春たち3人の姿もあり、いまも静かに寝息を立てている。


 車内の座席は寝心地がよく、地べたや床で寝るのとは雲泥の差があった。昨日はいつの間に眠ったのか、寝転んで数分もしないうちに意識を持っていかれた。


(やっと日常が戻ってきたな……)


 ここが現代なのかはわからないが、ひとまず仲間との合流は果たせたわけだ。


 川の水はそのまま飲めるし、食料も比較的容易に手に入る。さらには快適な寝床を確保して、それ相応の戦力を所持する集団。近場の鬼を殲滅してしまえば問題なく生きられると思う。


 巨大熊と大猿のことは気になるけれど、今のところ目撃情報はない。魔物が存在する以上、どこかにいるとは思うのだが……。


(まあ、逃げることくらいはできるだろ)



 俺は駅のホームに降り立つと、ベンチに腰掛け、作りたてのかまどに火を入れていく。


 昨日の時点で決まったことは2つ。だれがどの車両を使うのか、それと当面の役割分担だ。基本は2つの班に分かれ、その日の状況によってメンバーの入れ替えをおこなう。


 小春曰く、あまりガチガチに固定するのは良くないらしい。マンネリ化の防止に加え、交流の均等化を狙っているようだ。


 一応、現時点での取り決めは以下のようになっている。


<占有する車両と利用用途について>


 ひとつの車両を部屋に見立て、それぞれの寝床として利用。俺たちが3両目、健吾たちが4両目、明香里たちが5両目を占有する。ちなみに1両目は食糧庫に、2両目は共有スペースに決まった。


 残る6~8両目だが……現状、とくに使い道もないので空き家のまま。たぶんないとは思うけれど、新規メンバーが加入した場合に利用するつもりだ。


<班ごとのメンバーと役割>


 流動的ではあるものの、『偵察班』と『拠点班』の2つに分類。


 偵察班は鬼の監視をメインとして、スーパー周辺の魔物を調査。当然、鬼との戦闘も視野に入れており、それなりの人数を編成してある。ついでに小学校との物々交換、定期的な交流もこの班が担当する。


 一方、拠点班はその名のとおり、拠点の防衛が主軸となる。高校にいる勢力の警戒、来訪者への対応などなど、主に対外交渉を担当する。それに加えて水汲みや薪集め等、生活基盤の維持を担う。



「おっ、ずいぶん早いな。もう起きたのか」


 鍋に火をかけているところに小春が姿を現す。


「ちょっと先輩。早いな、じゃないでしょ。起きるなら声をかけてくださいよ」


 彼女は車両のドアに手をかけながら、寝ぼけまなこを擦る。


「あ、ごめん。そういう約束だったよな」

「そうですよ。またどこかに消えちゃったら……」

「悪かった。次は必ず声をかけるよ」


 昨日、どの話題がキッカケだったか。当面の間、俺の単独行動は制限されることになった。朝起きたら声をかけること。夜は見えるところで寝ること。とくにこの2つは厳命され、必ず守るよう言われていた。


(朝早くに起こすのもアレだし、目の前ならいいと思ったんだが……)


 どうやら近場であろうと関係ないらしい。俺は素直に詫びを入れ、彼女を隣に座らせる。


「それにしても……結局日本は、世界はどうなってるんですかね」


 たき火を見つめたままの小春がボソリとつぶやく。


 彼女の表情から察するに、現状に対する悲壮感というより、純粋な疑問として捉えているようだ。昨日も結構な議論を重ねたけれど、結局は答えが出せずに終わっていた。


「どうなんだろうな。世界はどうか知らんけど、日本はどこも同じじゃないか? さすがにこの地域限定ってことはないだろ」


 スマホは一切機能せず、テレビやラジオもダメとなれば、日本全土が変貌したんだろう。この半年間、海外からの干渉もなさそうだし……地球丸ごと異世界化、なんて可能性すらある。


「そもそもの話、ここは本当に地球なんですかね。異世界だと言われたほうがまだ納得できるんですけど……」

「まあ、たぶん地球だとは思うぞ。観測者もそう言ってたし」


 俺はそう答えたものの、彼女の意見を否定できなかった。


 周りの景色はもちろんのこと、鬼や魔物まで存在する世界。それこそ縄文時代の延長戦と考えるほうが妥当だろう。


「なら消えた人間はどこに? 建物だってほとんど無くなってますよね」


 いつのまにやら眠気は抜けたらしい。小春は俺にすり寄ると、身を寄せながら食い入るように聞いてくる。

 この話題に相当興味があるのか。それともスキンシップのつもりなのか。俺は少し狼狽えつつ、世界の変貌に関する自論を語っていく。


「まずはこの世界のことなんだが――」


 観測者曰く、異世界に転送された者は元の世界に戻されている。とすれば、いま俺たちがいる場所は日本であるはずだ。実際、小春たちが戻ってからの数分間は現代の景色が広がっていた。


 その後、大規模な転移現象が発生。異世界と日本の地形が入れ替わり、そこにいた生物も転送される。その際、異世界経験者だけは取り残され、乗っていた電車やバス、その近隣施設だけが残った。


「てことは、大半の人間は異世界に飛ばされたと……」

「ああ、たぶん俺たちのいた縄文時代にいると思う」


 これといった確証はないものの、それに近い状況だと俺は踏んでいる。いくら超常の存在とはいえ、さすがに全人類を消滅させるとは思えなかった。


「でも、いったいなんのために?」

「そりゃあニホ族を守るためだろ。モドキやツノ族――この世界でいう魔物と鬼の脅威からな。異世界でもソレが目的だったろ?」

「あー、いわゆる隔離措置ってことですか。ってことは、ニホ族も向こうの世界にいると?」

「なんとなくそんな気がしてるよ。……まあ、ほとんどは妄想だけどな」


 惑星丸ごと入替えられるような存在だ。きっとツノ族の進化だって見越していたのだろう。鬼の物理的な排除に踏み切り、それと同時に俺たち能力者をここに残した。


 その理由はもちろん鬼を狩らせるためだ。あるいは鬼の殲滅を条件に、元の世界へ戻れるのかも……なんてことを話していった。


「ん-、結構いい線いってると思うんですけど」


 大方の説明を終えたのだが――、


 小春には異論、というか疑問があるようだ。続く内容を聞いたところ、「学校にいる一般人はなぜ転送されなかったのか」「そもそも、大型の施設ばかり残されたのはなぜなのか」という2点を疑問視していた。


「わたしたちがいた南方面て、ほとんど施設がなかったんですよ。でもこの辺は施設が固まってるし……特定の条件でもあるんでしょうか」

「ああ、それについては目星をつけてある。それこそ小春たちの調査が肝だったよ」


 小春たちの調査とはニホ族関連のことだ。


 南方面の探索によりムンドとアモンの集落跡地を発見。ジエンたちは見つからなかったものの、そこには小学校が存在した。そしてこの場合、両者の違いは『ニホ族が住んでいたかどうか』だと考えられる。


 仮にニホ族が異世界に残っているならば――。


「もしかして……。大型施設がある場所って、ニホ族が住んでた場所とリンクしてるとか?」

「ああ、俺はそう睨んでるよ。駅やバスの例外はあるけどな」


 ニホ族の生息域だけが転送されず、そこと同じ座標にあった施設は残される。結果として、敷地内にいた一般人も巻き込まれたのではないか。

 当然、狩りに出ていたニホ族もいただろうし……民家がチラホラ残っている理由にも結び付く。


「じゃあ、南に施設が少ないのはニホ族がいないから……」

「たぶんそうだと思うぞ。アモンやムンドは合流してるし、俺たちが知る限り、ほかにニホ族はいなかったからな」


 南に鬼がいない理由もしかり。幾度とない襲撃の結果、周りのツノ族を殲滅させたからだろう。


「なるほど、いろいろと合点がいきました。妄想と言うには捨てがたい考察です」

「とはいえ、これが正解だとしても現状は変わらないけどな」


 地図に帰還条件でも書かれていれば別だが……。いまのところ、これと言った決定打がない。唯一残された可能性といえば、鬼と魔物を狩ることくらいか。


 そんな思いもありつつ、今回の鬼討伐に挑むわけだが果たして――。


「まあ、やれることからじっくりいきましょう。今さら焦っても仕方ないですよ」


 小春たちが戻ってからすでに半年が経過している。俺と合流した程度でなにかが変わるわけでもない。いまは生活基盤を整え、日々をどう生きるかを考えるべきだろう。


(差し当たっては朝飯だな……)


 どこに居たって腹は減るようだ。


 しばらくふたりの時間を堪能しつつ、俺たちは朝食の準備に取り掛かっていった。



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