第88話 調査結果

 そんな本日のメニューは亀モドキの肉を使った野菜スープだ。味付けは塩だけとシンプルながら、深みのあるコクと旨味がでており、彩りも鮮やかに仕上っている。


 一方、主食となるのは餅芋のような食感のナンもどきだ。蒸かした芋とバナナもどきを練り込み、平たく形成したものを鉄板で焼いていく。


「うー、いい匂いがするー」「お腹空いたー」


 周囲に漂う甘い匂いで目が覚めたのだろう。夏歩と冬加がフラフラと現われ、それに釣られるようにして、ほかの面子も姿を見せはじめた。


「朝はお待ちかねの亀肉ですよー。ハイエナも焼いてますから先に食べてくださいね」


 小春の声に素早く反応する仲間たち。寝ぼけていたのも束の間、あっという間に着席すると、ハイエナの肉から手を付けはじめる。亀肉のスープも好評のようで、鍋の中身はみるみるうちに消えていった。


「ねえねえお兄さん、このあと湖に行くんでしょ?」


 みんなの腹が満たされた頃、夏歩が果物を頬張りながら口を開く。


「ああ、能力の検証も兼ねてな。ついでに亀肉の補充もしておこう」


 昨日みんなで話し合った結果、全員が亀の能力を取得することに決まった。食後は湖に移動して、亀モドキの効果を検証する予定だ。


「湖にいるヤツ、全部狩っちゃってもいいんだよね?」

「むろんだ。存分にやってくれ」


 今日はすべての予定をキャンセルしている。そのあとは模擬戦をするつもりだし、好きなだけ暴れてくれたらいい。


「んじゃ明香里! どっちがたくさん狩れるか競争ね!」

「っ、おっけー! ほかに参加する人ー!」


 少々浮かれすぎな気もするが……新生活の初日はこうして幕を開けた。




◇◇◇


 それからしばらくして――


 湖に移動した俺たちは、手当たり次第に亀の魔物を狩り尽くしていく。


 ある者は鉄パイプで串刺しに、ある者は素手で首を引きちぎり……。ここへ到着して2時間、生きている魔物は見る影もなくなった。


 湖のほとりに積まれた大量の亀モドキ。魔物狩り競争は夏歩に軍配が上がったものの、ほんとに狩り尽くすとは思わなかった。


(まあべつにいいんだけど……運ぶのに苦労しそうだな)


 午後からは真治も合流しており、実戦さながらの模擬戦を展開中。何組かに別れ、素手の状態で殴り合っていた。一部は暴れているようにしか見えないが……一応は亀の硬質化現象を検証中、のはずだ。


 閑静な湖のほとりに甲高い打撃音が鳴り響く。


「それにしても凄い音だな。金属音とは少し違うが……これはなんて表現すればいいんだ?」


 そう言ったのは健吾だ。俺との組手を済ませ、休憩がてらにみんなの様子を観戦しているところだ。


「そのまんま、亀の甲羅がぶつかり合う音だろ。それが異常に大きいだけだと思うぞ」


 硬質の木がぶつかり合う音、とでも言えばいいだろうか。それを何倍にも大きくした衝撃音が鳴り響いている。


「殴られてもそれほど痛くねぇし、まるで超人にでもなった気分だ」

「あーそれ、めっちゃわかるわ。俺もここまで凄いとは思わなかった」


 皮膚の硬質化は、防御だけでなく攻撃の際にも有効。それこそ本人の意思に関わらず、一定以上の衝撃に自動で反応するようだ。

 すねを蹴ろうが顔面を殴ろうが諸共せず、受けた衝撃はアルマジロ効果で緩和されていた。


 もちろん、常人が喰らえばひとたまりもないだろう。骨折程度で済めばいいが……ヘタすりゃいろんなものが飛び出す威力だ。


「とくにあの5人。あれはもう化け物レベルだろ……」


 言いながら冷ややかな視線を向ける健吾。そこには二組の女性陣がおり、それぞれが凄まじい訓練を繰り広げていた。


 一組は受け身の練習でもしているのか。防御姿勢の小春が立ちふさがり、冬加と昭子を相手にして、殴られ蹴られの応酬を受けきっている。かたやその隣では、夏歩と明香里がガチのバトルを展開中だった。


 その戦闘風景もさることながら、みんな若干の笑みを浮かべ……夏歩や明香里に至っては、狂気混じりの形相を隠そうともしない。たぶん『バーサーカー』とは、ああいう状態を指すのだろう。


 そんなバトル漫画さながらの光景が目の前に広がっている。


「なあ健吾、信じられるか。アイツら、まだ覚醒を残してるんだぜ」

「ああ、並のヤツなら即死だな」

「実際、ツノ族を何人も殺ってるからな。精神面も相当なもんだぞ」


 覚醒状態の彼女らは、おそらく人類最高峰の戦力だ。物理的な強さに加え、精神面においても常人の域を超えている。健吾ではまず勝てないし、俺も複数で襲われたら負けるかもしれない。


「彼女たちと鬼、どっちが強いんだろうな……」

「どうだろうな。いずれにせよ、あの5人は調査班で決まりだ」


 あの様子を見る限り、人型との戦闘に臆することはないだろう。むしろ暴走しないか心配になるほどだった。


「よし、おれも足を引っ張らないように頑張るわ!」


 本気の女性陣に圧倒されつつ、俺たちは日が暮れるまで訓練を続けていった――。



◇◇◇


現代24日目


 駅に拠点を移して1週間――


 俺たちは鬼の調査を進めつつ、毎日のように訓練を続けた。


 仰々しく班分けをしてみたものの、実際、拠点でやることはほとんどない。しいて言うなら水汲みと薪集め、それに飯の支度くらいのものだ。

 野菜は小学校から調達しており、薪は真治が毎朝持ってきてくれる。肉は魔物のほうから寄ってくるし、調査のついでにいくらでも手に入った。


 大した娯楽もなければスローライフという雰囲気でもない。結局、暇を持て余した俺たちは、日々の訓練に明け暮れた。



「さてみんな、食いながらでいいから聞いてくれ」


 そんな今日も探索を終え、昼飯がてらに情報を整理していく。


 ある者は肉を焼きながら。ある者はベンチに腰掛けながら。真治を含めた12人が俺のほうに視線を向ける。


「まずはこれまでに得た鬼の特徴だが――」


 当初18体だった鬼が25体にまで増加。たまたま狩りに出ていたわけじゃなく、周囲から集まってきたのを確認済み。なお、急に増えはじめた理由はわかっていない。


 夜行性の個体はおらず、活動時間は陽の明るい日中のみ。外出の目的は狩りに限られ、その際、必ず2体以上で行動する。多いときで3組、少ないときは1組の鬼が狩りに出る。


 個体によりツノの本数が違い、半数は1本ヅノで、残りは2本ヅノだと判明。唯一、群れのボスと思われる個体のみ、3本の立派なツノを有していた。


 鬼の体格はまちまちで、一番大きな個体が300センチ、小さいのでも200センチ以上はあるようだ。男女の比率は半々で、雌型のほうが少し華奢な体型をしている。


 とはいえ、全身が筋肉の鎧で覆われており、男女ともに衣服は腰に巻いた皮のみ。日焼けをしているものの、肌の色は俺たちと大差ない感じだ。


「あともうひとつ。おそらくだが……ヤツらには念話みたいな能力がある。洋介ならなんとなくわかるだろ?」


 俺は最後にそう付け加え、洋介を見ながら問いかけた。たぶん、ツノ族化を経験した彼なら理解できるだろう。


「あっ、それってもしかしてアレか……」

「ああ、ツノ族の意識共有に近いと思う。鬼に見つかった瞬間、地図に動きがあったんだ」


 今日、外に出ていた鬼は2体のみ。スーパーとも距離が離れていたし、相手の強さを確認するつもりだったんだが……鬼に見つかったと同時、スーパーにいたヤツらが一斉に動き出したんだ。


 歩みは遅いものの、俺たちに向かって一直線に移動を開始。すぐに逃げたから良かったものの、危うく最終決戦が始まるところだった。


「あの様子だと各個撃破は無理そうだ。集団戦は避けられないだろう」

「狙えても外に出ている5~6体が限度ですね。あとは乱戦に持ち込むしかないでしょう」


 とうの昔に覚悟は決まっていたのだろう。全員が小春の言葉に頷き、さも当然と言う顔で俺を見返す。


「明日からは全員でスーパーに向かうぞ。条件が揃い次第、その場で鬼を殲滅する」

「だけど先輩、ここの見張りはいいんですか?」

「べつに構わんだろ。盗まれて困るものはないしな」


 ハイエナの肉は小学校に預ければいいし、ここを占拠されたところで取り返せばいいだけだ。鬼の戦闘力が判らない以上、参加者を削るべきではない。


「わかりました。あとは武器の確認と……。あっ、先輩の覚醒時間も知っておきたいです。ハイエナは毎日食べてますよね?」

「現在の発動時間は6分。そのあと20分で再使用が可能だ。これは前の世界と変わってないよ」

「あー、やっぱ大猿の肉がないとダメですか」

「まあな。でも、覚醒時の能力は強化されてるぞ」


 日本でハイエナ肉を確保して以来、可能な限り肉を食べてきた。前の世界同様、途中で成長は止まったものの、かなりの強化を実感している。


「たしか以前は5~6倍でしたよね。今はどの程度なんですか?」

「あくまで体感になるけど、たぶん8倍……ヘタすりゃ10倍を超えてるかもな」


 筋力や耐久力、跳躍力などはすべて上昇。覚醒時に限定されるが、自分でも恐ろしく感じるほど素早く動ける。と、ここまで聞くと良い事ことばかりなのだが……。その一方で、弊害が出始めているのも事実だった。


『全力の動きに視界が追い付かない』

『覚醒が切れた瞬間、極度の船酔い状態に陥る』


 こんな感じで、動体視力とか三半規管に影響が出ていた。とくに酔いに関しては相当なもので、少なくとも3分程度は立ち上がることすらできなかった。


「でもおじさん、筋力に関しては問題ないんでしょ? この前、亀の甲羅をぶち抜いてたし」

「そうだな。冬加の言うとおり、無理な動きをしなければ問題ない」

「あれはもう反則だよね。アタシたちとは別次元だと思う」


 亀の甲羅はコンクリートよりも硬い。そんなものを砕ける程度には威力を増していた。「今なら巨大熊すら倒せる」と、つい勘違いしてしまいそうな威力だ。


「鬼もそうだけど、おじさんにも注意が必要だよねー」

「そうですね。先輩はボス担当。わたしたちは取り巻きを、って感じでしょうか。そのあたりを考慮して班を編成しましょう」


 そのあとも夕方まで話し合い、人選や配置分けを続けていった。



<第1班>

 秋文、真治、明香里

<第2班>

 小春、健吾、洋介、龍平、大輝

<第3班>

 夏歩、冬加、美鈴、麗奈、昭子

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