第110話 東の高校

 全ての破片が消え失せると、ゲートの先に森が現れた。パッと見た感じ、俺たちの降り立った場所と遜色ない。違うところと言えば、森の密度が薄いくらいか。


 それと少し離れた場所に自衛隊員の姿が見える。事前の打ち合わせどおり、ゲートを捜索しているのだろう。迷彩服姿の男が2人、森の中を巡回していた。


「夏歩、冬加。あの人たちに説明を頼む。龍平と大輝はゲートの護衛な」

「おっけー」「任せてくれっ」


 まさか襲ってこないとは思うが、万が一ということもある。不測の事態に備え、ほかのメンバーにもゲートを監視してもらった。


「ちょ、あの子たち消えちゃったんだけど……」

「問題ない。無事に繋がった証拠だ。これでいつでも帰れるよ」


 呆気に取られている面々に対し、今後の予定を伝えていく。


 壁の向こうは日本であること。一度ゲートを通れば二度と戻れないこと。今後は政府の保護下で生活することなど、朝食時に話した内容を繰り返し確認する。


「たぶん30分もすれば担当者が来るはずだ」

「たしか江崎さんだっけ? その人は信用できるのかしら」

「わからん。俺はいいやつだと思うけどな」

「……自分で判断しろってことね。わかったわ」


 江崎が信用できたとしても、政府がどう動くかは別問題だ。何があったとしても責任を取るつもりはない。「後で恨まれても困る」と重々念を押しておく。


「あとは鬼をどうするかだけど……」


 アナウンスを信じるならば、この地域にいる鬼は48体となる。2つの学校に別れているのか。それとも1か所に纏まっているのか。いずれにせよ、高校を占拠している可能性が高い。


 仮に凛子たちが狩る場合、俺たちは辞退すると伝えてある。共闘するつもりはないし、強引に奪う予定もない。鬼狩りに成功すればおめでとう。失敗したらさようなら。ただそれだけのことだ。


 中には狩りたいやつもいるだろうし、結論を出すのに時間がかかると思っていたのだが……。


「私たちはやめておくわ。ここで死んだら元も子もないし」

「それは総意の判断なのか?」

「ええ、日本に帰れるだけで十分よ。あなたたちに会えて幸運だったわ」

「わかった。なら俺たちはもう行くよ」


 江崎の到着を待ったところで俺たちにできることはない。あとのことは政府に丸投げ。妙な情が移らないうちに、とっとと退散するに限る。


 拠点の使用許可をもらい、みんなに感謝されつつ駅を後にした――。



◇◇◇


 現在、俺たち12人は東に向かって進んでいるところ。


 相変わらず森が続くも、木々の間隔はそれほど狭くない。今の俺たちなら走り抜けることだって可能だろう。


 凛子の情報が確かなら、高校には200人ほどの日本人がいるはずだ。もちろん全滅している可能性はあるし、もっと多くの人が生きて……いや、正直それはないと思っている。


 ここまでの道中、魔物との遭遇率が極端に少なかった。すでに10分以上歩いているが、接敵したのは一度きり。地図に映る1キロメートルの範囲に数匹程度。全くと言っていいほど反応がない。


 凛子に確認を取ったところ、日に日に魔物の数が減っていったらしい。高校のやつらが狩り尽くしたか。それとも魔物の大集団が形成されているのか。おそらくは後者である可能性が高いだろう。


 その後も似たような状況が続き、何のトラブルもなく現地へ到着。木陰から校門を覗くと、おびただしい数の魔物が徘徊していた。


「やはり魔物でしたね。優に500は超えてますよ」


 地図と現地を見比べる昭子。あまりの多さに誤表示を疑っていたが、全然そんなことはなかった。さらに付け加えると、生存者の反応は1つたりともない。


「そうだろうとは思ってたけど、大猿もしっかり居座ってるな」


 校庭の中央付近に金色こんじきの大猿が1匹。体躯は以前と変わらないが、表現しがたい威圧感を覚えた。どこを見ているのだろうか。瞬きもせず、ずっと同じ場所を捉えている。


「なあ、これはさすがにマズいんじゃないか」

「そうですね。早く離れたほうがいいと思います」


 全員が腰を屈めて覗き見るなか、健吾と小春がそう言った。


 あの魔物たちを相手にする意味はない。生存者がいないなら猶更のこと。誰しもがそう理解しているだろう。


「あっ、ちょっと待って! あれヤバいんじゃない?」


 みんなが腰を上げて離れようとしたとき、明香里が静かに声を荒げた。

 彼女の視線は校門の西側。そこには外壁に沿って歩く2匹の親子鹿が――。そのまま門を横切ると、東のほうへと抜けていった。


「ねえ昭子、今の絶対見えてたよね……」

「あれで気づかないのは異常でしょ。絶対に何かあるわね」


 お互い、門を挟んで数メートルの距離。魔物にしても鹿にしても、間違いなく視界に入っているはずだ。にもかかわらず、鹿は何食わぬ顔で通り過ぎ、魔物のほうも完全にスルーを決め込んでいた。


「なあみんな、悪いが先に戻ってくれ。俺、ちょっとだけ調べてくるわ」

「はあ? 絶対やめたほうがいいですって!」

「そうだぞ秋文。いくらお前でもあの数は無理だ」


 俺の迂闊な発言に、小春と健吾が注意を促す。他のやつらも「何言ってんだ」と正気を疑っている。


 正直、なぜそう言ったのか自分でもよくわからない。ただ無性に、今起きた現象を確かめるべきだと感じたんだ。 


 第六感なんて大それたものじゃない。『以前から気になっていた何か』それが晴れるような気がして仕方がなかった。この場で確かめておかないと後悔すると思う。


「頼む。どうしても確かめたいんだ」


 珍しく真剣な俺に何かを感じたのか、みんなは渋々ながらに了承してくれた。結局、地図に映るギリギリの場所で待機することに――。もし魔物にバレた場合、覚醒全開で逃げるつもりだ。


「先輩、早く戻ってくださいよ……」

「ああ。絶対に無茶はしない。すぐに戻る」


 かくして盛大なフラグを立てた俺は、ひとり身を潜めて監視を続けた。


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