第109話 凛子と気のいい仲間たち

「……私は凛子。ここのリーダーを任されているわ」

「うわっ、ほんとに貰っちゃていいの!?」「どーぞどーぞ!」

「秋文だ。朝早くに押しかけて悪いな……」

「おいマジかよ。こんな物までっ」「まだまだたくさんあるからねー」


 通路を挟んで座席に座る両者。お互いシリアスな雰囲気を醸し出すが、ホームから聞こえてくる声がそれを無下にする。


 ここに到着してからわずか3分少々。ホームにいる面々は、持参した土産を前に狂喜乱舞していた。ふと窓の外を見れば、荷物に群がる集団が目に入る。


 新品の服を抱きかかえる女。カップラーメンを手に雄叫びを上げる男。他にも医薬品や調理器具が出てくる度に、大きなどよめきと共に歓声が上がる。


「生存者がいるかもと思ってな。余計なお世話だっただろうか」

「そんなことない……っていうか、私もあっちに混ざりたいわ」


 車内を見渡す限り、日本製品の類はほとんど見当たらない。彼らの様子から察するに、別の車両に置いてあるわけでもなさそうだ。窓越しに見える品々を目で追う凛子。そんな彼女に構わず、俺は話を切り出した。


「なあ凛子さん。ほかの乗客たちは死んだのか?」

「えっ? ごめん、もう1回お願い」

「生存者はこれだけなのか? ほかの乗客はどこへ行ったんだ?」

「あー。あいつらは近くの高校にいるんじゃない?」


 ここから東に1つと西に1つ、20分ほど歩いたところに高校があるそうだ。日本に戻ってすぐ、乗客は2つの派閥を形成。探索班を編成したのち、3日かけて発見したらしい。凛子たち以外は翌日に移動していった。


 東に200人、西に100人。高校があるとは聞いていたが、近寄ることすらしなかったようだ。移住した人数はさておき、高校の位置は江崎の情報と合致する。


「なるほど。向こうからの接触は?」

「ただの一度もないわ。……まあ、来てほしくもないけどね」


 露骨に嫌そうな表情を見せる凛子。何があったか知らないけれど、友好的じゃないことは確かだ。


 ここにいるメンバーは縄文時代を共に過ごした仲間とのこと。他の派閥に混ざることを避け、ずっと駅を拠点に生活していた。


「で、あなたはどうなのよ。別の駅から来たんでしょ?」

「ああ。南に2駅行った所からな。実はさ――」


 ある程度のことは察しているのだろう。転移したのが自分たちだけとは思っていないようだ。今度は俺たちの経緯を伝え、話はゲートを解放した場面に差し掛かる。


「ってわけで、現代へ戻ることができたんだ」

「……嘘、ではなさそうね」

「試してみないとわからんけど、ここから戻ることも可能だと思う」

「そう。私たち、日本に帰れるのね」


 さすがは大所帯を抱えるリーダーだ。こっちの話を冷静に聞き入れ、むやみに取り乱すこともなかった。俺は淡々と話を続け、最後に今日ここへ来た目的を告げた。


「鬼狩りとゲートの解放……。あんたら凄いことやってんのね」

「狩る予定があるなら邪魔はしないが」

「あるわけないでしょ。っていうか、鬼なんて見たこともないわ」


 ちなみに凛子たちは、縄文時代にツノ族と遭遇している。拠点を2回ほど襲撃され、何十体という数を屠ったらしい。能力レベルは5に相当。兎、鹿、猪、アルマジロ、狼、ハイエナを食べたそうだ。


 明確な強さは判らないし、鬼の数にもよるけれど……。25人もいるのだし、人型との戦闘経験もあるんだ。おそらく2本ヅノまでなら狩れるだろう。


「ぶっちゃけ、あとで文句を言われても困るからな。できれば仲間と話し合ってほしい」

「それは構わないけど、ゲートの解放はどうするの? どのみち鬼を狩らないとツノが……」

「いや、実は1本持ってきたんだ。許可があればすぐにでも試せるよ」


 政府へ売約したのは26本。今日のことを見越して1本だけ残してある。この駅へ向かうことは江崎に報告済みだし、今頃現地には自衛隊が待機しているはずだ。


「ならお願いするわ。疑うわけじゃないけど、この目で確かめたいし」

「わかった。いったんみんなの所へ戻ろう」



 諸々を話したところで、まずはゲートの解放を試してみることに。凛子たちが朝食を済ます間に、事の顛末を説明していく。


 帰還できることに歓喜する者。ツノの値段に目の色を変える者。若干ながらも疑いの視線を向ける者。反応は様々だが、思いのほか悪い印象は持たれていないようだ。


 久しぶりの日本食に加え、真新しい服が決め手となったのだろう。ほとんどの人、とくに女性同士はかなり打ち解けている。


 どうやら小春のヤツ、下着を大量に詰め込んできたらしい。女性陣が車内へ消えること数分、満面の笑みを浮かべて戻って来た。


「じゃあ凛子さん。検証を始めるよ」

「ええ。いつでもいいわよ」


 ツノを握って4号車に乗り込むと、すぐさま電車の駆動音が鳴り始めた。車内の電灯が一斉に灯り、空調が勢いよく風を送り出す。ただし、ドアは1つも開いてない。アナウンス板は無言を貫いている。


「小春、一番明るい車両はどれだ?」

「そうですね……。たぶん隣です。3号車だと思います」

「わかった。次はそっちに移動するぞ」


 前回と同じ仕様ならば、一番明るい車両にゲートが開くはずだ。みんなの考察どおりなら、調停者に呼ばれたやつが乗っていたのだろう。他のやつらが3号車に乗り込む最中、俺も連結部を通って車両を移る。


 ――と、その瞬間。線路側のドアが1つ開いて、アナウンス板にメッセージが流れ始めた。


『転送ゲートの解放条件を満たしました』

『この地域一帯の鬼は残り48体です』


「真っ暗な空間……ホントだったのね」

「ああ、前回もこんな感じだったよ」


 それより気になるのはアナウンスの内容だ。ゲートは解放されたようだが、今回は鬼の残数が表示されている。


「なあ小春、前回の内容ってどんなだっけ」

「えっとたしか……『この地域一帯の鬼が殲滅されました。転送ゲートが解放されます』だったと思います」


 鬼を殲滅していない状態でも、ツノさえあれば帰還できるらしい。これが救済措置なのか、それとも調停者の設定ミスなのか。判断に迷うところではあるけれど、今はとりあえず置いておこう。


 凛子たちが息を呑んで見守るなか、今度は真っ黒な壁にツノを吸い込ませた。すると黒い破片がパラパラと崩れ落ち、次第に向こう側の景色が露わになっていく。


「なるほど。これは前回と同じだな」


 どうやら見えてないのは凛子たちだけのようだ。小春を始め、ツノを消費したメンバーは平然とした態度を崩さなかった。




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