第108話 北の駅

現代70日目(集落訪問から2日後)


 昨日、小学校の連中が駐屯地へと移っていった。


 総勢275人の避難は、丸一日かけての大仕事。午前中に子どもと老人を、午後からはそれ以外の人たちを護衛した。


 西のスーパーで手に入れた物資、学校で使っていた機材等々、利用できそうなものは車内へと運び込んだ。おかげでガラ空きだった6~8号車は、たくさんの荷物で溢れ返っている。


 今回の救助手当は3千万弱。1人助ける毎に10万円ほどが支給されている。これが高いか安いかはよくわからないが……。やはりツノの値段に比べると見劣りしてしまう。


 兎にも角にも、最大の功労者は朱音たちである。みんなと話し合った結果、彼女らに全額渡すこととなった。



「みんな、準備はできたか」

「バッチリだよ!」「早く行こー!」


 そんな本日、俺たちは北の駅を目指すことに。早めに朝食を済ませ、夜が明けると同時にホームを後にする。


 今回の目的は『鬼狩り』と『ゲートの解放』。日本へと戻る前にひと稼ぎしてやろうという魂胆だ。上手く事が運べば、生涯金に困ることはないだろう。


(まあ、生存者の救出もあるけどな)


 あくまで自分たちの命が最優先。赤の他人のために命を賭けるつもりはない。「運よく助けられたらいいな」くらいの気持ちで挑む予定だ。


 深い森のなか、先頭を行くのは小春と昭子。そのすぐ後ろに夏歩、冬加、明香里が控えている。洞察力の高い2人には道案内を。夏歩たちには魔物の排除をお願いしている。


 一方、しんがりを務めているのは俺と健吾のおっさん組だ。みんなの視界を邪魔しないよう、高身長の俺たちが最後尾を任された。


「健吾、覚醒にはもう慣れたか」

「おかげさんでな。発動のコツは掴めたよ」


 ジエンの集落から戻ったあの日。健吾、洋介、麗奈、美鈴の4人は大猿の能力を取得。全員が覚醒することに成功して、晴れてレベル7の能力者となっている。


 それに健吾は俺同様、ハイエナの肉が大の好物。覚醒時間は徐々に延び、覚醒時の能力が上昇していくだろう。能力枠が増え次第、巨大熊の探知能力を取得する予定だ。


「そういや秋文。おまえもまた食い始めたんだろ?」

「もちろんだ。毎日欠かさず食ってるぞ」

「そうか。発動時間が延びるといいな」


 ジエンから大猿肉をもらったのは2日前のこと。さすがに体感できるほどではないが、覚醒時間はまだ延びると思っている。成長限界を知るためにも継続して食べるつもりだ。



 無人の小学校を経由して、ひたすら北に向かう一行。魔物を狩り尽くした範囲から外れると、チラホラと遭遇するようになった。


 とは言っても、せいぜい数十分に一度程度か。残念ながら新種は見つからず、襲ってくる魔物を排除しながら順調に進んでいく。


 そんななか、変化が現れたのは2時間ほど過ぎた頃だった。


 もう間もなく駅に到着するだろう。そんな場所を境にして、魔物の反応がパタリと途絶えたのだ。地図にも表示されないし、俺の探知にもこれといった反応はない。


 駅にいる生存者が狩り尽くしたのか。近くの施設に魔物が集まっているのか。いずれのケースだとしても、それなりの注意が必要だ。


「みんな止まって。前方に人の反応があります」


 それから10分ほど歩いただろうか。昭子の地図に黄色い点が映り込む。25個の点が一か所に集まり、その半数はゆっくりと動いている。駅かどうかは不明だが、複数の人間がいることは確かだ。


「先輩、隊列を組み直しましょう」

「わかった。健吾、しんがりは任せるぞ」


 生存者がいるパターンはもちろん想定済み。交渉役の俺が先頭に立ち、そのすぐ後ろに小春と昭子が控える。


 さらに近づいてみるものの、相手側に目立った動きはない。森の切れ目からは、すでに駅のホームが見えている。どうやら地図を持っているやつはいないようだ。少なくとも、こちらに気づいている様子はなかった。


 駅の規模は俺たちの拠点とほぼ同等。停車中の電車は6両編成。ただし電気は付いておらず、ゲートの解放は未達成だと思われる。


 地図と見比べたところ、ホーム上に10人、ほかは全員、車両内にいるようだ。どうやら朝食の支度をしているらしい。肉の焼ける匂いがここまで漂っている。


「みなさん、服がボロボロですね」

「その割に顔色は良さそうだな」


 たしかに薄汚れた格好をしているけれど、悲壮感漂う雰囲気には見えなかった。男女ともに笑顔を振りまき、ときおり笑い声が聞こえてくる。女性陣の肌つやは良く、髭面の男は一人もいない。


「じゃあみんな。いざというときは頼むぞ」


 森を抜け、線路伝いに歩いて行くと――。


 ホームまで20メートルというところで、スーツ姿のおっさんがこちらの存在に気づく。驚きと不安が混ざったような表情。肉を焼く手がピタリと止まり、持っていた箸を落とした。


「朝早くに申しわけない! 少しお邪魔してもいいだろうかっ」


 俺の大声に反応して、ホームにいた連中が一斉に振り向く。と、それほど間を置かず、車内にいたやつらが飛び出してくる。


 集団の男女比は半々といったところ。年齢層は20代から50代と幅広く見える。余程自信があるのか、あるいは慌てたせいなのか。誰一人として武器の類を所持していない。


 俺たちはその場に武器を置き、争う意思がないことをアピールする。そのまま相手の返答を待っていると、若い女性が人ごみをかき分けて前に出てきた。


 見た目は30歳前後。長い黒髪を後ろに束ね、ボロボロのパーカーにジーンズという出で立ちをしている。凛とした感じの美女からは、少し気の強そうな印象を受けた。


「どうぞ上がって。武器も持ったままでいいわよ」

「……そうか。じゃあ遠慮なく」 


 余裕の態度を崩さないパーカーの女性。その理由はわからないが、とりあえず許可は下りたらしい。俺たちがホームへ上がると、彼女は俺に目配せをして車内へと入っていく。


「先輩、気をつけてくださいね」

「ああ。こっちのことは任せたぞ」


 代表者同士、1対1で話し合うつもりなのだろう。持ってきた荷物を小春に預けて彼女のあとを追った。



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