第54話 地図の性能
洋介が元に戻った翌日――、
昨日定めた方針のとおり、総勢79人による大規模開拓がはじまった。
過ぎてみれば早いもので、縄文時代に転移してから、実に50日の月日が流れていた。
====================
『集落の整備』ジエンと小春ほか48名
・防壁の拡張と住居の増築
『食糧の調達』エドと夏歩ほか6名
・周辺の森にて狩猟と採取
『塩の生産』ムンドと冬加ほか10名
・南の海にて塩の生産と漁業
『周辺の探索』アモンと健吾ほか6名
・ハイエナ探しと大猿の生息域調査
====================
朝食後、各班が出かけていくのを見送ったあと、俺も小春たちに混ざって集落の拡張工事を開始。現存する防壁から20メートルほど外側に、もうひとつの防壁を建設する予定だ。
元々囲っていた区画を居住区のまま残し、新たに囲ったスペースに住居と畑を増設。それこそ火矢でも使ってこない限りは、内側の区画まで届かないだろう。
将来的には川の水を引き込むつもりだし、消火作業も多少は
これまで続けてきた伐採により、西の森はかなり開けている。切り株はまだ残っているが、それはおいおい手をつければいい。とにかく囲うことを優先して作業に取り掛かった。
西の森へ移動すると、開拓班のリーダーであるジエンが声をかけてきた。すぐ近くには小春もいて、ときおり地図を見ながら伐採作業に勤しんでいる。
「なあアキフミ、出入口は増やさなくていいのか? 昨日の説明によると、元々ある1か所だけだったが……」
「ああ、むやみに侵入経路を増やしたくないんだ。夜の警備にも人数をとられるからな」
外敵からの侵入を考慮した場合、入り口は少ないほうがいいだろう。「堅牢な門扉を作れたら」と話し合ったが……材料の加工や強度の面で断念した。結局は外側の防壁に1か所、内側には2か所の出入口を設置することになった。
「なるほど、では防壁の高さはどうだ? ヤツら、丸太を使って侵入してきたが……今までと同じ高さで大丈夫なのか?」
防壁の高さは、前回と同じ3メートルほどを予定していた。ただ、これは見かけの高さであって、地中に埋まる部分を入れたら4メートル近くになる。
使用する木材の量や強度の問題、完成までの日程を考慮すると、これくらいの高さが限度だと説明した。
「それに敷地が広がるからな。木材は敷地内に保管できるし、相手に利用されることはないよ」
今回は物見やぐらのほか、投石用の足場も作る予定だ。敵が現地で伐採をはじめれば、それこそ格好の的になるだろう。
「まあ、木材は全然足りてないからな。しばらく保管する余裕なんてなさそうだ」
「ふむ、ならばオレも手伝ってこよう。チカラを得た今なら造作もない」
「あまり張り切ると斧が壊れるぞ」と、森へ向かうジエンを見送った。
ちなみに現在のところ、集落にある丸太の在庫は約500本。どれも太めの木を選定しており、長さも4メートルほどに揃えている。防壁の拡張に備えて、伐採を続けてきた成果がようやく実を結んだ。
とはいえ、今回の改築はとにかく規模がデカい。集落の面積は今の3倍、防壁の外周に至っては250メートル以上にも及ぶ。すべてが完成するのはかなり先のことになるだろう。
◇◇◇
その日の午後、昼食を済ませた俺は、冬加たちのいる南の海へと向かっていた。
緊急時の予行演習も兼ね、地図を広げながらの全力疾走。青と黄色の点に向かって川沿いをひた走る。
(そういえば、健吾たちの点は黄色のままだよな。青色に変わる基準はなんなんだ?)
小春と夏歩の場合、地図が進化したときにはすでに青色だった。冬加にしても、ジエンの集落に来たと同時、黄色から青に変化している。
両者ともに『仲間になった』、もしくは『パーティーになった』という認識でいたが……健吾たちは合流したあとも、ずっと黄色のまま変化がない。
(お互いの信頼度が足りない? いや、そんな曖昧な基準とは思えないし……ダメだ、よくわからん)
地図に映っているなら支障はないのだけれど、なんとなくモヤっとした気分になる。
ちなみに洋介の色についてだが……ツノが消えた段階で、桃色から黄色へと変化している。意識が戻ったことに加え、地図の色が変わったのも、ツノ族化が解除された証明となるだろう。
結局、集落を出てから3分もしないうちに現地へ。
目の前には海が広がり、ニホ族たちの姿も確認できた。男は浅瀬で槍を構え、女は波打ち際で貝を拾ったり、魚を捌いたりしている。
「おっ、やっぱおじさんだった! さっそく来てくれたんだね!」
おそらく地図を見ていたのだろう。塩の採取をしていた冬加が近寄ってくる。彼女は地図の監視を兼ねているので、定位置で可能な作業……たき火の番を任されている。
「おつかれ冬加、ここは問題ないみたいだな」
「うん、海辺はモドキも少ないしさ。ぶっちゃけここが一番安全だよ」
ふたりでたき火のある場所へと向かうと、そこにはいくつもの土器が並んでいた。どれもグツグツと音を立て、壺の中で海水が踊っている。
地味な作業ではあるのだけれど、これが意外と目を離せない。海水や薪の補充もそうだし、火力の調整も必要なのだ。
「あれ? そういえばムンドはどこにいるんだ? 漁が得意とか言ってたけど、どこにもいないような……」
浜辺はもちろんのこと、海を見渡しても姿がない。遠くの岩場に行ってるのかと思ったが……どうやらそれも違うらしい。冬加が沖のほうを指さしながら教えてくれる。
「ムンドさんなら……ほらアレ、頭だけチラッと見えるでしょ?」
「うわっ、あんな遠くまで行って大丈夫なのか?」
浜辺から50メートル、ってのは言い過ぎかもしれないが……ひとりだけ遥か彼方に浮かんでいた。
「ん-、午前中もずっとあんな感じだったよ? あそこでナギさんが捌いてる魚、あの大物もムンドさんが獲ってきたヤツだし」
「マジかよ、ムンドってすごいんだな。言っちゃ悪いがあの見た目で……って、それは関係ないよな、すまん」
恰幅のいい体型からは想像もできないが……凄腕のハンターであることは間違いなかった。素潜りが得意なのもそうだし、体力面においても優秀な人物だった。
「あっ、そうだおじさん。ひとつ報告があるんだった」
沖のほうに目を向けていると、正面にいた冬加が、思い出したように切り出す。声に反応して視線を戻すと――彼女は自分の地図を丸めて、ニヤつきながら俺を見ていた。
「報告? 地図に変化でもあ、っておい! なにやってんだ馬鹿!」
そう返す途中で、自分の地図をたき火の中に突っ込みやがった。
だが、冬加は相変わらず笑顔のままだ。ドヤ顔を見せつけながら、俺の慌てふためく様を楽しんでいるようだった。
「おじさんよく見て? これって大発見じゃない?」
たき火から戻した地図を広げて、俺に見せてくる冬加。彼女の手には、なぜか焦げ目ひとつない地図があった。
「おい、どうなって!? いま、たしかに火の中へ……」
「ふふん、実は午前中にさ――」
いまだ困惑している俺をよそに、得意げな表情の冬加は、自ら体験談を語りだした。
事件は今日の午前中のこと。たき火の前で作業中に、うっかり地図を落としてしまったらしい。
ヒラヒラと揺れ落ちた地図は、そのまま火の中へとダイブ。ヤバいと思いつつも、驚きのあまり硬直していたんだと。
しかし、地図はいつまで経っても燃えないまま。どころか、回収した直後にも関わらず、まったく熱を感じなかった。
「海水にも浸してみたんだけどさ。少しも濡れなかったんだよねー」
「完全耐熱、完全防水ってことか?」
「うんうん。ついでに言うと、破ることもできないみたい」
試しに端のほうを千切ってみるも、シワはできても切れ目すら入らない。さすがに燃やす勇気はないが、目の前で見た以上は確かなのだろう。
「これ、服の中に入れとくのもアリだな……。槍とか矢も防げるんじゃないか?」
「もっと大きくなるんだったら、テントにもできそうだねー」
冬加の機転(うっかり)が冴えわたり、新たな事実が判明した瞬間だった――。
(もっと早く気づけよ! なんてツッコミは甘んじて受けたいところだ)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます