第55話 大猿討伐に向けて

 集落の改築が始まってから3日後――


 朝食を食べ終えたみんなが、各々の作業に出かけていったあとのことだった。


 捕虜にしていた3名。ツノ族の男と、元日本人の男女に異変が起こる。

 

 元々その兆候はあったのだが……徐々に黒ずんでいたツノが炭化して、ついには根元から崩れ落ちたのだ。それと同時に命が尽き、3人共ども返らぬ人となった。


 ここに捕らえてからの7日間。最後まで苦しむ様子はなかったが、どう言い繕っても言いわけにしかならない。捕虜にしたのは自分たちだし、こういう結末に至ることも想定していた。


 元に戻せなかったのは残念だが、いまさら後悔の念など抱くはずもなかった。


 一部始終を見ていた俺は、広場に集まったみんなに対して淡々と説明をしていく。外出班も地図の変化に気づき、すでに集落へと引き返している。


 結果として、この件で推測できたことは以下の2点。


『ツノ族は内臓の摂取を絶ってから7日で死亡すること』

『ツノ族化を戻すには前提条件が必要なこと』


 とくに後者については、内臓の摂取回数がカギとなるだろう。


 元に戻った洋介は一度しか食べておらず、ツノの長さもかなり短かった。それに比べて残りの2人は、ツノの長さから見て、複数回食べていたと予想できる。


 ただし、何度目の摂取まで大丈夫なのか。はたまた摂取回数ではなく、食べた総量に起因するのか。これについては不明なままだった。


「洋介は運が良かった……ってことなんだろうな」


 多くの日本人が集まるなか、健吾が俺を見ながら語りはじめる。


「それこそ捕まった当日でもない限り、助けることは不可能……そうだろ秋文?」

「ああ、そのとおりだ。それに襲ってくるヤツらを相手に、ツノの長さを選別してる余裕はない」

「そうだな、おれたちも覚悟を決めるしかないだろうな」


 オレの意見に同調した健吾は、周りにいる仲間を見渡している。


 これは現実を受け止めさせると同時、俺たちへの不和を抱かないよう釘を刺したのだろう。どことなく演技めいており、話を振ってきたタイミングも絶妙すぎた。


 案の定、周りのほとんどは頷いていたし、そうでない者も、真剣な顔つきで健吾を見返していた。


(まあ、こう言っちゃ悪いが……ある意味、最善の結果になったな。健吾たちの集団も、この事実を認めざるを得ない)


 ツノの長さを見ることで、救助できるかの判別が可能となったわけだ。納得はできずとも、見捨てることへの免罪符にはなるだろう。



◇◇◇


 結局、午前中の外作業は中止となって、ニホ族たちは防壁の建設に取り掛かった。


 この場には日本人だけが残っており、この3日間の成果を伝えあっているところだった。各自の報告に区切りついたところで、健吾が俺を見ながら話しかけてくる。


「なあ秋文、大猿の討伐はいつ頃を予定してるんだ?」


 調査を担当している身としては、決行の時期が気になるのだろう。ちょうどいい機会なので、自分の見解を皆に伝えることにした。


「本来であれば、防壁の完成後に狩りたいところなんだが……ひとつ、気になることがあってな」

「気になることって……もしかして帰還条件のことか?」


 俺は深く頷いたあと、みんなに詳しい事情を説明していく――。


 今から1週間前、帰還条件のひとつである『大猿を倒せ』の項目が達成された。この時代に来てから30日目に1匹目が――そして2匹目は46日目に倒されている。


 これについては周知の事実であり、地図に『2/2』と表示されていることも共有済みだ。


 ただここで問題となるのは『誰が倒したのか』ってこと。それすなわち、『大猿を倒せるほどの実力者が存在する』ということに他ならない。


 ソイツらが味方、もしくは中立であれば良いが……敵対する勢力だとしたら非常にマズい。


「なるほど、戦力アップのために討伐を早めたいんだな?」

「ああ、大猿の肉がどんな効果なのか。そもそも肉が手に入るのか。それも含めて、早めに検証しておきたい」


 相手が人間のままだろうが、それこそツノ族化していようが……今の自分たちでは太刀打ちできない。そう付け加えて説明を終えた。


「おい秋文、ちょっと待ってくれよ。肉が手に入るかってのはどういう意味なんだ? 大猿だって生き物なんだし、倒せば当然手に入るだろ?」

「あーすまん。そうかもしれないってだけで、大した根拠はないんだ。前にも話したけど、大猿の動きってさ――」


 固定した標的を狙い続けることや、標的を切り替えるときに妙なラグがあることなど……動きの随所に行動が垣間見える。


 モドキとは別種の生物ではないのか。それこそファンタジーに出てくる魔物なんじゃないか。もしかすると「ゲームみたいに死体が消えたり、ドロップアイテムがでたりするんじゃ?」と、小春たちと話していた妄想を伝えていった。


「マジかよ。おれにはよくわからんけど、そういうこともあるのか……」


 健吾は真剣な表情で答え、周りにいる半数は疑問符を浮かべていた。逆に残りの半分は「なるほど」と頷きながら納得している。


「なあ秋文、たとえばだけど……どんなアイテムを落とすんだ?」

「いやいや、だから妄想だってば。そういう可能性もあるのかな? くらいの話だし、あまり真剣に返されても困るぞ……」

「そうなのか。ちょっと興味が湧いてきたんだが?」


 小春たちとは盛り上がっていたネタも、真面目に返されると気恥ずかしい気分になる。

 健吾の仲間内にも、その手のことに詳しいヤツがいるようだ。解説はそっちに任せて、話を締めくくることにした。


「まあなんせよ、このまま大猿の調査を続けてほしい。もちろんハイエナ探しを優先してくれて構わないからな」

「わかった、そこは俺たちに任せてくれ」


『大猿の巡回ルートに規則性はあるのか』

『戦いやすそうな広場を経由するのか』


 この2つを主軸に置きつつ調査を継続する予定だ。



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