第53話 ツノ族化の解除
洋介のいる住居に移動すると、入り口を取り囲うように人だかりができていた。
すでに仲間の無事を確認したのだろう。多くの日本人が集まっており、喜びの表情を露わにしている。健吾の姿が見えるや否や、彼に駆け寄って騒ぎだす。
そんな喜ばしい光景を目にしながら、となりを歩くジエンに声をかける。
「ジエン、洋介を外へ出そうと思うが……かまわないだろうか?」
「かまわんぞ。皆も様子が気になるだろうからな」
「じゃあ煮炊き場へ連れていくよ。エド、悪いけど一緒に来てくれ。急に暴れ出しても困るし、手伝って欲しいんだ」
エドとふたりで中に入ると、それまで俯いていた洋介が顔をあげる。思いのほか顔色は良く、申し訳なさそうに笑みを浮かべていた。報告にあったとおり、ツノは見る影もなく消えている。
ほかの捕虜たちを尻目に、洋介の目の前にきたところで膝をつく。付け加えておくと、ここに捕らえている4人とも、木の柱に縛って拘束している状態だ。
「洋介、俺のことを覚えてるか?」
「ああ、秋文には……いや、ニホ族の人たちには迷惑をかけた。どうしようもなかったとはいえ、本当に申しわけない」
「あまり気にするな。とにかく元に戻れて良かったよ」
意識が戻っただけでなく、会話もずいぶんと流暢だった。これだけ冷静に話せるのであれば、外へ連れ出しても問題ないだろう。みんなが待っていることを伝え、肩を貸しながら煮炊き場へ向かう。
途中で健吾が合流し、洋介に謝罪の言葉をかけながら広場へ――。ちょうど昼前ということもあり、煮炊き場には集落の大半が集まっていた。
「ジエン、待たせたな。さっそく事情を聞こうと思うが……俺が主導しても問題ないか?」
黙って頷き返すジエンは、洋介の真正面に座っている。暴れ出したときに備え、俺とエドのふたりが洋介の両隣に陣取る。
「洋介もそれでいいか?」
「ああ、なんでも聞いてくれ」
みんなの視線が洋介に――彼の額に集まるなか、事情聴取がはじまった。
事の発端は3日前、洞窟の北で狼モドキを狩っていたとき。3匹を相手にしている途中で、南の方面から7匹の群れが現れる。
もちろん警戒はしていたが、誰ひとり気づかなかったらしい。そこで5人のうち2人がやられ、やむなく手薄だった北方面へ逃亡。ツノ族の集団と狼の群れに挟まれた。
ちなみに洋介たち5人の進化値は3で、狩場から北方面は未開放だったらしい。「地図の開放を優先していれば」と、悔しそうに語った。
「まさかツノ族と出くわすなんて……いや、これもただの言いわけか」
ツノ族の集団を相手にするよりマシだと、狼の群れに突っ込んだが……結局は残りの2人も死んで、洋介自身も逃げ切れずに捕まった。
「それで洋介、捕まったあとのことは覚えているのか?」
仲間を失ったことには同情するが……正直、重要なのはそこじゃない。後悔はあとまわしにして、その後の状況を聞き出す。
「あ、ああ。おぼろげながらに記憶している。おれはあのあと――」
内臓を無理やり食わされた瞬間に気を失い、気づいたときにはツノ族として目覚める。
思考に霞がかかった感じで、ニホ族や日本人のことを『敵』だと認識していた。ツノ族の発する言語も理解しており、なんの疑問も持たずに従属していたんだと。
自分が持っていた地図を使って、健吾たちのあとを追ってきたらしい。自ら先導していた記憶がわずかに残っているという。
「なんていうか、ツノ族たちの考えが頭に響いてくるんだ。記憶とか思念を共有してる感覚だった」
ヤツらの種族特性なのだろうか。同じ場所にいたツノ族だけでなく、別の集団ともコンタクトをとれるようだ。
「なるほど、それがホントなら厄介だな……。ちなみにだけど、その思念てヤツは今も届いてるのか?」
「いや、今はまったく感じないし、意識も元どおり……だと思いたい」
さっきまで感じていた思念も、ツノが消滅したと同時にプツリと途絶える。頭のモヤモヤがとれて、ものすごい空腹感に襲われたらしい。
「空腹感……。でも洋介、この3日間はなにも食べなかっただろ? 腹は減らなかったのか?」
「ああ。空腹感どころか、食べるという行為すら忘れていた。食事を出されたのは覚えているが、それが食事だとは認識してなかった」
たしかに、ほかに捕らえたヤツらも、食事にはいっさい手をつけていない。食べさせようとしても、一向に口を開かなかった。
「じゃあ洋介、モドキの内臓はどうなんだ? アレをもっと食べたいとか思わなかったか?」
「んー、おれはそうでもなかったような……。あ、でもヤツらは食ってたぞ。おれたちが襲われた狼モドキを――」
純粋なツノ族はもちろん、ツノ族化した日本人たちも、その場で解体したモドキを内臓だけ食ったらしい。
「っ、思い出した! あのとき内臓を食った連中、ツノが少しだけ伸びてたぞ」
「マジかよ。それって全員が? それとも元日本人だけか?」
「……たぶん、日本人だけだったと思う。けど間違ってたらすまん」
「いや、じゅうぶんだ。なんとなく仕組みが分かってきたぞ」
・初めて内臓を食べた場合、未発達ながらもツノ族化すること
・内臓を食べれば食べるほど、ツノ族化が進んでしまうこと
・内臓を食べた総量、もしくは摂取回数、これが一定量を超えると後戻りできないのではないか
そうみんなに伝えると、俺の後ろにいた小春が疑問を投げてきた。
「先輩、最後のは少々飛躍し過ぎでは? 最初の2つはまだわかりますけど……」
「まあな。でも近いうちに判明するだろ?」
最初に捕らえた2人の日本人、彼らのツノも日に日に短くなっている。
上手くいけば戻るかもしれないし、そうでなくとも、ある程度の線引きはできる。洋介が元に戻った以上、彼らが助かる可能性だって残されている。
「でもだとしたら……。いえ、そうかもしれませんね。それで、洋介さんの処遇はどうするおつもりで?」
なにかを言いかけた小春は、言葉を飲み込んで言い直した。俺は少し気になりながらも答えを返す。
「洋介には悪いが、しばらくは拘束させてもらう。健吾たちも不満だろうが……できれば気を悪くしないでくれ」
洋介が頷くのを確認したあと、健吾たちのほうへ目を向ける。と、露骨な嫌悪を見せる者はなく、大半の男女は頷いていた。
「秋文、おれたちは世話になる身なんだ。洋介が戻っただけでも御の字だし、あとは集落の決定に従おう」
健吾がそう答えたのち、最終的な判断をジエンに委ねる。
結果、洋介にはしばらく監視をつけることになり、簡素ながらも拘束は続けることに決まった。
その日の晩――、
俺と小春たち3人は、囲炉裏を囲んで、とある問題について話し合っていた。
『今後、襲ってきた日本人をどうすべきか』
『すべてを捕まえて助ける必要はあるのか』
この2つを題材にして意見を交わしているところだ。さきほどの話し合いで、小春が言いかけてやめた話題もコレに繋がる。
「そりゃあ、助けるに越したことはないですよ? でも、それを前提で動くのは危険です。すべてを捕らえるなんて、現実的にも不可能です」
洋介だけならまだしも、ほかの人も元に戻った場合、今後の対処に「捕まえて元に戻す」という選択肢がでてくる。否、でてきてしまう。
「ハッキリ言って、わたしたちは今さらでしょう。すでに何人も手にかけていますし、後戻りはできません」
小春の発言に対し、俺はもちろんのこと、夏歩や冬加も頷いて同意する。今さら日本での倫理観を持ち出すつもりはなく、割り切った考えを持っていた。
「けど、健吾さんたちはどうでしょうか。迷う人もいるでしょうし、反発する人だって出てくるかもしれません」
さっきはソレを恐れて言い留めたらしい。「すでに気づいている人もいるだろうけど」と小春は付け加えていた。
「でもさ、そこは割り切ってもらうしかなくない? 健吾さんも、集落のルールに従うって言ってたし」
「うん、あくまで集落の防衛が最優先でしょ。全員助けるなんて無理」
冬加の言葉に続いて、夏歩もハッキリと言い切った。
小春が懸念しているのは、俺たちと健吾たちの対立だ。こっちがどう考えようと、彼らの思い次第で成立してしまうだろう。
「まあアレだ。そのときは出ていってもらうしかない。俺たちにそんな権限はないけど、ハッキリ言って邪魔だ」
ジエンたちに迷惑をかける、なんて建前上の話ではない。ただ単に、俺たちにとって不利益となるからだ。
「とにかく、しばらくは様子を見よう。捕まえたヤツが元に戻るかは不明だし、互いに折り合うこともあるだろう」
ずいぶんと上からの物言い、身勝手な言い草なのは承知している。が、それを踏まえてなお、妥協するつもりはなかった。
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