第97話 2番目のゲート解放者
物々しくはあるものの、こちらに敵対する意思は感じない。少なくとも、銃火器のたぐいは所持していないようだ。
ゲートを見ても驚かず、平然とした態度で待機している。健吾がみんなを連れてきた頃、相手は荷ほどきをはじめていた。
「先輩、この荷物って……」
「ああ、まるでこちらの事情を知ってるみたいだ」
荷の中にはペットボトルや携帯食料、それに加えて衣服なども入っている。しかもわざわざ、こちらへ見えるように置き広げた。
「すでに帰還した人がいるのかも。いくらなんでも段取りが良すぎです」
「まあ、8か月以上は経ってるしな。そうだったとしてもおかしくない」
俺たちがゲートから出てきたこと。自分たちがゲート越しに見られていること。ともすれば、異世界の事情すら知っているのだろう。
センサーの設置や物資の支援をはじめ、あまりにも手際が良すぎる。前例でもない限り、これほど迅速な対応は不可能だ。
「それで、どうします? こっちを待ってるみたいですけど……」
「もちろん接触するぞ。とりあえず俺が話してくるわ」
荷ほどきを終えた集団は、少し後方に下がって待機中。どうやら立ち去る気はないようで、その場を動こうとしない。全員が直立不動のまま、ジッとゲートを見つめている。
全員で乗り込む案も出たが、まずは俺ひとりで対応することに。
森に伏兵が潜んでいたり、速攻で拘束されたりと、相手が敵対者である可能性もゼロではない。地図が使用できない以上、嗅覚強化を使える俺が適任だと決まった。
(まあ最悪、ゲートへ逃げ込むくらいはできるだろ)
いずれにせよ、待たせすぎるのは良くない。意図はともかく、相手は支援の意思を示してくれたんだ。こっちもそれなりの対応をすべきだろう。
俺は覚醒状態になり、手ぶらの状態でゲートをくぐった――。
◇◇◇
「どうもはじめまして」
「突然の訪問、失礼します」
俺が姿を現すと、すぐに作業服の男女が歩み寄ってきた。
ふたりとも、見た目は20代後半ってところか。胸の部分には『防衛省』の文字がプリントされていた。
おそらくは覚醒のことを知っているのだろう。俺の赤く光る目を見ても、さほど驚いているようには見えない。口調にも淀みがなく、視線を外すこともなかった。
そんな一方で、迷彩服の人たちは真逆の態度をとっている。明らかに動揺しており、大半の人は目を見開いていた。
(普通は逆だと思うんだが……まあ、いいか。とりあえず伏兵の線は消えたしな)
周囲の探知を続けながら、相手の自己紹介に耳を傾ける。
彼らの弁によると、今日は失踪者の支援目的で現れたらしい。後ろに控える人たちは自衛隊員なのだと説明を受ける。嘘か真か、俺たちは2番目のゲート解放者だと言っていた。
「ご丁寧にどうも。私は縄城と言います。どこまでご存じなのかは知りませんが……私たちは異世界を漂流していました」
「はい、概ねの状況は把握しています。本日は現状の説明に参りました」
「なるほど、保護ではなく説明ですか」
てっきり保護、もしくは拘束されると思ったんだが……返ってきた答えは予想と違うものだった。たしかに説明は大事だろうけど、普通は身柄の確保が先だろう。
なにか理由があると思い、保護しない訳を問い直してみたところ――。
「いきなり保護すると言われても、当然、警戒をなさるでしょう。まずは状況を知っていただき、対話が可能な状態にしたいのです」
「対話……ですか?」
「ええ、実は前回の接触時に食い違いがありまして。それについてもこのあとご説明します」
たぶん、拘束を恐れた帰還者たちが政府と揉めたんだろう。
武力衝突でも起こしたのか、ゲート内に引きこもってしまったのか。いずれにせよ、前回の失敗を踏まえての対応みたいだ。
「わかりました。では現状について教えてください」
ちょうど覚醒が切れたタイミングで、A4サイズの冊子を渡される。
「順を追って説明しますので、ご質問があればなんなりとどうぞ」
30ページ程度の資料には、事の顛末や現状についてが詳しく載っているらしい。ちなみにタイトルには『転移失踪事件に関する経過報告』と記載してあった。
ページをめくって目次を見ると――、
『8か月前に起こった集団失踪事件』
『ニホ族と呼ばれる縄文人の出現』
『別世界から帰還した失踪者たち』
などなど、ほかにも知りたかった情報が数多く並んでいる。
日本政府の対応や海外の状況など、すべてを鵜呑みにするわけじゃないが……まあ、大半のことは事実なのだろう。どの内容も筋が通っており、大きな矛盾点は見当たらない。
ときおり質問を交えつつ、それから1時間ほどかけて説明を受けていった。
「それではまた1週間後にお伺いします。明日からの工事の件、よろしくお願いします」
「わかりました。なにかあれば連絡します」
次回の約束を取り付けたあと、相手はすんなりと帰っていく。この場には大量の物資と無線機が残され、見張り役も置かずに消えていった。
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