第98話 日本の現状

「なるほど、現代の品物は持ち帰れないんですね」

「ああ。このあたりの制限についても詳しく知っていたぞ」


 政府が去ってからしばらく、俺は仲間を呼びよせたあと、政府が提供した資料を配っていった。せっかく貰った物資だったが、車内に持ち込むことはできず、資料もこの場で読むしかない状態だ。


「ねえお兄さん、この食料って食べても大丈夫かな」

「夏歩……おまえそれ、わかって言ってるだろ。やめておけ」


 幸いなことに、スーパーで手に入れた物資はまだたくさんある。無駄なリスクを冒してまで手を付けるべきではない。

 彼女もそれを理解した上での発言なんだろう。手に取るフリをするだけで、最初から食べるつもりはないようだ。


「とにかく資料に目を通してくれ。そのあと俺が聞いた話を伝えるよ」


 そう言いながら、自分も知り得た情報を整理していく。



<俺たちが経験した異世界転移について>


 お試しの世界で過ごした7日間や、縄文時代で暮らした4か月の間、現代の時間は1秒たりとも進んでいなかった。転移に巻き込まれた当事者以外、異世界に飛ばされたことを認識すらしていない。


 小春たちが帰還したのは真冬の日本で、事件が起こったのはそれから数分後のことになる。



<集団失踪事件について>


 今から約8か月前、正月明けの某日に事件が起きた。全国各地の駅やバス、学校や大型店舗などの施設が次々と消える。消失した施設は全国で約800か所。失踪者は6万人を超えた。


 とくに関東から近畿にかけての被害は甚大。数多くの建物が人々を巻き込んで消え去った。そして施設があった場所には森が現れ、なかにはニホ族と呼ばれる縄文人の集落も発見される。


 ちなみにこの現象、海外でも例外なく起きているようだ。温暖な地域ほど被害が大きく、種族の違う原始人が数多く見つかっている。



<ニホ族の保護について>


 発見されたニホ族は、延べ5千5百人あまり。全国で420か所の集落を確認済みだ。ごく一部は農耕を始めているものの、ほとんどは縄文時代の生活と酷似していた。


 現在は『隔離保護対象』として、政府からの支援を受けている。集落からは出られないが、水や食料には困っていないようだ。この報告書を見る限り、ひとまずジエンたちも無事なんだと思う。



<帰還を果たした日本人について>


 失踪事件から半年が経過した頃、関東のとある地域でゲートが開く。隔離した森の中から18名の日本人が突如として現れたらしい。


 別の世界に飛ばされたこと。鬼や魔物と戦っていたこと。調停者という存在がいることなど、耳を疑う話を繰り返していたのだが……とあることをキッカケに、政府も信じざるを得ない状況となった。


 事態はそれだけに留まらず、それから3週間後に97名の失踪者が帰還。なんとこの者たち、鬼のツノを使わずにゲートをくぐることができたのだ。誰かがゲートを解放すれば、何人でも戻れるらしい。


 ただし制限があるようで、ゲートを通れるのは一度きりだと書いてある。現代に渡ったが最後、再び車内へ戻ることはできないようだ。

 2つの世界を行き来するには鬼のツノが必要。そして現代に帰るだけなら不要と、俺たちの知らない事実が判明した。


(さて、と。ひとまずはこんなところか)


 まあ驚きはしたけれど、それほど切羽詰まった状況とは思えない。こうして現代に帰ってきたわけだし、めでたしめでたしってことでいい気がする。


 調停者なり監視者なり、どうせ超常の存在には逆らえないんだ。今後に何が起ころうとも、その都度対処するしかない。今は素直に帰還できたことを喜ぼう。


 粗方の確認を終えたところで冊子を閉じる。


「あっ先輩。ここに書いてある支援施設って何のことですか?」


 俺が読み終えるのを待っていたのか、隣にいた小春から質問があがる。彼女が指さす項目には、『帰還者の一時保護を目的とした支援施設の建設』とある。


「ああこれ、ここに駐屯地を建てるんだとさ。明日から伐採に入るって言ってたぞ」

「それって、わたしたちを隔離するためですよね」

「まあそれもあるし、ゲートの確保もあるんだろうな。さすがに野放しはマズいだろ」


 人並外れた身体能力、未知のウイルス感染、失踪者の情報収集など、政府が懸念すべきことはいくらでもある。そう簡単に解放してくれるとは思えない。ゲートの管理を含め、ここら一帯は隔離されるのだろう。


 実際、先に戻った帰還者たちも、相応の検査や取り調べに協力しているようだ。支援という名目で軟禁状態となっている。


「秋文さん、私からもいいですか」


 小春の問いに答えたところで、今度は昭子の手が上がる。


「自衛隊が現地を確認中ってあるんですけど……これって本当なんですか? ゲートをくぐれたってことですよね」

「ああ、どうやら事実みたいだ。俺も気になって聞いたんだけどさ。鬼のツノがあれば可能らしい」


 ゲートを行き来する手順は俺たちと同じ。鬼のツノをゲートにかざすだけだ。ツノを消費した人間は、その後何度でも往来できる。

 ただし物資の一切が持ち込めず、ゲートを通ると全裸状態になるそうだ。それこそ歯に詰めた金歯すら取れるという徹底ぶりだった。


「てことは、銃火器による制圧は無理ですね」

「残念ながらそうみたいだ」


 所持しているツノを政府に提出、あとは国にお任せできれば良かったんだが……。どうやらそう簡単に解決する問題ではないらしい。


「それでも、モドキ肉の効果は得られたんですよね? 3種までの効果を確認済みってありますし」

「まあそうだけど、その程度では太刀打ちできんだろ。いくら屈強な自衛隊員でも限界はあると思うぞ」


 運よくハイエナを見つけたとして、得られる能力は5つまでだ。大猿の覚醒を使えばイケそうだが……そもそも肉を手に入れることが困難だ。


 みんなの視線が集まるなか、俺が持論を述べていると――。


「ねえ、大猿の肉ならあるじゃん。ジエンさんの集落にたんまりと」


 そう答えたのは夏歩だ。たしかにあの集落には肉の在庫が豊富にあるはず。通常のモドキ肉に加えて、大猿や巨大熊、なんならハイエナの在庫だってあるだろう。


「……そうか、ニホ族から入手している可能性もあるのか」

「資料には書いてないけどさ。もう鬼狩りが始まってるんじゃない?」


 政府による救出作戦しかり、別世界の運用についても進行中だったりして……。俺たちが考えている以上に事態は進んでいるのかもしれない。


「まあいずれにせよ、そのへんのことは次回だな。それぞれ聞きたいことをまとめようか」


 いくら推測したところで答えなど出るはずもない。この件は先送りにして、質問事項をまとめておくことに。

『自分たちの処遇』『家族の安否と面会』『ニホ族の現状』『鬼討伐の進捗状況』などなど、気になることをメモに書き写していった。


 結局、資料を読み終えた後はすぐさま現代から撤退。午後からは真治が合流して、俺たち同様、ゲートの開放を果たす。


 全員が帰還できることを知り、安堵の表情を浮かべる真治。すぐに公表するつもりはないようで、事実確認を優先すべきだと語っていた。





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