第146話 思わぬ成果
「これはあいつの肉……ってことだよな」
「だと思います。毛の色も同じですし」
自分で刺しておいてアレだが、まさかこんな成果を得ているとは思いもよらなかった。ナイフを折り畳んだのはいつだろうか。たしか吹き飛ばされた直後だった覚えが……。
(いや、この際それはいい。重要なのはこのあとだ。これを食えば新たな能力が――でも、さすがに量が足りないか?)
刃にこびりついた肉切れは極少量。それこそ、ひと口サイズにも満たない。これまでの検証上、この分量で能力が発動した試しはない。
と、みんなも同じことを考えているらしい。微妙な成果を前にして、大半の者は黙り込んだままだ。
「とにかく食べてみようよっ。ダメならダメでいいんだしさ」
「そうそう! 早く試してみてよっ」
そう言ったのは夏歩と明香里の2人だ。いつも前向きな彼女らは、身を乗り出してソワソワと体を揺らす。
「いやしかし、俺が食っていいのか」
言いながら周りを見渡すも、異論を述べる者は1人もいない。「生のままいけ」だとか、「早くスキルプレートを取り出せ」だとか、そんな返答ばかりが聞こえてくる。
「それじゃあ秋くん、ご賞味あれ」
結局は小春に餌付けされるカタチで、肉切れを口の中に放り込まれた。
「……。わりと旨い、かも?」
口の中で噛みしめること数回。ゴクッと一息で飲み込んだあと、ひとまずは率直な感想を伝えておく。
思えばモドキを生で食べたのは初めてか。干し肉も
(っと。そんなことよりスキルのほうは……)
残念。見たところ全くもって変化なし。既存のスキルが書いてあるだけで、これといった変調は見られない。
「ダメだ。やっぱ量が足りなかっ」
と、諦めかけたところでプレートに異変が――。
縦に羅列されたスキル群の一番下。『能力上限+2』の真下に、薄っすらと新たな文言が浮かびはじめる。
「こっ、これは……」
そこまで言ったところで言葉に詰まると、正面に座る小春がプレートに顔を近づける。
「文字が薄くて読みづらいですね」
通常なら黒色でハッキリと写るのだが、どういうわけか文字が薄いまま変化しない。かろうじて読めるか読めないか。もの凄く微妙な灰色具合だ。
(レベル……上昇? いや上限か。けど、その続きはなんだ?)
目を
おそらく漢字だとは思うけれど、なんと書いてあるのか全然わからない。ほかの連中もウンウンと首をひねり、必死に文字を読み取ろうとしているが……。
「上限解放。うん。やっぱりレベル上限解放だよ」
そう口にしたのは明香里だ。珍しく声量は控えめだったが、やたら自信ありげに言い放つ。
「言われてみればそうかも」
「なんかそんな感じに見えてきた」
周囲がそんな反応を示すなか、俺自身も見えないはずの漢字が浮かび上がる。たしかにそう読み取れないこともない。というより、そうとしか見えなくなった。
「レベル上限の解放……。普通に考えたらスキルレベルのことだよな?」
「そうですね。なにが普通なのかはさておき、十中八九スキルでしょう」
昭子のツッコミはともかくとして。あのマンモス、想像以上のスキルを持っていたらしい。場違いな強さもさることながら、能力に関しても段違いだと思われる。
『レベル上限解放』
期待を込めて解釈するならば、今までレベル1だった各スキルが上がっていくということだ。もちろん無制限ではないだろうし、スキルの上昇には条件があるだろうけど――。
「ねえ明香里。レベルが上がる要因はなんだと思う?」
「ん-。モドキをたくさん狩るとか? そういう大輝はどうなのよ」
「やっぱモドキ肉を食べることかな。食えば食うほど強くなる、ってのが一番ありそうじゃない?」
実のところ、俺も大輝と同じことを考えている。スキルの取得条件と同様に、レベルの上昇も肉の摂食による可能性が高い。
「ただ、問題なのはプレートの見え方だよね」
そう発言したのは小春だ。盛り上がる連中の釘をさすかのように、俺の正面から手を伸ばすと、スキルプレートの最下段を指し示す。
『スキル上限解放は完全に習得できたのか』
『文字が薄い現状、中途半端な状態ではないのか』
『効果を得るには肉の量が不足しているんじゃないか』
そのまま淡々と話を続け、薄く表記されたスキルのことに言及する。
「まあ、検証すればわかりますけどね。たぶんこのままじゃダメかと」
そこまで言ったところで仲間を見渡し、最後に俺の左肩を見つめて口を閉じた。
(さてどうしたものか。全員ヤル気みたいだし、これだけ有能なスキルを逃す手はない。けど、あいつを狩るのは至難の業だよな……)
何気なく左肩に目をやると、いつの間にやら痛みがかなり引いていた。先ほどまでうごめいていた傷口も、今は怪我をする前の状態に近い。まだ動かすと痛いが、見た目は赤く腫れあがっている程度だった。
(ああ、そうか。べつに狩る必要はないのか)
俺たちが欲しいのはヤツの肉だけだ。その命まで狩る必要はない。たまたま削り取ったマンモスの肉片。
「なあ、みんな。1つ提案があるんだけど――」
「なに? まさか諦めるわけじゃないよね?」
「違うぞ夏歩。誰も死なずに肉を獲る提案だ。たぶんこの方法が一番だと思う」
俺が前向きな話を口にすると、ここにいる全員の目の色が一気に変わる。明らかに乗り気の様子で、口数も急に増えはじめた。まだ方策も伝えてないのに、やたらと表情が和らいでいる。
よくよく聞いて見たところ、怪我をした俺に遠慮していたらしい。俺が怖じ気づいているかもと、狩りの続行を切り出せないでいたそうだ。
「言っとくけど、俺は最初からヤル気だぞ。スキルを見てからは特にな」
「そうなの? だったら早く言ってよー」
怪我のことを忘れたのか、それとも知っててやったのか。夏歩はそう言いながら、俺の左肩をポンッと叩く。
「……っ。じゃあ、具体的な方法を伝えるぞ」
正直、ビックリするほど痛かったが、ここはグッと
手に入れたマンモスの習性。肉の確保に向けての策。各自の役割などを含め、全員の意見を取り入れていった。
「ってわけで、決行は最終日の早朝だ。今日明日でしっかり準備するぞ」
「おっけー!」「頑張りましょう!」
武器の調達や立ち回りの確認などなど、少なく見積もっても2日はかかるだろう。次が最後のチャンスだと考え、みんなが意気揚々と準備に取り掛かる。
「あ。秋くんはこっちをよろしくー」
ドサッと地面に置かれたのは、リュックに詰め込まれた大量のモドキ肉だ。「もしかしてレベルが上がるかも」と、俺は能力検証のため、1人この丘へ残るハメに――。
(おい待て。単独行動は禁止のはずじゃ……)
皆が森の中に消えてゆくなか、俺はひたすらに肉を焼きまくった。
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異世界漂流 七城 @nana_shiro
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