第73話 鬼(オーガ)
転移当初のことがわかったところで、今度は周辺地域の確認に入る。
近くに残っている建物は、この高校のほかに小学校が1つと、大型のスーパーマーケットが1つ、あとは俺のいた駅とビルくらいだった。それらの建物に付随して、車や自転車などもいくらかは残っているそうだ。
「小さい店舗とか、普通の民家は残ってないのか?」
「近場に何軒かあるらしいよ。探せばそこそこ残ってるんじゃない?」
一応、物資調達のために家探しをしたらしい。が、魔物が襲ってくるのであまり遠くへは行けてないようだ。現在確認している民家は6軒。魔物に荒らされたのか、家の中はグチャグチャだったらしい。
――と、ここで一つ疑問が浮かび上がる。
いくら外壁があるとはいえ、塀の高さはそれほどでもない。この場所だって安全ではないはずだ。パッと見た所、壊れた様子もないようだが……どうやって防衛しているのだろうか。
「なあ、この学校は平気なのか? この付近にだって魔物がいるだろ」
「もちろんいるけど、ここは安全だよ。なんでか知らないけど、魔物は校内に入ってこないんだ」
「なんだそれ? 今まで一度もないのか?」
「うん、たぶん門を開けっ放しでも平気だと思う」
魔物に追われて逃げる際、校門を開けていたにも関わらず侵入してこなかったらしい。敷地内に逃げ込んだ瞬間、魔物は標的を見失ったかのような反応を示す。
なにか結界的なものでもあるのだろうか。外壁を乗り越えてくることもないそうだ。もしかすると、学校自体を認識できないのかもしれない。
ついでにもう一つ。この世界の魔物は、陽が落ちると反応しなくなるんだと。襲ってくるのは外が明るいうちだけ。夜はいくら近づいても無反応だと言っている。
まあ、夜の狩りは視界が悪く、万が一があるのでやらないそうだ。たしかに、一撃で仕留められなければ逃げることもままならない。
「あ、鬼だけは気をつけなよ。あれだけはマジでヤバいんだ。おれたちの仲間も何人かやられてる」
「鬼……鬼ってなんだ? もしかしてツノ族のことを言ってるのか?」
「違う違う。あれとはまったくの別物だよ。見た目からして化け物だし、絶対人間じゃないよ」
どうやらツノ族ではないようだ。その外見はまさに鬼そのもの。昔話に登場するような……ファンタジーで例えるならオーガみたいな姿をしているらしい。
「なあ、その鬼って結構な数がいるのか?」
「んー、おれが見たのは3匹かな。魔物の内臓を食った馬鹿がいてさ」
「内臓……ってことは、この世界でもツノ族化するのか」
「あれはヤバかったよ。いきなり体中がボコボコうねり出して……そのとき10人は死んだかな」
ここのリーダーたち曰く、「ツノ族とは比較にならない強さだった」と、口を揃えていたらしい。その日以降、魔物の取り扱いが厳密化される。
内臓を食うとツノ族化――じゃなくて、『鬼化』するという事実が判明。モドキのアクティブ化と合わせ、異世界とはいろいろ違う所があるようだ。
「で結局、鬼はおまえらが殺ったのか?」
「いやいや、あれは無理でしょ。校庭で散々暴れたあと、森の中へ消えてったよ。どこへ行ったのかは知らないけど、それ以来は見てないかな」
「なるほど、そこまで強いのか」
彼の説明を聞く限り、視界に入らなければ襲ってこないようだ。仲間が全員退避すると歩き去っていった。ちなみに3匹ともが同じ動きを見せている。
状況から察するにツノ族の進化系だろうか。内臓を食ったらダメなこと、そして相当に強いこと。それ以外の詳細についてはわからなかった。
「ところでさ、ニホ族って知ってるか?」
「あー、異世界にいたって人間だろ? おれは見たことないけど、リーダーたちから話は聞いてるよ」
「ほぉ、ニホ族を日本で見たことは?」
「今のところはないけど……おじさんは見たことあるの?」
「いや、俺もない。もしかしてと思っただけだ」
どうやらニホ族の目撃情報はないらしい。それどころか、異世界で遭遇したヤツも少ないようだ。この集団の中でも、ニホ族と出会ったのは数名だけ。ほかの連中は存在すら知らなかった。
◇◇◇
そんなこんなで――、
かれこれ20分くらいは話しただろうか。どの話も有用で、少しずつこの世界の情勢が掴めてきた。
もちろん小春たちのことも聞いている。が、結局は何もわからず仕舞いだった。彼が知らないだけかもしれないけれど……ここに住んでいたとか、以前に立ち寄った感じでもなかった。
「そういえばおじさん、これからの予定は?」
「ん、今のところノープランだ。行く当てはとくにないな」
「おおー、ならここに住まない? あれだけ強いんだし、絶対受け入れてくれると思う。よかったらリーダーに紹介するよ?」
互いに打ち解けてきた頃、彼からそんなお誘いを受ける。
ここに住むかは別としても、リーダーというヤツとは話してみたい。代表者というくらいだし、いろんな情報が集まってくるだろう。もしかしたら小春たちの手掛かりが掴めるかもしれない。
俺はそう思い至り、それとなくリーダーの素性を探ってみる。
「紹介してくれるのはありがたいけど……そのリーダーって、どんな感じの人なんだ?」
「んー、すごく優しくてきれいな人だよ。桃子さんって言うんだ」
「え……桃子?」
その名前を聞いて、真っ先に思い浮かんだ人物は言うまでもない。ここは駅からも近いし、俺の知る女性である可能性はかなり高い。
「うん。リーダーは能力をたくさん持ってるんだ。しかも超レアな『覚醒者』なんだぜ!」
覚醒者というのは大猿の能力持ちを指す言葉らしい。名前だけならまだしも、十中八九、俺の知ってる桃子で間違いない。
覚醒者はほかにも数名いるらしく、確認のため、そいつらの名前を聞き出そうとしたときだった――。
「あっ、リーダー! おつかれさまです!」
そう言いながら校舎のほうに振り向く彼。俺もその言葉に釣られて、若干ぎこちない感じで視線を向ける。
(……って、やっぱりか)
べつに遠慮することはないんだけれど、なんとなく居心地が悪い。きっと俺の顔は今、盛大に引きつっているのだろう。
校舎の正面玄関から登場した集団。桃子を先頭にして、ほかにも見知った顔がゾロゾロと――異世界で生活を共にした元仲間たちがそこにいた。
「なるほど、まさかあなただったとはね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます