第72話 校門前での一幕
高校へ向かう前に、4階にある自社フロアに立ち寄った。「もしかしてメッセージがあるかも」と、一応、俺と小春のデスクを調べてみたんだ。
されど結果は空振り、それらしい手掛かりは見つかっていない。見落とした可能性はあるものの、どうやら会社には来ていないようだ。
ただし、何者かが侵入したのは間違いない。給湯室の茶葉や冷蔵庫の中身は空っぽ。小春が机に隠していたお菓子もキレイさっぱりなくなっていた。
それから森の中を歩くこと数分――、
目視できるギリギリの距離に生き物を発見。すぐ先には校門があり、その近辺をウロついていた。
群れの数は3匹。おそらくは鹿モドキだと思うのだが……縄文時代で見たソレとは、容姿がかけ離れている。
目つきが異様に鋭く、漆黒の瞳が禍々しく揺らぐ。口は大きく裂け、全身の筋肉が異常に発達していた。異世界のモドキとはまったく別種の生き物……というか、まさに『化け物』という具合だ。
そんな化け物たちと目が合った瞬間。ソイツらは木々の合間を縫うようにして一斉に向かってくる。鹿モドキも素早かったが、それを数段上回る速度だ。
あっという間に距離が詰まると、大きく開けた3つの口が目の前まで迫る。
「なんで襲ってくるんだ、よっ!」
先頭の1匹に向かって武器を突きこむ。
と、ポールは相手の頭部を貫通して爆散。コンクリートの基礎部分が割れて抜け落ちる。
かまわず横なぎにして2匹目を吹っ飛ばすのだが……。さすがに3匹目の攻撃は避けきれず、噛みつかれる寸前でポールを口に咬ませる。
「あっぶね……」
殺意丸出しの化け物は、口からよだれを垂らしながら息巻いている。そのまま押し倒そうとしているのか、なおもチカラを込めて迫りくる。
俺はポールを手放したあと、相手の首を掴んで思い切りへし折った。
武器を拾って3匹の死亡を確認。そこまで苦戦はしなかったものの、やたらと強い印象を受ける。さっきの素早い動きといい、以前の倍は強化されているようだ。
それより気になるのは、向こうから襲ってきたことだ。こいつらがモドキかはわからないが、かなり遠い場所から反応してきた。『モドキは襲ってこない』という概念は捨てたほうがいいだろう。
武器の調達は楽だったが、狩りに関してはハードモードなのかもしれない。
なにはともあれ、気になっていた匂いの正体は判明。今は狩った獲物をどう処理しようか迷っているところ。
ざっと辺りを見渡すも、水場らしきものは見当たらない。とはいえ放置するのも勿体ない。「このまま学校に持ってくか」と、校舎に視線を向けたときだった――。
「すげぇ! ホントにひとりだぞ!」
「3匹相手にソロとか……おっさん、ヤバすぎだろ!」
「おい、早く持って帰ろうぜ! 今日のノルマ達成だ!」
校門の向こうに人影が――俺とモドキを交互に見たあと、5人の若者が嬉々として駆け寄ってくる。
全員、顔も見たことがない初対面の連中。にもかかわらず、さも当然のように鹿モドキを引きずっていく。俺は思わず呆気にとられ、成すがままを見守るほかなかった。
「なにしてんだよ! おっさんも早く戻ろうぜ!」
最後尾のひとりが振り向いて声をかけてくる。俺を仲間だと勘違いしているのか、警戒する素振りを微塵も感じなかった。
「……いいのか?」
「ん、当たり前だろ? 早くしないと『魔物』が襲ってくるぞ」
結局、あれよあれよという間に校門の中まで招き入れられた。
この場にはひとりだけが残り、ほかの連中は校舎に消えていく。むろん、さっき倒した鹿モドキも一緒だ。目の前にいる若者は門番役らしい。鉄パイプを片手に森の監視をはじめていた。
半そでのTシャツにジャージのズボン。おそらくは学校指定のものだろう。俺がなかなか動かないせいか、チラチラとこっちを見ていた。
「そういやおっさん、どの班の所属なんだ? ほかの連中はどうした?」
やはり勘違いしているようだ。言葉の意味から察するに、班ごとに別れて狩りをしているのだろう。若干馴れ馴れしい対応だが、警戒されるよりかはマシというものだ。
「いや、班もなにも……俺はそもそも部外者だぞ?」
ここで情報収集をする以上、身バレするのは時間の問題。能力のことは別としても、身元を誤魔化すのはやめておく。
「え、そうなの?」
「ああ、ここへ来たのは今日がはじめてだ」
「じゃ、じゃあさっきの獲物って……ヤバっ」
一般的な見解だと、他人の獲物を横取りしたカタチになる。彼もそう思い至ったのか、校舎と俺を交互に見ながら狼狽えている。
「アレは問題ない。どうせ放置するつもりだったからな。それより話をしたいんだが、かまわないか?」
「……それくらい全然いいけど、ホントにイイんすか?」
せっかくのチャンス。ここで少しでも情報を仕入れておきたい。獲物は情報料がわりだと伝え、ひとまず校舎に向かおうとする足を止めさせる。
「実はな、この半年間の記憶がないんだ。それを前提に聞いてほしいんだが――」
「え、記憶がないって……それマジな話?」
少々無理のある設定だが、ここ半年の記憶がないことは事実。俺はときおり嘘を交え、現在に至るまでの出来事を聞いていく――。
最初に仕入れた情報は、目の前の彼が異世界経験者だということ。通学途中のバス内で、俺たちと同じような体験をしたらしい。7日間のチュートリアル、そして縄文時代を過ごした期間も一緒だった。
途中下車ができないことや、運転手が消えていたことなど。細かい違いはあったものの、無事に日本へと戻っていた。
「それで、戻ったあとはどうなったんだ?」
「あー、ドアが開かなかったんだよ。窓を割ろうとしても無駄だった」
日本に帰還した直後、バスは停止していたらしい、運転手はおらず、約3分間は閉じ込められていた。いきなり周囲の景色が変わり、それと同時にドアが開いたと言っている。
「学校にいるのは異世界経験者だけなのか?」
「いや、一般人も何人かいるっすよ。もともと学校にいたヤツらとか、近所から逃げ込んできた人とか」
一般人、いわゆる異世界を経験していない人のことだが――気づいたときには景色が変わり、大自然に囲まれていたらしい。自分がいた建物以外、周囲の人工物はおろか、外にいた人々もどこかへ消えてしまう。
どういうわけなのか。学校などの大型施設は残されており、民家や道路などはほとんど消滅している。とはいえこれは目に映る地域での話だ。日本全体、はたまた世界がどうなっているのかは誰も知らないようだ。
「で、当初は何人くらい逃げ込んできたんだ?」
「どうだろ、たしか400人くらいだったかな」
さっきビルから探知したときは60人程度だったはず。半年の間に死んでしまったということか。疑問に思い、それとなく事情を聞いてみる。
「あー、今は62人だよ。リーダーの指示でさ。使えないヤツはみんな追放されたんだ。ここに残ってるのは、ほとんどが異世界経験者だね」
「なるほど。食糧事情を考えたら……まあ、そうなるのかもな」
無計画に受け入れたところで破綻するのは目に見えている。人道的には問題かもしれんが、リーダーとやらの決断にケチをつける気もなかった。
(よし、次は周りの状況を聞いてみるか)
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