第24話 歓待と交換条件


 集落の中心部。屋外にある煮炊き場を囲んで、ニホ族全員が集まっている。この場所は相当に広く、30人が集まってもまだまだ余裕がある。


 なにせ電気も街灯もない世界だ。外はまだ明るいが、夕食の時間が早くなるのも当然のことだろう。さっきまでの喧騒が嘘のように、集落のみんなは笑顔で語り合っていた。


 族長曰く、一度撤退したツノ族はしばらく来ないらしい。みんなの様子を見る限り嘘ではないようだが……安心はできないので槍を手元に置いている。


 

 目の前には豪快に煮込まれた肉や魚料理の数々。薄く焼いたパンのようなもの。大きな葉の上に盛られた果実が所狭しと並んでいる。まだ誰も手を付けておらず、俺たちが席につくのを待っているようだ。


 まあ、席と言っても地べたに座るだけで、テーブルや椅子なんてものはどこにも見当たらない。それでも最大限の歓迎だというのは明らかだった。


 俺は族長のすぐとなりに、小春と夏歩は女性陣に囲まれながら着席する。


「みんな、今日はご苦労だった。とくにアキフミ、おまえたちには感謝しかない。たくさん食べてゆっくりと休んでくれ」


 族長ジエンの一言で、にぎやかな夕食が始まる。と、男のひとりが大きなかめを抱えて現れた。


 どうやら酒も造っているらしく、独特の酒気を感じる飲み物を勧められた。見た目は白く濁っていて、わずかに芋の香りが漂ってくる。この時代に作られる酒といえば、口噛み酒を真っ先に想像してしまう。


「祝いの酒だ。遠慮なく飲んでくれ」

「……みんなのもてなしに感謝する」


 少し抵抗があったが、ここで断るのは無粋というもの。ニホ族の習わしに従って一気に飲み干す。


「ん、結構甘いんだな。旨いよ」

「気に入ってくれてよかった。さあ、もっと飲め!」


 ほんのりと甘く、水で薄めたバナナジュースっぽい感じか。アルコール度数も低めで酔えるほど強烈な酒ではなかった。


 族長の献杯に続いて、次から次へと近寄ってくる男たち。手には土器製のお椀を持ち、俺を取り囲うように座り出す。


 すぐに人だかりができると、みんなが俺を褒めたたえながら飲み食いを始める。「あの力は凄かった」「まるで獣のようだった」「おまえは俺たちの恩人だ」と、俺の体が気になるのか、所かまわず全身を撫でくりまわしていた。


 全然嬉しくないスキンシップに耐えながら、運んでくれた料理に手を延ばす。どれも素朴な見た目ながら、食欲をそそる匂いが漂っていた。


 果物はとても甘く、前の世界とは別次元の旨さを感じる。平たいパンは平凡だったが、大きな肉の入ったスープや焼き魚のによく合う。


「ところでジエン、塩はどこで手に入れてるんだ?」

「そりゃ海だろ。お前のところじゃ違うのか?」

「あ、そうじゃないんだ。海が近くにあるとは知らなくてさ」


 どうやら近くに海があるらしい。しかもそれほど遠くないと言っている。ほぼ毎日、昼から漁にでかけていることがわかった。


「まあとにかく食え!」

「そうだそうだ! 腐るほどあるから遠慮はするなよ!」


 周りの男たちが次々に料理を勧めてくる。と同時に『腐る』という言い回しが気になった。


「なあ、この世界の食べ物って腐るのか?」

「当たり前だ! 腐らないものなどありはしない」

「そうか……そりゃそうだよな」


 これも前の世界とは違うらしい。より現実に近い環境なのか、もしくは異世界ではなく、日本の過去という可能性も高くなってきた。



 一方で、小春と夏歩も女性陣に混ざって打ち解けている。


 どうやらあのふたり、族長宅に入ろうとしたツノ族をみて、自ら率先して入り口を守っていたらしい。それを目にしていた女性たちも、ふたりに感謝の言葉を投げかけていた。



 それからしばらくはうたげが続き――、


 1時間ほど経ったころ、ようやくニホ族たちも落ち着いてきた。今は俺と族長のふたりで酒を飲み交わしているところだった。


「ジエン。実は提案、というかお願いがあるんだ」

「どうした? 遠慮せず言ってくれ」


 頃合いだと思い、さっき3人で話し合ったことを提案してみる。


「俺たち3人を、ここに住まわせてくれないか。俺はツノ族への戦力として、彼女らは狩りや生活の手伝いをする」


 ツノ族の存在を知った以上、地図が見えない状態では迂闊に動けない。ここにいても襲われるかもしれんが、当てもなく彷徨さまようよりは安全だ。それにこの世界の事情も詳しく聞いておきたい。


 ツノ族と戦えるかは微妙だが、こちらが提示できる交渉材料はそれしかなかった。



 俺の話を聞いたジエンはなにも答えず、目を閉じて押し黙っていた。と、少ししてから目を開き、娘のナギを呼んでヒソヒソと話しはじめる。


 それが何を意味したのかは不明だが、族長が次に述べたのは肯定の言葉だった。


「我らはおまえたちを歓迎する。戦士として共に戦ってくれ」

「っ、ありがたい。できる限りのことはさせてもらうよ」


 族長はすくりと立ち上がると、一族に向けて宣言をはじめる。誰もかれもが安堵の表情を見せ、最終的には全員から認められた。


 ニホ族みんなから持ち上げられ、期待の目を見返すことはできなかったが……。族長宅へ居候することになり、今日は早めに寝床へつく。



 初日からハードな展開が続き、日本では考えられない体験をしてしまった。


(……覚悟を決めろ。やるしかない)


 俺は何度も呪文を唱え、3人で寄り添い眠りについた。


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