第23話 ツノ族迎撃戦
「ジエン! 奴らが来た! ツノ族だ!」
見張りをしていた男のひとりが、入り口から覗き込むようにそう言った。住居の入り口には数人の足が見えている。女と子どもは家の隅に固まって身を寄せ合う。
族長のジエンは槍を取って、すぐさま外に飛び出す。俺たちのことなど完全に忘れており、状況が切迫していることがわかる。
「先輩……早く逃げないと……」
「お兄さん、私らも加勢したほうがよくない?」
隣では小春が怯えている。夏歩は参戦の意志を見せているが、その手はわずかに震えていた。俺はすぐに外を覗いて現状を確認する。
まず目に飛び込んだのはニホ族の戦士たち。入り口を守るように、10人の男が石槍を構えている。
それに相対するツノ族は同じく10人。こん棒など打撃系の武器を所持していた。
体格はニホ族と変わらず、背丈も150前後と小さいが……その目は血走っており、槍の間合いも気にせずに武器を振り回していた。
「夏歩は入り口を守っててくれ……外へは俺だけでいく」
「……わかった。お兄さんも気をつけてね」
ふたりを守りながら戦うなんて不可能だ。自分のことで精一杯だし、冷静に周りを見ることもできないだろう。入り口に立てかけてあった槍を持ち、意を決して外に飛び出した。
狭い入り口を掻いくぐり、外に出て身構える。
――と、俺を見上げたツノ族の動きが止まる。おそらくは身長差に驚いたんだと思う。だがそれも一瞬のことで、すぐに攻撃を再開していた。
対人経験などあるはずもなく、とにかく目をつぶらないことだけを意識して、槍を突いたり振り回していく。技術もなにもあったもんじゃない、完全にド素人の動きだ。
そうこうしてるうち、戦況は泥沼の混戦状態に突入。ツノ族ひとりに対してニホ族ふたりで応戦している感じだ。俺もビビりながら必死に戦っていた。
「イヤっ、離して……!」
すると突然、背後から悲鳴が聞こえた。そっちには族長宅しかないはずだった。
俺は慌てて振り返ると――いつの間に外へ出たのか、夏歩がツノ族のひとりと必死に戦っている。さらにすぐ隣では……小春が足を引きずられ、今にも連れ去られようとしていたんだ。
俺の体は勝手に動いた。動いてくれた。
そこからのことは覚えてないが、気づいたときには相手の首を締めあげていた。目の前の男は泡を吹きだし、白目をむいてぐったりとしている。
それでも力を緩めず、小春のことすら忘れていたとき――。
「先輩っ、夏歩ちゃんがっ!」
その言葉で我に返ると、夏歩がツノ族ふたりから羽交い絞めに。彼女は必死に抵抗していたが、引きはがせずに藻掻いている。
もうこの時点で……いや、かなり前から周りのことなど見えてない。俺は無言のまま駆け出し、夏歩の側面にいた男の顔を全力で殴りつけた。
すると、あらぬ方向に曲がった首が俺のほうを向き……その場にドサリと崩れ落ちる。すぐさま残るひとりに視線を向け、飛び掛かろうとしたときには――。
夏歩の背後にいたツノ族は、拘束を解いて後ずさっていた。
その顔は恐怖の色に染まり、なにやら叫び声を上げはじめる。それが撤退の合図だったのか、ほかの連中を連れて走り去っていった――。
結局、俺が2人を、ニホ族の男たちが1人を屠った。負傷者は数名いたが、大した怪我ではないようだ。俺はしばらく放心状態のまま、その場に立ち尽くしていたらしい。
◇◇◇
ツノ族が逃げ帰ったあと、俺たちは族長宅に招かれて休息をとっていた。このあとの夕食に加え、宿を借りる許可をもらっている。
ニホ族に被害はなく、さらにツノ族3人を亡き者に。族長曰く、過去に類を見ないほどの成果だったらしい。その立役者となった俺は、集落のみんなから感謝されて評価は一変、一部の男たちからは英雄視された。
小春と夏歩に外傷はなく、さっきから何度もお礼を言われていた。ふたりの精神的なダメージは計り知れないが、話せないほどではないようだ。
「小春、夏歩、おまえらほんとに大丈夫か?」
「それは先輩のほうですよ……。平気、なわけないですよね……」
「いや、それがよく覚えてないんだ。おかげでほとんど影響ない」
極度の興奮状態、とでも言えばいいだろうか。あんな経験をしたのは人生で初めてだった。これを言うと嘘っぽいけど、ふたりを守れたことへの安堵しか感じてない。
もしかすると、あとからジワジワくるかもだが……極力思い出さないように現実逃避していた。
「お兄さん、めちゃくちゃ凄かったよ。私もやれると思ったけど、途中で動けなくなっちゃったもん」
「あれだけ抵抗できれば上出来だろ。俺も正気だったら何もできなかったと思う」
実際、夏歩は凄かった。いきなりの実践、しかも男ふたりに拘束されてなお、最後まで抵抗していたんだ。並大抵の精神力ではない。
そのあともしばらく、お互いの精神状態を確認し合い、気持ちを落ち着かせていった――。というか、さっきのことを思い出さないように、とにかく会話を続けまくった。
やがて気もまぎれたころ、この世界についての話題に移る。夕飯までには時間があるので、ひとまず地図を確認することからはじめた。
「そういえば、電車の中では地図がなかったよな?」
「はい、わたしもありませんでした」
「槍と斧も消えてたね」
リュックの中身は見てないが、おそらく肉や果物も消えていたと思う。少なくとも、さっき広げたときにはなかった。
「あ、地図が変化してますよ」
「ほんとだ。私のも一部分しか見えなくなってるよ」
お互いの地図を見せ合う小春と夏歩。俺も広げてみると、たしかに以前とは違っていた。
大部分が見えなくなって、真っ白に塗りつぶされていた。唯一見えているのは中央にある一部分だけ。青い点が3つと黄色い点が30個表示されている。しかも黄色い点はリアルタイムで移動していた。
「なんか前より拡大表示されてないか? 集落の建物も確認できるし、点のサイズも少し大きいような……」
「あまり遠くまでは見れなくなったとか?」
良くわからないのでひとまず保留。今度は文字のほうを確認すると、こちらにも変化が――。
進化値は3のままだが、帰還までの日数が『?日』となっている。それと気になっていた『生存率』は表示されていなかった。
「帰還までの目安がないのは不安ですね」
「生存率もないし、あの思わせぶりなテロップはなんだったんだ?」
「進化値が上がると見えるのかも?」
結局、大した結論もでないまま、これからのことを交えて情報をまとめることに。メモ帳に書き込んでいると、族長自らの出迎えで、豪華な晩餐が始まった――。
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