第2章『縄文時代を生き残れ』

第22話 2つ目の異世界


「……先輩。わたしたち、どうなっちゃうんでしょうか」

「まさか……食べられちゃったりしないよね?」

「それならとっくに殺されてる。大丈夫だ、たぶん……」



 転移して早々、俺たち3人は囚われの身となっていた。


 手を縄で縛られ、建物の中に閉じ込められている状態だ。とはいえ怪我はしてないし、殺されなかっただけでもマシだと思いたい。


「にしても暑いね……」

「せめて上着を脱がせてほしいです……」


 真夏のような気候に冬の装い。ふたりの顔は火照り、息を荒くして身悶えている。そんな俺も全身汗だくになりながら、さっきまでの出来事を思い返す――。



 ――――


 転移した場所は集落のど真ん中だった。


 20人くらいの人が集まり食事をしている真っ最中、俺たち3人はあっという間に取り囲まれた。


「っ、おまえら何者だ! いったいどこから現れた!」


 石槍を突き出す10人くらいの原始人……。いや、服装からして縄文とか弥生時代の文明だろうか。周囲には竪穴式の住居もあるので間違いないだろう。そんなヤツらが血相を変えて叫んでいる。


「きっと奴らの仲間に違いない!」

「でもこいつら、ツノがないぞ!?」


 転移後の初期位置については、俺たちも警戒をしていたんだ。だがあまりに状況が悪すぎて、逃げることすらできなかった。小春と夏歩も面を喰らって固まっている状態だった。


「俺たちは――」


 やっと声が出たところで周囲の喧騒がピタリと止まる。全員が俺をにらんで槍の矛先を向け直した。


「おまえ、オレたちの言葉を……。ツノ族じゃないのか?」


 この中で一番の年長者、40くらいに見えるヤツから『ツノ族』という単語が飛び出す。たぶんツノあり原始人、もしくはソレに近い存在のことだと思われる。


 未だに状況は掴めないが、まずは自分たちの身元を説明しないとマズい。俺はゆっくりと、なるべく平静を装って語りかける。


「俺たちはツノ族じゃない、普通の人間だ。お前たちと争う意思はまったくない」

「……だがニホ族ではないだろう。それにおまえら、いったいどこから現れた?」


 彼の疑念はもっともだった。変な格好をした人間がいきなり現れ、敵ではないと言われたところで、「はいそうですか」とはいかないだろう。


「信じられるかわからんが……とにかく全部話す。頼むから槍を収めてくれ」

「いいから早く話せ。判断するのはそれからだ」


 言葉自体は通じるようで、『人間』とか『槍』とかの単語も自動翻訳されているらしい。俺はここへ来た経緯や、自分たちの置かれている状況、日本という国から来たことを話していった――。


 所どころ通じない言葉もあったが、ひとまず話は聞いてくれた。ツノ族ではないこと、敵対の意志がないことは認められるも……結局は捕まり拘束されてしまう。


 そして今は、族長ジエンの住居に閉じ込められていた――。




◇◇◇


 拘束されてから1時間。


 俺たちの処遇が決まったのか、族長とその娘が戻ってきた。男は40そこそこ、女は20代前半に見える。顔立ちは現代人と変わらず、服装さえ一緒なら区別はつかないと思う。


 どうやら2人だけではないようで、住居の入り口には数名の見張り役がいる。集落の全員、身長は150cm前後で、一番高いヤツでも160あるかないかという感じだった。



 近づいてきた娘、名はナギというらしいが……。彼女は俺たちの縄を解きながら「ごめんなさいね」と謝っていた。それが謝罪の言葉なのか、これから死ぬことへのお悔やみなのか。いまは前者であることを祈るばかりだ。


 拘束が解かれるころ、族長のジエンが俺を見て語りかけてきた。


 なんとか誤解は解けたようで、このまま逃がしてくれるらしい。高圧的な言葉ではなく、とても申し訳なさそうに謝っていた。俺も相手を刺激しまいと冷静に返す。


「妙なヤツが突然現れたんだ。そっちの行動に非はない。こちらも迷惑をかけてすまなかった」

「……そう言ってくれると助かる。オレたちも敵対する意思はない」


 とはいえ、いつまでも集落には留めておけないようだ。それは当然のことだし、こっちも命さえ無事なら御の字だ。ただ、出来ればこの世界の情報を知っておきたい。ダメもとで族長にお願いすると、少しだけ猶予をもらえることになった。



 周辺の気候や地形、ニホ族とツノ族の関係性、動物やモドキについてを手短に聞いていく。――と、この世界の情景がおぼろげに見えてきた。そのいくつかは前の世界を引き継いでいるようだ。


 気温は前回より高く、時期によっては寒くなったりもするらしい。どうやら四季があるようで、冬には雪も降るようだ。なお、ここが大陸なのか島なのかは不明だった。


 ニホ族とは部族名ではなく、普通の人種を表す総称のことで、ほかにもニホ族の集落が点在している。

 ツノ族とは敵対関係にあり、数か月から年単位でヒトを攫いにくるようだ。ジエンの話を聞く限り、前に見たツノあり原始人の子孫だと思われた。


 この世界には動物がいて、それとは別にモドキも生息している。敵対するまで反応しないのも同じだった。なお、モドキを狩ること、そして肉を食べることは禁忌とされている。


「――なるほど、とても貴重な情報だった。助かったよ」


 ほかにも詳しく聞きたかったが、あまり長居をしてもマズい。いったん集落を去り、彼らとは改めて交流を試みるつもりだ。


「再びここへ立ち寄るならば、前もって声をかけてくれ。いきなり登場されては困るからな」

「ああ、今度は必ずそうするよ。ありがとう」


 もともと彼らは温和な性格で、こちらとの関係を断絶することはなかった。できれば匿ってほしかったが……それはあまりに厚かましい行為だろう。俺たちは荷物をまとめて立ち去ることにした。


 のだが……。


 身の潔白のために広げて見せた手荷物。それを仕舞っているとき、それまで静かだった集落全体が急に騒がしくなる。


 甲高い笛の音が聞こえると、女と子どもが血相を変えてなだれ込んできた――。


「ジエン、奴らだ……ツノ族が来た!」



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