第21話 現実世界


 一瞬の浮遊感とともに意識が覚醒。


 目の前には小春がいて、ほかの乗客の姿も目に映っていた。



 満員だったはずの車両は、かなりのスペースができている。当初の半分程度と思われ、ざっと50人にまで減っていた。


 いきなり騒ぎ出す者、その場で呆けている者、笑顔で喜び合う者。


 乗客の反応は様々だが……角を生やしたヤツはいないようだ。それとなぜだか、全員の衣服が元の綺麗な状態に戻っていた。俺たちが背負っていた槍もなくなっている。


 外の景色は流れており、電車が走行中なのだと理解した。ずいぶん懐かしく感じる日本の風景、一面の雪景色が広がっている。



「……だと思ってたけど、やっぱここに戻るのか」

「じゃあ、このあとまた事故が……」

「いや、そうとは限らない。なにかが変化してるかもしれん」

「うん。そう、ですよね……」


 小春は俺にしがみつくと、不安そうな顔で振り向きながら乗客を見回していた。


(っ、小春……)


 こんな場面で言うのもアレだが、身体能力は引き継がれているようだ。掴まれた俺の腕はミシミシと悲鳴をあげている。アルマジロ効果がなければ、とっくに折れていただろう……。


 口に出そうか迷っていると、急に彼女の力が抜ける。何かに気づいたらしく、目を見開いて驚きの表情を見せた。


「せ、先輩! あの人たちって……」


 視線の先には見覚えのあるヤツらが――。転移してすぐ原始人に捕まり、角アリになったはずの一団がいた。しかも馬モドキにやられて死んだヤツの姿まで……。


「まさか生き返ったのか!?」

「もしくは死んでなかったとか……。でもたしかにあのとき……」

「さすがにここまでは予想してなかった」


 どういう原理かは知れないが、死んだと思ってた人まで戻されている。一団は呆けており、心ここにあらずという感じだ。いったい、どこまでの記憶があるのだろうか――。


「お兄さん! 小春さん!」

「っ、夏歩ちゃん!」


 疑問に思っていたところで夏歩が合流する。すぐに小春と抱き合って、お互いの無事を喜んでいた。その光景を見て安堵しつつも、次の行動に移った。


「ふたりとも、念のため衝撃に備えろよ」

「そうでした。夏歩ちゃんも、ね?」

「うん、でもちょっと待って。冬加に連絡を――」


 夏歩はその場に座り込んで、黙々とスマホを操作している。俺と小春も手すりに掴まり、身を屈めて衝撃に備えていた。



 ―― そして数分後 ――



 何の予兆もなく、再びあのときと同じ衝撃が全身を襲う。以前ほどではないまでも、揺れと痛みを感じて意識が薄れていく――。


 そして我に返ったときには、また何もない草原に移動していた。



「っ、前のときと同じ……ですね」

「あっ、スマホが……!」


 夏歩のスマホは電源も入らず使えなくなっていた。ほかの車両は見当たらないし、前回と同じ状況を再現している。


(だとすれば次は……)


 俺はすぐに思い至って、アナウンス板に目を向けた。最初のときと同じなら、このあとはテロップが流れるはずだ。



『お試しの世界はいかがでしたか』

『いよいよ本格的な旅の始まりです』

『異世界を満喫して生存率を高めてください』



 案の定テロップが流れ出し、不穏な言葉を並べていた。俺は必死に考えを巡らせ、頭の中で情報を整理する。


 まずお試しってのは、さっきまでいた世界のことで間違いない。次の文脈から察するに、チュートリアル的な意味合いなんだと思う。


 2つ目には『旅の始まり』と書いてあるし、また異世界への選択を迫られるはずだ。同じ世界に戻るのか、それとも別の世界に行くのかは不明。だが『本格的な』と言うくらいだ。今より過酷な状況になるのだろう。


 そして最後の一文、『生存率』という言葉は初めて目にする。


 これが異世界での生存率を表すのか、日本へ戻ったあとのことなのか、どちらともとれるので判断はつかなかった。


(なんとなく後者のような気がするけど……)


 テロップが幾度か流れたあと、自動で両側のドアが開く。と同時に、前回と同じメッセージに切り替わった。


『左:日本方面へ 右:異世界方面へ』

『日本へお戻りの際はご注意ください』


 もし前回と同じならば――、


 このあと10分後、強制発進のテロップが流れるはずだ。



 と、ここでまたしても、前回最初に降りた高校生たちが一番に動く。彼らの顔にためらいはなく、さも当然という表情で下車していった。


「またあの子たち……なにか知ってるんでしょうか」

「それよりお兄さん、どっちを選ぶの?」

「なんの保証もないけど――俺は異世界を選びたい。できれば少しでも早く」


 テロップに流れた『生存率』という言葉がどうにも引っかかる。


 たとえば今現在の生存率はいくつなのか。もし低かった場合、このまま日本に帰る意味はあるのか。異世界で生存率を上げたほうが良いんじゃないかと――。


 早く降りたい理由ももちろんある。


 前回の世界、2番目に降りた俺たちは島の中央付近に転移した。いま考えると、ほかと比べて安全な場所だったと思う。あとから降りた連中は、いきなり原始人に襲われていたし、ほとんどは島の北側に偏っていた事実も気になる。


 下車した順番、もしくは下車までにかかった時間。それで初期転移場所が決まるのでは? と、予感めいたものが湧いていた。夏歩も同じことを考えており、「早く降りよう」と催促している。


 むろん、ほかの乗客との情報交換も大事だが……こうして悩んでいる時間も惜しい。


 そう結論づけた3人は、意を決してドアの前に立ち、互いに手を繋いだ。


「……小春、夏歩。次もよろしく頼む」

「はい、どこまでもついて行きます」

「お兄さん、頼りにしてるよ!」


 こうして俺たちは、再び異界の地へと向かった――。



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