第20話 帰還の日


 帰還当日の早朝、夏歩に揺さぶられて目が覚める。


 昨日たくさん走ったからか、それとも心の余裕ができたからか、思いのほかグッスリと眠ることができた。


「おはようお兄さん。今日も元気そうだね」

「そう見えるか? これでもそこそこ緊張してるんだけどな」


 いよいよ最終日を迎え、嬉しいような怖いような、そんな複雑な感情がこみ上げている。夏歩もそう感じていたようで、出会った当初のことを語りだす。


「あのとき出会えて本当に良かった。私ひとりじゃ、とっくの昔に死んでたと思う」

「それは俺も同じだ。夏歩がいてくれて助かったよ」


 ふたりで感慨にふけっていると、隣で寝ていた小春がむくりと起き上がる。どうやら会話を聞いていたらしく、すぐ話に混じってきた。


「そういうのは戻ってからで。変なフラグが立ちますよ」

「あー、そういうのあるよね。最後の最後でどんでん返し、みたいな?」


 ふたりは冗談が言えるほどにはリラックスしているようだ。聞いてた俺も少しだけ気持ちが和み、思わず笑みをこぼしていた。


「今日は予定どおり、拠点の近くで過ごそう。単独行動はナシだ」

「じゃあ、とりあえずは食材集めですかね」


 早起きした俺たちは、海で何種類かの魚を捕まえ、貝や海藻なども採取していく。その場で捌いて持ち帰り、石の上で次々と焼いていった。


「ねえねえ。結局、海の生き物って効果あるのかな?」

「見た目はどれも普通っぽいし、お肉効果はないんじゃない?」

「まあ、食べておいて損はないだろ。どれもこれも旨いしな」


 どんな効果があるかは不明。だが、少しでも可能性があるなら試しておきたい。もしかすると帰還後に役立つかも。なんてことを考えつつ、豪華な朝食を味わった――。



 後片付けを済ませたあとは、今後のことをじっくりと話し合うことに。差し当たっては、今日までに得た効果の再確認からはじめる。


===================

<初期からの視覚強化>

・200m先にある人の顔を識別可能

・感覚的に視野も広がっている


<鹿の肉:足腰の強化>

・険しい山道、砂浜でのバランス感覚が向上


<兎の肉:跳躍力強化>

・垂直飛びで1mほどのジャンプ力を獲得


<アルマジロ肉:身体硬度強化>

・木や石を殴っても痛みや外傷はない


<ハイエナの肉:消化器官強化>

・詳細は不明、別効果の可能性あり


<猪の肉:筋力強化>

・厚み2cmの石を素手で割れる

・握力、腕力、脚力が向上


<馬の肉:走力強化>

・馬並みの速度で走れる。ただし持続力はない

===================


 走力だけは飛びぬけているが、ほかはヒトの範疇を大きく超えるものではない。と言いつつも「実は隠し能力があったり?」と密かに期待をしている。


「ねえねえ。私は見たことないけど、マンモスっぽいのもいたんでしょ?」

「ああ、この世界に来て最初に見たのがそれだった」

「ちょっと挑んでみたかったなぁ。死ぬのは絶対嫌だけど……」

「そう思えるだけでも凄いわ。俺には絶対無理だ」


 アレが狩れたら最高なんだろうが……いろいろ強化された今でも倒せる気がしない。馬鹿デカいのはもちろん、威圧感とか存在感が半端なかった。圧倒的な物量で攻めない限りは不可能だろう。


「欲を言えばですけど、牛モドキは狩りたかったですね」


 そう言ったのは小春だ。あの見た目からして、パワーやスタミナの上昇が期待できるかもと続けた。


「まあ、頑張ったほうじゃないか? なんだかんだ生き延びたしさ」

「ですね。終わってみればアッという間の7日間でした」


 昨日は雨で足止めされたし、いきなり現れた『ヒトもどき』のせいで警戒に時間を消費してしまった。あれがなければチャレンジしたかったが……。でもまあ、馬モドキを狩れただけでも御の字だろう。



 モドキ効果を確認したところで、今度は地図を広げて見せ合う。


 点の数や分布領域、進化値や残り日数を見て、気になったことを話し合っていく。なお、点の色に関しては確定していない。まったく見当違いな可能性も残っている。


===================

<点の色と数>

赤色:原始人1500人

桃色:原始人化した日本人250人

黄色:日本人150人

金色:現在は表示されていない


<帰還までの残り日数:1日>


<獲得進化値:3>

進化値1:干し肉づくりで上昇

・帰還までの日数と進化値が表示される


進化値2:拠点づくりで上昇

・自分たちの現在地(青い点)、原始人(赤い点)、原始人化した日本人(桃色の点)が表示される


進化値3:石槍づくりで上昇

・黄色い点(日本人)が表示される

===================


 どれも大まかな数値になるが、黄色の点は50ほど減り、そのぶん桃色が増えている。最終的に生き残った日本人は150人。個人的にはかなり多いと感じていた。


「先輩、角ありの日本人って帰還できると思います?」

「あー、それな。俺もずっと気になってたんだ」


 地図を見ていた小春は、原始人化したヤツラの処遇が気がかりのようだ。「この世界にとり残されてしまうのでは?」と付け加えていた。自分たちにもそうなる可能性があったんだ。気になるのも当然だろう。


 仮に原始人のまま戻ったとして、彼らに未来はあるのか。事故を回避したところで、普通の生活には戻れないだろう。捕まった時点で詰んでいると伝えてみた。


「なるほど……どちらにせよつらい未来が待ってる、と」

「まあ、的ハズレな予想かもしれん」


 なんの確証もない妄想だけど、向こうで襲われることも覚悟しておきたい。車内には逃げる場所など何処にもないのだから……。


「でもお兄さん。そもそもどこに帰還するのって話だよね? 別に車内とは限らないでしょ?」

「たしかにな。場所もそうだし、どの時間に戻るのかもわからん」


 俺たちはどこへ戻り、いつの時間軸に戻されるのか。


 これについては何度も話し合っていた。結局答えがでるはずもなく、期待と不安の両方を抱えたまま今日を迎えている。


「案外、安全な場所へ移してもらえるかもよ?」

「ああ、俺もそれを期待してる。いい結果になるといいよな」


 そのあとはリュックに肉を詰めたり、武器の手入れをしながら雑談を続けていった。


『能力は維持されるのか』

『地図や食材は持って帰れるのか』


 気になることは色々あるが、とにかく前向きに考えて備えておく。


(とくかく生き延びたし、やれることはやったつもりだ。これでダメなら諦めるしかない)



 やがて陽はてっぺんにのぼり、


 俺たちは手を繋いだまま、その瞬間を迎えた――。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る