第19話 謎の存在と馬モドキ
獣のようで獣じゃない。
なんとも形容しがたい存在は、ジッとこちらを見つめている。
慌てて木の裏に隠れたが、相手はいつまで経っても動かない。その場を微動だにせず、目線だけをこちらに向け続けていた。
「あれって日本人……じゃないよね?」
「かと言って原始人でもないような……」
ふたりの疑問はもっともで、そいつは全身が毛むくじゃら、一見するとスマートなゴリラっぽい見た目をしている。だが顔立ちはどう見ても日本人という異質な容姿だった。
「……とにかく待機だ。ヘタに動いて刺激するのもマズい」
アイツは獣たちと違って、最初から俺たちの存在に気づいている。なぜ動かないのか、どうしてそこにいるのか。理由や目的は不明なれど、このまま見逃すわけにもいかなかった。
「ふたりとも、地図を見てください!」
と、小春が何かに気づいたらしい。慌てて地図を取り出すと、ヤツがいる場所に金色の星印が刻まれていた。ゆっくりと明滅を繰り返すことで、その存在を強調している。
「ねえあの人、もしかしてお助けキャラじゃない?」
「いやいや、さすがにそれはないだろ」
もっと親し気な感じならともかく、あんな見た目のヤツが味方だとは思えない。むしろボスキャラと言われたほうがまだ納得がいく。
「夏歩、絶対に近づくなよ。こっちに向かってきたらすぐ逃げ――」
「って、消えちゃったよ?」
ずっと見ていたつもりだったが……。夏歩と話している途中、いきなり相手が消えてしまう。周囲に移動した形跡もなく、地図の表示もいつの間にか消滅している。
それからしばらく待っても、謎の人間は現れなかった――。
それでも周囲の状況は好転。俺たちが警戒している間に、馬モドキがバラバラに動き出していた。2頭の距離はかなり離れて、のんきに草をむさぼっている。
「……よし、アイツのことは後回しだ。狩りをはじめよう」
日暮れまでの猶予を考えると、狩りに割ける時間は残り僅か。このチャンスを逃したくない。いま優先すべきは目の前にいる獲物を狩ることだ。
俺はふたりに作戦を伝え、相手のギリギリまで近づいていく。持ってきた縄を輪にして、馬の進行方向へ何本も設置。ちょうど真上を通ったところで思い切り引っ張った。
ドンッと、横倒れになる馬モドキ。
6本脚のうち、4本を拘束することに成功。必死に起き上がろうとしているが、足がもつれて何度も転んでいる。
「もう1匹は気づいてません!」
「小春さんこっちへ!」
背中のほうへ回ったふたりが一斉に槍を放つ。俺もすぐに応戦して、がむしゃらに突き込んでいった――。
やがて静かになった獲物だったが、重くて動かせそうにない。ハイエナが来たら厄介だし、謎の存在も気がかりだ。いまは一刻も早くこの場を去るべきだろう。
「10分で終わらせます」
「頼んだ。警戒は任せてくれ」
小春がナイフを取り出して手早く解体をはじめる。
食べる部位によって効果が違う。そんな可能性もあったが、いまはそれどころではない。彼女もそれを察しており、足の部位だけを切り分けていた。
結局3本の脚部を持ち帰り、ハイエナ効果の検証がてらに走りながら戻った――。
◇◇◇
「先輩、あれはいったい何だったんでしょうか……」
「まったくわからん。敵なのか味方なのか、そもそも生き物なのかも怪しいだろ。急に消えたし」
戻って早々、馬モドキの試食をしながら、あのときの出来事を話し合っていた。アイツが居た場所を調べたけど、なにが落ちてるわけでもなく、足跡すら残っていなかった。
「もしかして、アレを倒すとレベルが上がったりして?」
「夏歩ちゃん、倒せそう?」
「んー、無理っぽい。ぶっちゃけビビりまくってた!」
「まさかここにも湧いたりしないよね……」
あんなのが突然現れたら卒倒してしまうだろう。いまは拠点に来ないことを祈るばかりだ。
ちなみにハイエナの検証は徒労に終わっている。走る速度は変わらず、持久力も上がってない。全身汗まみれになっただけで、違いは一切感じられなかった。あえて言うなら、途中で見た水浴びシーンが唯一の成果だった。
モドキ肉をたらふく食べたところで、さっそく馬の効果を検証することに――。夕暮れを背景にして、しばらく砂浜を駆けまわり続けていた。
大方の予想を裏切ることなく、馬肉の効果は『走力』だった。しかも見違えるほどの差がある。それこそ馬になったと勘違いするほど、驚異的なスピードを出せていた。
「ふー、疲れました!」
「でも最高の気分だね!」
先を走っていたふたりは、とても満足げな表情をしている。小春は地べたに座り込み、夏歩は大の字になって寝転がる。そんな俺も大はしゃぎして、爽快な気分を味わった。
鹿肉効果も相まって、砂浜に足を取られることなく、全力で走ることが可能。逃げ足に関しては申し分のない結果に終わる。
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