第18話 相乗効果
現地について早々、川に入っているふたりの姿を確認。
もちろん全裸ではないし、衣服もほとんど濡れていない。周りに外敵の姿もなく、急を要する事態ではなかったようだ。
「あっ、お兄さん! こっちこっち!」
夏歩が何かを掲げて手を振っている。すぐ隣にいる小春も、夏歩同様に石のようなものを手にしていた。ふたりの表情は明るく、切迫した雰囲気には見えない。
「おまえら何やってんだ? 全然戻ってこないから心配したぞ」
「ごめんごめん、つい夢中になっちゃってさ」
すぐ近くまでいくと、手に持っている物の正体が判明する。なんのことはない。少し平たい感じの、どこにでもあるような石ころだ。小春も夏歩も、おにぎりサイズの石を握っていた。
「その石がどうしたんだ? もしかして、なにか発見したのか?」
無言のまま見つめ合うふたりは、ニヤリと笑みをこぼしたあと、自らの拳で石を思い切り殴りつける。
と、次の瞬間には石が砕けて、ボトボトと川に落ちていった。平たい石とはいえ、厚みは2cmほどあったはず。それを見事に粉砕していた。
その異様な光景に呆けていると、小春が経緯を説明しはじめた。
最初のキッカケは、小春が石につまづいたことに始まる。転んだ先にたまたま石があり、ヒザを強く打ち付けたらしい。そしたら石がパックリと割れてしまい、自分には痛みもケガもなかったそうだ。
それを見ていた夏歩が、適当な石を見つけて同じことをしてみる。と、結果は言うまでもなく……あとはどんどんエスカレートして現在に至っていた。
「イノシシとアルマジロの相乗効果! すごいですよこれ!」
小春にしては珍しく大興奮している。異世界に来て以来、ここまではっちゃける姿は初めて見た。たしかに効果も凄かったが、彼女の明るい様子を見られて安心していた。
俺も何度か試したが、雨の心配もあるので早々に切り上げる。ひとまず拠点に戻りながら、3人で薪集めを始めていった――。
結局2時間ほど歩き回り、薪集めと並行してツルを採取してから拠点へ戻った。数日分は確保できたし、雨が降り続けてもしばらくは持つだろう。
◇◇◇
「けっこう降ってきましたね」
「間に合って良かったよ。まあこのぶんじゃ狩りは中止だけどな」
「せっかく筋力が上がったのに残念だよねー」
遅めの朝食を摂っていると、雨が降り出し、数分もしないうちに激しくなってきた。森と拠点のおかげで、雨が降り込んでくることはない。が、外に出るには強すぎる雨量だった。
「ねえお兄さん、今日はこのあと何をするの?」
「ああ、それなんだけどさ。さっき集めたツルを使って縄を作りたいんだ」
「もしかして馬モドキ対策?」
「そのとおりだ。それと獣肉の効果も再検証したいかな」
雨がいつ止むかは不明だが、ひとまず拘束用の縄を作る予定だ。それと筋力がどの程度上がったのか、ハイエナの効果は何なのかを考察したい。
雨がより一層強まるなか、縄づくりと検証が進む――。
手ごろな素材を次々と破壊して、ある程度の効果が判明する。結論を先に言うと、3人の筋力は明らかに向上していた。腕力と脚力、それに握力がかなり上がった。
あまりに分厚い石は無理だが、2cm程度の厚みなら素手で割ることが可能。生木も握れる太さならヘシ折ることができた。
さすがに生えている木は倒せなかったが、殴ればヘコみができる程度には威力が増している。アルマジロ効果のおかげで、どれだけ繰り返しても傷ひとつ負わなかった。
「筋力アップも嬉しいけど、怪我をしないってのが助かるな」
「回復の魔法とかポーションもないですからね」
「あっ、もしかして肉を食べると回復したり?」
あるいはその可能性もあるが、幸い負傷をしていないので検証はできない。ナイフで傷つけるのは……まあ、辞めたほうがいいだろう。
「でも結局、ハイエナのほうは何だったんでしょうね」
「候補はいくつかあるけど、しばらくは保留だな」
イノシシ効果の一方で、ハイエナについては不明のまま終わっている。アゴの力と嗅覚は検証済み。夏歩の発言も気のせいだったし、どちらも該当しなかった。
そのほかの特徴といえば、足の速さやスタミナ、消化器官が驚くほど丈夫なことだろう。――だがこの天気では試せないし、肉が腐らないので検証は不可能だった。
変わりどころで言うと、メスにも男性器があったりするけど……さすがに関係ないだろう。一応、ふたりにも教えたところで検証が打ち切られた。
「まあ、何かしらの効果はあるはずだ。また今度検証してみよう」
「……変なモノが生えなくて良かったです」
「私、あとでもう1回確認しとこっかな……。なんか怖くなってきちゃった……」
そんなふたりの反応をよそに、それからも内職を続けていった。
(俺もあとで確認しとくか……)
縄づくりが終わったころ、次第に雨の勢いが弱まってきた。正午の時点で地図が変化し、帰還までの日数が『1』に減少している。
暇を持て余した俺たちは、地図を広げながら雑談に興じていた。
「なるほどな。こういう仕様だったのか」
「この時間も無駄じゃなかったですね」
なんとなく地図を眺めていたら、点の位置が1時間ごとに更新されると判明。それと日本人を示す黄色の点が、何箇所かピンク色に変わっていた。
おそらくは原始人に捕まったのだろう。そう考えていたところで、夏歩がポツリと呟く。
「リアルな鬼ごっこみたいだね」
なるほどたしかに。原始人から逃げてるわけだし、ヤツらの頭には角まで生えている。この世界に送り込まれたのは、そういう遊びが目的だったのかもしれない。捕まったら最後、鬼を交代することはできないが……。
昼食を挟んでさらに2時間、ようやく雨が止んでくれた。雲がほとんどなくなり、太陽が島全体を照りつけている。
明日はいよいよ帰還の当日。昼までの半日しか猶予がないし、多少無理をしてでも、今日のうちに成果を出したい。
「せっかく晴れましたし、狩りに出かけましょう!」
「私も賛成! せめて馬モドキだけでも狩りたいよね!」
ふたりもやる気満々のようだ。すぐに準備を整えて、平原に向けて出発した。
各々が武器を手に持ち、午前中に編んだ縄を担いで歩く。移動速度を重視するため、ナイフとライター以外、ほとんどの荷物は拠点に置いてきた。
川をさかのぼること1時間と少々、数日ぶりの平原に到着する。ここは相変わらず見晴らしが良く、獣たちの姿もチラホラと確認できた。牛モドキや鹿モドキ、アルマジロなんかの姿が目立つ。
「あっ、お兄さんあそこ!」
夏歩の指さす方向には馬モドキの姿が――。2頭の馬がモシャモシャと草を頬張っていた。
「2頭同時にやれますかね」
「いや、ちょっと怖いな。しばらく様子を見よう」
体が強化されたとはいえ、2匹同時に襲われたらタダでは済まない。以前に見た原始人vs馬モドキ、宙に舞う日本人の映像が蘇る。
ひとまず馬モドキは放置して、新種の獣がいないかを確かめていく。これだけ広い草原ならば、きっと何種類かは見つかるはず。
そう思って、辺りを漠然と眺めているときだった。
それまでなにもいなかったはずの空間に、明らかに異質な存在が姿を見せる。そいつは微動だにせず、ジッと俺たちを見つめていた。
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