第17話 猪肉とハイエナ肉


 ハイエナ狩りを終えたあと、いったん川まで戻って解体をおこなうことに――。


 小春は嫌がると思ったけれど、いつものように手際よく捌いている。俺も落ち着きを取り戻し、周囲を監視しながら見守っていた。


 彼女曰く、殺生と解体はまったくの別物らしい。両手を血まみれにした小春が、臓器を持ち上げて夏歩と話している。

 

「臓器にも良い効果があるのかな?」

「いやぁ、やめたほうがいいでしょ。角が生えてくるかもよ?」

 

 原始人は内臓だけを食べ、獣も臓器を食べている。そのせいで変な見た目になったのかも、と夏歩は力説していた。


 肉を食わない草食モドキの存在。臓器を食べた獣の肉は大丈夫なのか問題。いろいろ矛盾はあるけれど、俺も食う気はないので黙っておいた。


「じゃあ土に埋めよっか。海に捨てるのも危なそうだしね」

「うん、私とお兄さんでやっとくよ」


 臓器を食べた魚が変質して、のちに化け物になって襲ってくる。そんなフラグを回避するため、夏歩とふたりで穴を掘っていった――。



 やがて廃棄作業もおわり、俺たちはイノシシ狩りを再開する。ハイエナの肉は川辺に置いて、帰りに持って帰ることにした。どのみちここへ戻ってくるので、わざわざ持ち運ぶ必要はない。


「なかなか見つかりませんね」

「昨日は結構いたのにねー」

「獣だって移動するだろうし、気長に探すしかないな」


 それから1時間ほど歩き回るが、当初に発見した群れ以外は、まだ1匹も見つけられずにいた。ちなみに兎や鹿の姿も昨日より少ない気がする。なにか良くない兆候だろうか、と不安が頭をよぎった。


「ん-。なんか様子が変だし、ちょっと早いけ――」

「お兄さん待って!」


 俺が言いかけたところで、夏歩が目標の獲物を発見する。少し離れところには単独行動のイノシシが――。一心不乱に地面を掘り、なにかを探している最中だった。


「先輩、やりましょう。私はもう平気です」


 と、最初に声を出したのは小春だった。石の槍を握りしめ、き然とした態度でこちらを見ていた。夏歩は言うまでもなく、小春の隣に陣取って臨戦態勢に入っている。


「わかった。さっきと同じ要領でいこう」

「はい!」「りょーかいっ」


 ここで狩らない選択肢などない。俺もすぐさま動き出し、少しずつ距離を詰めていく。2度目だからか、それとも開き直ったからなのか。最初のときよりは落ち着いている。肉を貫く感覚も少しだけ鈍くなっていた。



 目的を達した3人は、川で下処理を済ませて拠点に戻った。途中で見つけた果実を回収、狩りの成果は満足のいく結果におわる。


「ん-! やっぱ塩味があると美味しいですね!」

「ああ、見違えるほどの旨さだ」

「ハイエナも美味しいけど、イノシシも結構イケるよねー!」


 夕暮れを眺めながらの晩餐が始まった。たき火を囲んで、今日も焼き肉パーティーと洒落こんでいる。


 食材のレパートリーこそ変わらないが、ボリュームだけなら文句のつけようがない。新鮮な果物、種類のわからない芋、それに腐らない肉が加わり、連日の食べ放題が続いている。


「イノシシはなんとなく想像つくけど……ハイエナの効果はなんだろうな?」

「噛む力が強くなるとか、嗅覚が増すってのはありそうですよね」

「いや、少なくともその2つは違うだろ」

「あれ? そうですか?」


 たしかにハイエナのアゴは強力だ。以前に見た動画では、人間の7倍くらいだと言っていた。実際、骨までかみ砕いているところも目撃している。死骸もすぐに見つけていたし、きっと嗅覚も優れているだろうが――。


「俺たち、もう結構な量を食べてるだろ? 匂いやアゴならとっくに気づいてるはずだ」

「あー、言われてみればたしかに」

「そうかなぁ。私はちょっと変わった気がするよ?」


 俺や小春にはまったくと言っていいほど変化がない。なぜか夏歩だけは否定をしているが……。


「夏歩は野生化しただけだろ。絶対気のせいだと思うぞ?」

「お兄さん、女の子にそれはなくない?」

「そうですよ。せめてワイルドって言ってあげなきゃ」

「いや、小春さんのも大概ですけど……」


 結局それからも食べ続けたが、これと言った効果は見られずに終わった。




◇◇◇


 翌朝――、


 最後に夜番をしていた俺は、小春と夏歩を早めにゆすり起こす。まだ眠たそうにしているが、そうも言ってられない事情があった。


 夜明けの空はどんよりと曇り、ひと雨きそうな気配が漂っている。風はそれほどでもないが、あまり長くは持ちそうにない。狩りは諦めるにしても、せめて薪の確保だけはしておきたいところだ。


「ってわけで、今日は早めに動くぞ」

「わかりました。ひとまず川へ行ってきます」

「あ、じゃあ私も一緒に行こうかな」


 女性陣が身支度をしている間、手早く朝食の準備に取り掛かる。せめて温かいスープが飲めたらと、ボヤきながら果実を切り分けていく。さすがに朝から焼き肉は食えそうにない。



 と、それから20分。準備はとっくに整ったのだが、いつまで経ってもふたりが戻ってこない。


 慌てて地図を広げると、青い点はすぐ近くに2つある。そのことに安堵しつつも、心配になって迎えに行くことにした。


(水浴びでもしてたら気まずいが……)


 ラッキースケベで済めばいいけど、もしトラブルだとしたらマズい。次第に足取りが早くなり、途中からは駆けだしていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る