第139話 スキルプレート

「うわっ。これはまた……。すごいところに出ちゃったね」

「ちょっと馬鹿っ、顔を出さないでよ!」


 下車して早々、小声でつぶやく夏歩に続いて冬加のツッコミが――。


 そんな俺たちは林の中に身を隠し、木陰から周囲の様子をうかがっているところだった。


「秋くん、ここって最後の拠点だった場所ですよね……」

「ああ。ひとまずそっちに関しては間違いない」


 電車を下りた先は、雑木林と砂浜の切れ目付近。眼前には真っ青な海が広がり、東のほうにはゴツゴツとした岩場が見えた。少し離れた場所には小川が流れ、周囲の木々には、木の実や果実がチラホラと実っている。


 とある一点を除けば実に快適な環境であり、スタート地点として申し分のない場所だった。


(まあ、その一点こそが問題なんだけど……)


 それというのも、この場所、ここから見えるだけでも50人近い日本人がいるのだ。


 およそ300メートルほど先に、私服やスーツ姿の男女がウロウロと。森に入っていくヤツもいたし、おそらくはもっと多くの人が集まっているのだろう。


「乗客全員がここにいる。そう考えたほうが良さそうですね」

「俺も昭子と同意見だよ。問題は接触するかどうかだが……」


 このままスルーするのは簡単だ。べつに助ける義理もない。ただ、同じ場所に転移した事実に引っかかりを覚える。


 4号車の乗客を同一地点に集めたこと。同じ場所に俺たちまで送ったこと。この2つに意味がないとは到底思えない。超越者が何かをさせようとしているのは明らかだった。


(……いや。それでも接触するのは後回しだな)


 いくら戦闘経験があるとはいえ、今の俺たちは一般人と大差ない戦力だ。まずは身体強化を優先するべきだろう。いきなり乱闘になるとは考えにくいが、それこそ万が一ということもある。


「みんな、とりあえずこの場を離れるぞ。あいつらと接触するかどうかは改めて話そう」


 見つかった末に逃げた場合、あとあと面倒なことになりかねない。そう判断した俺は、みんなと共に移動をはじめるのだった。



◇◇◇


「よしみんな、ここらでいったん休もう」


 先ほどの場所から5キロメートル以上は離れただろうか。


 西に向かって森の中を歩くことしばらく。俺たちは手ごろな小川を見つけたところで立ち止まった。川は海へと繋がっていて、なだらかな岩場が海岸を埋め尽くしている。


 ここまでの道中に遭遇したモドキは、鹿と猪と狼の3種類。単独でうろつく猪を仕留めたのち、無事にここまでたどり着いた。


「ふぅ。こんなに疲れたのは久しぶりかも……」

「以前とのギャップが酷くて、余計にそう感じるよねー」


 俺以外の全員が地べたに座り込むと、夏歩と冬加が気だるそうに口を開く。ほかのみんなも似たようなことを言い合いながら、水を飲んだり汗をぬぐったりしている。


 俺はその間に火を起こし、肉を焼く準備に取り掛かった。



「それにしても、この紙切れは何なんですかね。地図じゃないのは一目瞭然ですけど……」


 と、一息ついたところで、大輝がポケットから紙切れを取り出す。


 片面に『視力強化Lv1』と書かれた真っ白なスマホサイズの用紙。表面はツルツルで、薄いわりには程よく硬い。以前支給された地図同様に、いくら力を込めても破れなかった。


 気づいたときには全員が所持しており、何の変化もないまま現在を迎えている。


「いやいや。こんなのどう考えたってステータスプレートだよ。ねっ、昭子もそう思うでしょ?」

「ええ、そう考えるのが妥当でしょうね。正確にはプレートではないし、書いてあるのはスキルだけれど」

「あー、たしかに。それじゃあ、スキルプレートだね」

「だから。板じゃなくて紙なんだけど……」


 そんな明香里と昭子のやり取りを聞きながら、俺もみんなに合わせて紙切れを見せ合う。


(ん-。やっぱり書いてあるのはスキル1つだけか)


 改めて確認したものの、表示されているのは『視力強化Lv1』の文言だけ。全員の用紙を確認したが、ほかにはなにも書かれていなかった。


 ちなみに説明しておくと、ステータスプレートとは、異世界ファンタジーではお馴染なじみの不思議アイテムである。形状や大きさは様々で、総じて自分の能力を数値化していることが多い。


 所有者の名前や種族のほか、基礎能力値や取得スキルなどなど、有益な情報がひと目でわかる代物しろものだ。


 今回の場合はただの紙切れだが……。なかには「ステータスオープン」と念じるだけで、目の前に半透明のホログラムが映るケースもある。


「なあ小春、ちょっとおまえの紙を貸してくれないか」


 大した意味はないのだが、詳しく見比べてみようと声を掛ける。


「べつにいいですけど……。同じことしか書かれてませんよ?」


 実にごもっともな意見だと、差し出してきた用紙をつかもうとした瞬間だった――。


「おっ? なんだこれ」


 どんな仕組みとなっているのか、小春の持つ用紙に指がすり抜け、何度やっても掴むことができない。


「秋文さん、おれたちのも同じです」

「ほんとだ。なにこれ面白いっ」


 ふと周りを見ると、大輝と明香里をはじめ、ほかの面子にも同様の現象が起きていた。


 この紙には名前が書かれておらず、「入替えたらどうなるんだ」くらいの気持ちで試したのが……。どうやら他人が触れたり、譲渡したりの類はできないようだ。


 結局、肉が焼けるまでの間、この紙についていろいろ試してみたところ――。大雑把ではあるが、いくつかの仕様が判明する。


1.この紙切れはどうやっても破れず、火にくべても燃えない

2.クシャクシャに折り曲げても、開き直せばシワひとつ残らない

3.地面に置いたとしても、他人は一切触れることができない

4.紙切れから3メートル以上離れると、瞬時に手元へと戻ってくる


 それと仕様にはまったく関係ないが、この紙きれの呼称は『スキルプレート』に決定した。


 当初はスキルシートと呼んでいたのだが……。言い出しっぺの明香里がどうしても譲らなかったのだ。彼女曰く「こっちのほうが絶対格好いい」とのことだった。


「――で。新たに判明したのがコレだな」


 木串しに刺さった猪肉を右手に。そしてスキルプレートを左手に持ち、表示内容をあらためる。


===================

『視力強化Lv1』『筋力強化Lv1』

===================


 猪モドキを食べた全員のプレートが更新。より正解に言うと、冬加だけはLv2の表記が追加された。これについてはうたがう余地もなく、猪モドキが彼女の好物だからだと思われる。


「あたしだけ最初からレベル2……なんかちょっと優越感」

「いいなー。早く狼が食べたいなぁ」


 ニンマリとご満悦の冬加をよそに、狼が好物の明香里が自分のプレートを見ながら呟く。


 さきほど見かけているだけに、はやる気持ちを押さえられないのだろう。ソワソワと体を揺らす姿が実に微笑ましかった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る